あっしぃの名前はぁ京極美智子でぇす☆
ウチは飾らない自分が好き。
素直な自分が好き。
練山に言わせるなら、容姿は散々着飾ってるくせにというのだろうが。
人に気に入られたいからおしゃれするのではない。
好きな男子に振りむいてほしいからメイクするのではない。
好きな自分になる為にメイクするのだ。
可愛くなれる。
なりたい自分になれる。
メイクがうまくいった日は、朝の占いが大吉だった時なんかより数倍アガる。
やりたいことは全部やりたいし、逆にやりたくないことは一切やらない。
だからこそミツキはウチの親友足り得るのだ。
彼女もやりたいことは全部やるがスタンスの子だから。
一緒にいて心地がいいのだ。
もっとも彼女はやりたくないことも全力でやってしまう、ウチとは違う素敵ガールなのだが。
そんな素敵ガールはぶりっこガールに変わり果てたウチの姿を見て、ほほ笑んだまま硬直している。
彼女は誰とでも接し方の最適解を即座にはじきだし、誰とでも仲良くなってしまうコミュニケーションお化けなのだが。
恐らくぶりっこは初めてなのだろうか。
さすがに演算とアップデートに時間がかかっているようだ。
ミツキはウチの手から踵のつぶれた靴を手に取ると、丁寧に踵を立てた。
「踵。踏んでるから転んじゃうんだよ?」
アップデートが終わったようだ。
どうやら優しい先輩路線に決めたようだ。
立てた踵に書かれた名前に気づく。
まずい!
それを見られてしまっては!
ウチは靴を即座に奪い、背中に隠す。
「は~い☆気をつけま~す☆」
見られた?
靴に書かれた名前を……。
「……京極……美智子……ちゃん?」
やっぱりみられてた~……。
練山が用意した倉庫臭い靴を履いていたのだが、踵に名前が書かれていたので隠すために踵を潰していたのだ。
この学校に京極美智子などという生徒はいないのだから賢明な判断だろう。
さすがのウチだっていつも踵を潰しているとはいえ、別人作戦に進んで潰すわけがない。
苦肉の策、苦渋の決断だったのだ。
「は~い☆京極美智子☆一年生でぇす☆」
ウチは目の横でピースをつくり、指の隙間から彼女を覗いた。
早くここから立ち去りたい。
というか時間がないのだから、早く松本のところへ行かなくてはいけないのに。
よくよく考えれば、初対面の人の名前なんてそうそう覚えられないのだから堂々としていればよかった。
「すご~い。ミツキの行きつけの美容師さんと同じ名前じゃない。漢字も同じなの。これってすごい偶然じゃない?」
すっごい偶然。
これミツキは絶対忘れないじゃない。
「へええ☆そうなんだ☆あっしーも会ってみたぁい☆」
「駅前にある『ヘアーガーデンバロン』って名前の美容院よ。」
「そっかぁ☆ありがとうございまぁす☆今度行ってみまぁす先輩☆」
同級生に先輩という日がくるとは。
「ふふふっ。京極さんも先輩よ?この学校の卒業生なの。」
この靴絶対その人のだ!
制服も下手すると京極さんのなんじゃないの?!
あんのチビ、ドヤ顔で準備してた割にはガバガバじゃない!
「ミツキ、なにやってるの?」
その声の主はハラッチだった。
「あら。」
そういうとハラッチは自分の右手を抑える。
「ミツキ、お知り合いで?」
ハラッチは相変わらずの無表情だ。
「こちら美智子ちゃん。一年生のかわいいかわいい風紀委員。踵を潰しているいけない風紀委員ちゃん。」
「美智子でぇす☆みんなの風紀まもりまぁす☆」
面倒だから名字は伏せておこう。
「美智子ちゃん?踵と潰すのは本当に危ないからね?靴だけは普通に履きなさい?」
「はぁい☆気をつけまぁす☆」
「うん。じゃあ今すぐ履いて?」
ハラッチは無表情で告げる。
「もう☆先輩怖いですよぉ☆」
「早く。」
ひぇぇぇ。
ハラッチコワスギィ……。
年下に厳しいタイプ?
それともぶりっこお嫌い?
普通嫌いだよね、うん。
ちょっと涙ぐみながらウチは靴を履いた。
「ふぇぇぇ☆ごめんなさぁい☆」
ウチが靴を履いている様を見て、ハラッチはまたも右手を抑える。
何かを必死に堪えているようだ。
「そうそう。踵潰してるとよっしーみたいになっちゃうわよ?」
は?
「名前言っても一年にはわからないと思う。まあろくな先輩じゃないのは確かだから美智子ちゃんも気をつけてね。」
ハラッチは頷きながらウチにアドバイスをくれる。
え?
ウチってそんなにみんなの評価低かったの?
普段評価とか気にしないだけに動揺が隠せない。
「よっしーってぇ吉川先輩ですよねぇ☆吉川先輩はぁあっしーも知ってますぅ☆なんかぁ今日帰っちゃったんですよねぇ☆人に媚びない姿がぁあっしぃ的にはぁ☆かっこいいかなって思ってるんですけどぉ☆」
すると顔を下に俯きながらミツキがウチの両腕をしっかりと掴んでいる。
「まだ遅くないわ。美智子ちゃん。その考えは捨てなさい。」
ミツキは……ウチの……親友……。
「そうよ。よっしーは目指すべき人じゃないわ。」
ハラッチぃ……。
「手遅れになるわよ。」
ハラッチは力強く語った。
別人になんてなるもんじゃないわ。
ウチは自然と涙が流れた。
ウチは我慢しない、我が儘を通す性格の為、泣くようなことはめったにないのだが。
これほど綺麗な涙はないだろう。
「はぁい☆気をつけまぁす☆」
「ちょっと?さっきから何騒いでんの?」
そこに現れたのは早枝ちゃんだった。
やばい。
どんどん人が集まる。
「あら?この子?」
ミツキが紹介する。
「一年だって。名前はみちこ……。」
ミツキが言いかけたとき、気づくとウチは早枝ちゃんの胸の中にいた。
「なにこれ超かわいい!一年て超やばい!ちょっと前まで中学生超やばい!」
早枝ちゃんがぎゅうぎゅうに抱きしめる。
ちょっとやめてくれない!
平らな胸が痛いのよ!
「ふぇぇぇ☆せんぱぁい☆苦しいですよぉ☆」
そういうと早枝ちゃんは突然ウチを突き飛ばした。
「ごめん。鼻血が……。」
早枝ちゃんの鼻からはおびただしい量の血が流れていた。
ミツキがポケットティッシュを差し出す。
そしてウチの頭の上にはどさくさに紛れてハラッチの小さな右手が乗っていた。
「はっ!」
ハラッチは自分でも無意識に撫でていたようだった。




