見ているだけ。
ラインの通知音が鳴る。
『ご心配おかけしました。今病院なので安心してください。』
そのメッセージを添えて、不機嫌そうな猫のキャラが土下座をしているスタンプが送られてきた。
ミツキの目が覚めたみたい。
病院てことは、迎えもきたのだろうか。
ほっと胸をなでおろす。
人が目の前で倒れるのを初めてみた。
すごく怖かった。
お父さんもきっと、あんなふうに倒れたのだろうか。
たった一人で。
倒れたミツキを見て真っ先に駆け寄ったのは良太だった。
よっしーがすぐに先生を呼びに行って、松本はAEDを探しに行った。
早枝ちゃんが自分の机をけっ飛ばし、ミツキが楽な体制になれるスペースを作る。
良太の呼びかけに対し、少しの反応を見せることから意識は辛うじて繋がっていることが分かった。
「すごい熱だ。」
早枝ちゃんがミツキの胸に耳を当てる。
「大丈夫、心臓は動いてる。」
「AED持ってきたぞ!」
「大丈夫、呼吸も心臓もちゃんとしてる。」
「泉野、ミツキのボタンお願い。」
「わかった。」
ミツキのワイシャツのボタンを数個はずしたのを確認すると良太はミツキの腕をミツキの頭の下に入れ、横向けにした。
「高岡さん大丈夫?!」
よっしーが保健室の先生を連れてきた。
この間、わずか3分足らずだった。
みんなが即座にそれぞれの行動を起こした。
私、安原智香は、ただ見ているだけだった。
ミツキを保健室に運んだあとは良太に任せてみんな解散した。
「お待ちのお客様、どうぞー。」
私はミツキのラインを見たまま少し呆けてしまっていた。
突然の呼び出しに慌てて我に返る。
店員さんから現像された写真の入った紙の袋を受け取る。
「中身の確認をお願いします。」
私は自分の撮った写真を簡単に確認していく。
写真は、ゴールデンウィークの旅行を撮影したもの。
私はどうも記録癖があるみたいで、楽しいことは写真に残したくなる主義だ。
楽しそうなみんなの顔を見て、ついあの日を思い出し笑いしてしまう。
私はいつも彼女たちを見ているだけなのだ。
楽しいときも、大変なときも。
「はい、これで大丈夫です。」
私は店員さんにお礼を伝えた。
家に着くと、リビングで大樹が宿題をしていた。
「おかえり。」
私に気づくと大樹は静かに挨拶をした。
「ただいま。」
私も抑揚のないトーンで挨拶を返す。
さて、今日の晩御飯でも作りますか。
私がキッチンに向かうと綺麗に洗われたお弁当箱が目に入る。
今日のお弁当はどうだっただろうか。
私的にはかなりおいしくできていたけれど。
いかんせん子どもの口というものはわからないものである。
よし、早々に明日の仕込みもやってしまおう。
これで明日の朝寝坊の時間を確保するのだ。
キッチンに今日買ってきた鶏もも肉を上げていく。
明日は鶏の唐揚げを入れよう。
これは大樹の好物だ。
今日のお弁当は少し定番で攻めすぎたかもしれない。
大樹の好物と定番を同じ割合で入れてみよう。
「姉ちゃん。」
私が明日のお弁当の構想を練っていると、大樹に呼び戻される。
「うん?どうしたの?」
年甲斐もなくドキドキしてしまう。
今日のお弁当の感想かしら。
きっとそう、絶対そうね。
大樹は目を合わせずにもじもじしていて何も話さない。
こいつめ、いつもは感情を出さずにクールぶっているのになかなか子どもっぽい演出をしてくれるではないか。
私は膝を折り、大樹の目線まで視線を下げた。
私と目が合うと、すぐに目を逸らす。
「……今日のお弁当。」
……やっぱり。
どうだった?
おいしかった?
冷凍食品のほうがおいしかった?
他に入れてほしいリクエストがあったりして。
私は大樹の答えを待った。
「……おいしかった。」
大樹はその一言だけを伝えると宿題に戻った。
かわいい。
おいしいというなんのひねりもない言葉だけれど、十分に溜められた間から放たれるその言葉はとても心地のよいものだった。
よーし!
お姉ちゃん明日もがんばっちゃうよー!
私はキッチンで一人ガッツポーズをした。
次の日の朝。
ふと目が覚める。
今日はよく寝た気がする。
眠りが深い方の私が目ざましよりも早く起きるなんて。
部屋はカーテンを閉めているのにすでに明るかった。
明るすぎる。
私は飛び起きてスマホを確認する。
時刻は8時30分を回ったところだった。
顔が青ざめる暇もなく、スマホの画面が着信の画面に変わる。
学校からだった。
私は着信に出た。
「……おはよう。」
担任の先生からのモーニングコールだった。
「……おはようございます。」
「何時頃から来れる?」
「三時間目までには。」
「急いで来なくてもいいからね?事故にあわないように。」
「すみませんでした。」
スマホの通話が切れるとともに家の受話器も鳴りだす。
……寝坊なんて初めてした。
私はリビングの受話器に向かって歩き出す。
昨日目ざましかけ忘れたのだろうか。
ちゃんと設定した記憶があるが、毎日のことなので自分の記憶に自信がない。
私を責めるように鳴り響く電話に私は応対した。
「……はい。……はい。……申し訳ありません。……はい。……失礼します。」
受話器を置き、深いため息をつく。
するとリビングの扉が開いた。
そこには大樹が立っていた。
「おはよう。姉ちゃん。」




