寝坊。
「まさかハラッチが寝坊するなんてね。」
お昼休み、もちろん話の中心は私の寝坊だった。
昨日倒れたミツキの話を差し置いてまでする話題でもなかろう。
ミツキはさすがに今日は休んでいる。
「目ざまし時計がなぜか止まっちゃってて」
ギミック音痴の私には、時計が止まっていた理由はわからない。
おそらく寿命だろう。
私が小学校一年の時から使っていた時計だ。
小学校に上がった時に、これから起きられるようにとお父さんが買ってくれた時計。
なんの前触れもなく、突然止まってしまった。
私は自分のお弁当箱を開ける。
「寝坊してもさすがね。お弁当作ってくるんだから。」
よっしーが私のお弁当を称賛する。
「そんなに時間かけてないもの。大樹の準備の方が時間かかったくらいよ。」
本当は今日は昨日から仕込んでいた鶏の唐揚げを入れる予定だった。
さすがに明日のお弁当に入れるのは危険なので、今日の夜ごはんにしよう。
今日のお弁当は昨日作って置いたポテトサラダと、玉子焼きと、冷凍食品のアメリカンドッグだ。
三日坊主もできないなんて、自分は本当にしょうもない人間だとつくづく呆れてしまう。
私は玉子焼きを一口で頬張った。
「で?どうだったのよ。良太」
ご飯を噛みしめていた良太は突然の注目に時を止める。
時が動き出し、何事もなかったように口を動かす良太。
良太へのみんなの注目は終わらない。
良太は静寂の中、口の中のものを飲み込むと、ペットボトルのコーラで喉を鳴らす。
コーラを飲み終えると良太は口を開いた。
「なにも。」
早枝ちゃんが声を荒げる。
「散々溜めて何もないことはないでしょ!」
「あら、泉野ちゃん!良太がいったい何を溜めたっていうの!」
早枝ちゃんをからかう松本くんに早枝ちゃんの裏拳が襲う。
あまりに速くて、目にもとまらぬその一撃は松本くんの顔にめり込んだ。
松本くんはそのまま椅子ごと教室に倒れ込む。
「先生呼ばないわよ?」
よっしーが松本くんに声をかけた。
「昨日、あんたたちを二人きりにしてあげたんだから、なんかあんでしょ?なんか。」
「何もなかったもんは何もなかったもん。」
あくまで何もなかったと言い張る良太。
「泉野は俺に何を期待しているんだ。」
早枝ちゃんはそうねえと妄想を始める。
「発熱による寒気で震えるミツキに、俺が温めてやるよと迫る良太。」
「39度の病人に迫ったらケダモノじゃねえか」
良太は早枝ちゃんに軽蔑の視線を送る。
「例えばよ、例えば!」
早枝ちゃんは顔を赤らめる。
やっぱり彼女はクイーンオブむっつりである。
「そこまで言うならいいわ!」
「なんも言ってねえよ」
「ミツキが目を覚ました時、あんたはなんて声をかけたのか教えなさい。」
良太は腕を組んで思い出そうとする。
「……一時間くらい眠ってたよって教えた気がする。」
まあ普通よね。
「そしたらミツキはなんて?」
良太はさっきよりも深く悩む。
「あんまり覚えてないんだけど……」
「……けどぉ?」
早枝ちゃんとよっしーが前のめりになる。
「恥ずかしがってた……気がする。」
夕暮れ、遠くで部活の音がする。
ハツラツとした掛け声とは対照的に静まりかえる保健室。
ふと目が覚めるミツキ。
何が自分に起こったのかよくわからず、周りを見渡すミツキ。
すると横にはミツキを覗きこむように横になる良太。
二人はたった一枚の布を共有している。
シングルベットが二人にとってはダブルに。
「いつから……」
「君の寝顔が愛おしいって思ってから……かね?」
良太はそっとミツキの頭を撫でる。
「……バカ。」
「ああ、俺はとんでもないバカ野郎だ。こんな近くにいないと君を見失ってしまいそうになる。」
「こんなに近いなら安心?」
「……ちょっと近すぎるかな?」
ミツキは少しむくれて良太に背中を向けるように寝がえりをうつ。。
「確かに近すぎるわ。狭いからでていってちょうだい。」
「ああ、近すぎる。近すぎて君のことしか見えていない自分が怖いくらいだ。」
「……え?」
「でもこのままじゃ俺は前に進めないんだ。ちゃんと前を向かないと。」
良太はミツキを後ろから抱きしめる。
「だからミツキと同じ方向に進むよ俺。」
「……恥ずかしい。」
「ハラッチ!大丈夫!すごい血よ?!」
「誰かティッシュ持ってこい!」
いけない。
まだ梅雨前だというのに最近急に熱くなったからだろうか。
鼻血が出やすくて仕方がない。
「今日は急に起きたからきっと体調が悪いのよ。」
ああ、それもあるかもしれない。
朝起きるときはゆっくり起きなくてはならないのだ。
「あっ、ミツキからラインだ。」
この鼻血騒動の中、良太がスマホを開く。
「ミツキはなんて?」
良太は真剣な顔で文面を読んだ後に、人指し指を立てた。
「……内緒。」
私の意識が遠のいていった……。
最後に聞こえたのは松本くんの叫び声だった。
「だれかトイレットペーパー持ってこい!」
「ただいま。」
家に帰ると、何事もなかったかのように宿題をする大樹。
「おかえり。」
その堂々たるや今日は普通に学校行ってきたよと言わんばかりである。
まあ、寝坊は二人の責任だし私が謝るのも変だろう。
私は冷蔵庫に今日買ってきたものを入れていく。
「姉ちゃん。」
私を呼ぶ弟の声がする。
「ん?何?」
大樹の方を向かずに作業を進めた。
「今日のお弁当、美味しかった。」
今日のは不本意な弁当だったから、素直に受け入れられない。
「そっ、よかったわ。」
明日のお弁当を見てなさい。
私の本気はこんなもんじゃないの。
私は冷蔵庫の扉を閉めた。




