美月がいない。
帰りのホームルームの終わりの鐘が鳴る。
ちょっとやばいかも。
頭がくらくらする。
……これは熱あるかも。
多分具合が悪いのは風邪のせいだけではない。
久しぶりに勉強というものをしたせいだ。
……昨日から美月が出てこないのだ。
同じ脳を共有してるので勉強についていけないことはないけれど、ミツキは勉強が苦手なのであまり関わりたくはない。
これ以上悪くなる前に早く帰ろう。
「泉野?バイトのシフト出た?」
「あんたに呼び捨てされるとなんか違和感あるわね。てか昨日もらってない?」
あっ、やばい。
……ミツキだ。
「ごめんね?昨日……渡すの……忘れ……」
そこでミツキの意識は飛んだのだった。
目を覚ますとミツキはベットに横たわっていた。
ここは……保健室?
どれくらい眠っていたのだろうか。
10分?
30分?
もしかして1時間?
「1時間も寝てないよ。」
ミツキの心を読んだかのように声をかけてきたのはミツキの横にパイプ椅子に腰かける良太だった。
「もしかして」
「うん。倒れたよ。教室で。」
ミツキは手のひらで顔を覆う。
「……はずかしー」
「無理もないよ。熱が39度越えてたからね。」
そんなに?!
そんな熱出したことない。
熱を測った?
誰が?
ミツキは胸を隠すように両腕を抱いた。
「測ったのは先生だから!」
「冗談よ。」
半分ね。
「あの後すぐにお母さんに連絡してたから。たぶんそろそろ迎えに来てくれると思うよ。」
……お母さんが。
それはそれでまた具合が悪くなりそう。
「良太が送ってくれてもよかったのに。」
腹いせに少し良太をいじるとしようか。
「なにいってんの。」
良太はこういう奴だ。
傷つきたくない、傷つけたくないあまり、すべて否定から入る。
美月と似た部分があるし、きっとそんな一面に美月は惹かれているのだろう。
ミツキ的には?もう少しガツガツきてくれてもいいんだけどな。
ミツキだってお姫様に憧れくらいある。
「好きな人が目の前で倒れたんだ。かっこつけるわけにもいかないでしょ」
これが彼の美学。
「じゃあ本音は?」
え?と彼がミツキに聞き返す。
「ミツキが倒れたのを見た時、どうしたかった?」
良太は少しだけ考える。
ミツキも少しだけ答えを待ってみる。
「死んじゃうんじゃないかと思った。」
う~ん。
ミツキが聞きたかったのはそういうことじゃないんだけどな~。
もっとこう、誰にも触らせたくなかったとか、自分が家まで担いで行こうかと思ったとか。
そういうのを期待したわけで。
「俺のお見舞いにきたせいでとか、雨の中返したせいでと色々考えたよ。」
「まあこれは君の風邪で間違いないだろうね」
ミツキは腕を組んで頷く。
今朝からの良太はかなり好青年だったけれどミツキが倒れたせいでビビらせてしまったみたい。
ちょっとだけ昨日の良太に戻ってしまっている。
「……君のせいで……。」
ミツキは口を緩めて良太に笑いかける。
「君のせいでひいたかぜなら……悪くないかな……。」
はずかしー。
これくらいの口説き文句くらいしなさいよまったく。
いつもミツキばっかり恥ずかしいセリフ言わせるんだから。
その途端、保健室の扉が開いた。
そこには息を切らしている女性が立っていた。
「……お母さん。」
ミツキの声を聞いて良太も振り返る。
良太はすぐに立ち上がり、一歩ベッドから足を引く。
そのスペースに母は滑りこんできた。
母の視界に良太は映っていない。
「美月!大丈夫?!熱は?!」
この女の心配の仕方はいつも不快で仕方がない。
こいつは子どもを愛する自分に酔っているだけで、『美月』を見てはいない。
そんなの10歳も暮らせば、子どもにはうすうす伝わってしまう。
『いじめはね?する方が悪いけれどされる方に原因があるのよ?』
「大丈夫だよ?お母さん。少し眠ったら結構楽になったみたい。」
……あなたには失望しているんだよ。
『学校に行かないっていうのはね、いじめなんてする卑怯なやつらに負けたってことになるのよ?』
「お母さん、車できたんでしょ?やった。帰るの正直きつかったからさ。」
……ミツキも、美月も。
『いじめが辛くてもう耐えられない時はお母さんに頼りなさい?』
……それが頼った人に言う言葉?
『お母さんはあなたの味方だから』
……いるだけの味方なんていらないの。
美月を助けられたのはミツキだけ。
今、あなたがどれだけ正しい母親を演じても。
実際、完璧な母親だったとしても。
ミツキも美月も、昔のあなたとしか会話できていないの。
「ええ、車で来てるわ。帰りましょう?美月」
「……あの。」
母の後ろで声がした。
母はびっくりして振り返ると神妙な面持ちの良太とご対面した。
「あら、あなたは?」
母はメガネをかけ直す。
「はじめまして、クラスメイトの今井良太といいます。」
ミツキと良太を交互に顔を見比べる母。
「あら?もしかして、もしかするのかしら」
「違うから!そういんじゃないから!」
「じゃあどうしてただのクラスメイトさんが付き添ってくださっているのかしら?」
母は良太の顔を覗きこむ。
「ミツキさんが風邪をひいたのは、僕のせいだからです。」
「……やめて。」
「どういう意味かしら?」
「昨日、ミツキさんは学校を休んだ僕のお見舞いに来てくれていました。」
保健室に音が響く。
良太がこの女に頬をぶたれたからだ。




