2000人分の名簿。
「ちゃんと教えて。」
ミツキの顔が近い。
でもその顔は真剣で、この問題とキチンと向き合おうとしている。
いいんじゃないか?
全部話しても。
もともと話さないつもりでいたのも俺の勝手なエゴだし。
ミツキに話したところで彼女が誰かれ構わずに吹聴するとも考えづらい。
今彼女に話すことで事態が悪化するとはとても思えないのだ。
なにより、こんなに親身になって協力してくれているのに全容を打ち明けないなんて不義理ではないか。
それに情報を共有していた方が捜索は捗るに決まっている。
俺は重い口を開いた。
「ミツキは彼女、京極さんにあって何か思わなかった?」
「何か?」
俺は頷く。
「なんでも。」
ミツキは乗りだした身体を戻すと腕を組み先日の事を思い出す。
「可愛い子だなぁとか?ちょっと言動が飛んじゃってるこだなぁとか?拗らせてそうだなぁとか?」
「ミツキ……仮にも後輩にあんまりだよ。」
ミツキは顔を赤くして言い訳をする。
「良太がなんでもっていったんじゃん!」
まあ、確かに今上げられた点は俺も全くの同意見である。
「もっと身体的な印象はない?」
「身体的?」
ミツキは身体を寄せるように隠し、俺から距離をとる。
「良太やらしー。初対面の後輩をそんな風に見てたの?」
「ちっ、ちがっ!」
俺は慌てて否定する。
ミツキにだけはそういう勘違いをされたくない。
「容姿で違和感はなかったかなってこと。どこかであったかなとか。」
え~~……と俺を見つめる視線はまだ俺への不信感を払拭しきれていないようだった。
「そういえば、匂いは少し独特だったかもしれない。」
「匂い?」
「そう、なんていうの?おばあちゃんの家の匂いっていうのかな?でもそういう子も少なくないから特徴というには少し弱いかもだけど。」
俺も共感できる点ではある。
ブリっ子な言動のなんともいえない違和感はその匂いとのギャップだったのかもしれない。
でもその匂いが夕方には少しだけ薄らいでいたような気がするんだ。
薄らいでいたというより、違う匂いが足されているような。
そしてそれは記憶にあるような……。
「いっとくけど女の子の匂いの話する男子は容姿の話よりも変態感ますわよ。」
「だから違うって。」
思考を口に出さなくてよかった。
また引かれてしまうところだった。
「で?そろそろ教えてよ。良太はなんで美智子ちゃんが気になるの?」
俺はプリントに目を通す。
「あの子、多分知ってる子だと思うんだ。ミツキは違う?あの子に見覚えはない?」
ミツキは不満そうな顔を一瞬俺に向けた後、また腕を組み考え直す。
そして軽く首を横に振った。
「だめ。やっぱり心あたりはないわ。」
ミツキは小さくため息をつく。
「第一、この生徒の数よ?どこかですれ違ってるくらいはしてるんだから見覚えがあって当然じゃない?」
「それもそうなんだけれど……。」
俺はそう呟いて、名簿に目を通していく。
名前どころか、似ている子も見当たらない。
あの子は謎が多い。
どうして名前を偽ったのか。
どうして風紀委員を装ったのか。
どうして三年校舎にいたのか。
ああ、これは松本に会いに来たのか。
一番の疑問はどうして上履きであの路地にいたのかだ。
なんにしても彼女を見つければ、すべての問題は解へと導かれる。
今は彼女を見つけることが先決だ。
そんな俺の姿をミツキは口を尖らせてみている。
「ふ~ん。そっかぁ。そんなに美智子ちゃんが気になるのね。たった一回会っただけの女の子が気になると。」
その発言には妙に棘があった。
「ミツキ?」
「そうですよね~。良太は見た目だけでミツキを好きになって告白してくる人だもんね。美智子ちゃんの可愛さに心を奪われちゃったわけだ。」
「待って?何言ってんの?」
ミツキは名簿を手にとると横髪を耳にかきあげた。
「大丈夫ですよー。良太の気になる美智子ちゃんは必ずミツキが見つけてあげるから任せて。」
俺はミツキの手に持った名簿を取り上げた。
「なにすんのよ。邪魔しないでよ。」
「俺が誰に心奪われたって?」
ミツキは俺を睨む。
初めてみる敵意のある睨み。
今までたくさん向けられてきたその目。
ミツキだけは知りたくなかった。
「俺が好きなのは今でもミツキだけだ。」
「はっ!ど~だか!」
ミツキは俺に悪態を吐き捨てた。
「本当だ。俺はミツキの事しか考えてない。ミツキだってわかってるだろ?」
「わかんないわよ。なに言ってんのよ。」
あんなに何回も告白未遂をかまされて伝わってないわけないじゃないか。
確かにちゃんとした告白はまだ出来ていないけれど。
今日のミツキはわからない。
いつもに増してわからない。
「俺はミツキが好きだ。京極さんに気があるわけじゃないんだ。」
ミツキは俺をもう一度睨んだ。
「じゃあなんで正直に教えてくれないのよ!美智子ちゃんと何があったのよ!どうして隠すのよ!こんなこと言わせないでよ……。不安にさせないでよ……。」
「ごめん。」
やはり、せっかく協力してくれているミツキに隠すなんて失礼なことだったのだ。
これは俺のミスだ。
「ごめん。ミツキ。」
「いいから。何があったのよ。」
ミツキのご機嫌は依然として斜めのままだった。
「昨日、俺の家の近くに彼女がいたそうなんだ。」
ミツキは名簿を見る手を止めて俺の話に耳を傾ける。
「そこで彼女、車にはねられそうになった小学生を助けたんだ。」
「美智子ちゃんが?」
「そこにたまたま俺の弟がいたんだけど。俺の弟、すごく人の神経に触ることばかり言うから車の人を怒らせちゃって。」
「わかる。」
わかるの?
「それで車の男に殴られそうになった時、京極さんが身を呈してかばってくれたんだ。」
「身を呈して?」
「男の拳を顔面で受けたみたい。」
「うへぇ~。あの子以外と根性あったのね。」
「そこで俺が救急車と警察を呼ぼうとしたら、彼女逃げちゃって。わかったのは名前と風紀委員だということだけ。」
「それが全てか空振り。嘘の塊だったと。」
俺は頷く。
「小学生のご両親もお礼を言いたがってるし。犯人を捕まえる為には被害届が必要だし。なにより弟を助けてもらったお礼を俺がしたいんだ。あいつ、見た目によらず身体が昔から弱いから。」
俺は名簿にまた視線を落とす。
「これだけ手がかりがあったのに、今はほぼ振りだし。今は彼女が誰だったのかさえわからない。」
ミツキも名簿に目を移した。
「ねえ、良太はさ……。」
「良太は、他の誰かになりたいって思ったこと……ある?」




