謝りたい。
俺の名前は松本大地。
職員室で怒られているナイスガイだ。
高校の国語の授業中に突然中学の国語を読み上げ出すというパワープレイをした男だ。
絶対クラス全体抱腹絶倒間違いなしだと思っていたが今井良太1人をにやつかせた程度だった。
良太の笑いの沸点は低いのであまり手応えを感じない。
俺はみんなに注目されるのが好きだ。
笑いがとれればなおのこといい。
そしてカッコいいと思われたい。
贅沢に聞こえるかもしれないが俺は贅沢な男だ。
妥協が嫌いな17歳だ。
高校を卒業したら日本を出てマジシャン修行の旅に出ようと思うのだ。
マジックは最高にかっこいい。
注目も浴びれるし、プレステージの一瞬はスマイルとクールが混在する。
俺の望むすべてがある。
だから今は語学とマジックを勉強する毎日だ。
「さーせんしたー」
せっかくの昼休みを職員室で潰したくない。
お説教を切り上げてもらい俺は職員室を退出した。
さぁてと泉野が待つ中庭でランチタイムが待ってるぜ。
中庭に着くと泉野は頬杖を着きながらスマホをいじっていた。
実に退屈そうな顔である。
俺が笑わせてやらないとあいつの表情は一種類しかないだろう。
怒らせる方が多い気もするが。
「おまたせ。先生に呼び出されちゃってさ。」
「見てたに決まってるでしょ?あんたあたしの前の席なんだから。さっさとご飯食べないと時間なくなるわよ。」
泉野は弁当袋を開いて弁当を取り出した。
「あれ?俺のこと待ってくれてたの。健気ぇ。」
「ばーか。あたしのじゃないわよ。」
泉野の開いた弁当箱の中は俺の嫌いなピッツァが細かい切られぎっしり詰め込まれていた。
俺はチーズとピーマンと加工肉とトマトが嫌いだ。
よってスタンダードなピッツァは役満である。
「あんたが昨日狂ったようにオーダーミスをしまくったせいであたしも父さんも昨日からピザしか食ってないのよ。責任とりなさい。」
泉野の家はピッツァ屋で俺はそこにバイトしている。
昨日はマルゲリータMサイズ二枚のオーダーをくれたお宅に一番安いスタンダードピッツァを4枚もって突撃したのだ。
「はい責任とって泉野を嫁に…ぐっ!」
泉野は俺の口にピッツァを突っ込んだ。口いっぱいに苦味と乳臭さがたっぷり広がる。
「ありがとう!ぜぇんぶ食べてね!まだまだあるから!」
「いやぁ!ひどいことしないで!」
泉野は俺を冷たく見下す。ポニーテールとジト目って最高にマッチです。
「ふーん。あ・た・しが作ったピザが食べられないんだ?」
「とっても美味しいです。」
残ぱ…昼飯を食べ終え、俺はマジックの練習を始める。
いつも初めて試すマジックは泉野に見せているのだ。
こいつのリアクションはかなり薄く、いい練習になるのだ。
「新しいマジックを持ってきたから試させてくれ泉野」
「いやっていっても始めるくせに」
「いやっていっても見てくれるくせに」
教室帰るといって立ち上がった泉野をベンチに戻す。
俺は紙と封筒を取り出した。
「ここに種も仕掛けもない、100均の紙と封筒があります。」
「種も仕掛けもなかったらマジックじゃないでしょう?」
泉野は冷やかす。
初めてのマジックは緊張してるからホントは黙ってて欲しい。
「種も仕掛けも必要ないんです。なぜなら俺には未来を念写できるこの人差し指があるからね。」
「じゃあまず自分の未来を念写したら?父さん昨日カンカンだったからクビかもよ?」
まじ?昨日あんなに泣きながら謝ったじゃん。
俺は紙に人差し指で文字を書いた。
今はただの白紙にしかみえないその紙を封筒に入れて泉野に手渡した。
そして俺はポケットからトランプを取り出し泉野に好きなカードを選ばせた。
「俺は今、泉野がなんのカードを選ぶか占った。どれでも好きなカードを選んでくれ」
泉野は少し驚いた顔をした。
「えっ?まじ?すごいじゃん!じゃあこれにしよっと」
泉野はハートの7を選んだ。
俺は不敵に笑って泉野に告げた。
「それでは封筒の中身を確認してくださいお嬢様?」
泉野はちょっと顔をあからめながら封筒をあける。
誕生日プレゼントの包みをあけるときの子どものような顔だ。
しかし紙を確認したとたんに表情が変わる。落胆か陰鬱な表情に。
紙には『好きだ。付き合ってください。』の文字が書かれていた。
「残念でしたー。ハートの7でしたー」
泉野は紙と封筒を俺に突っ返した。
「そろそろ返事聞かせてくるよー。フるならフるでいいからさ」
「いいやフッても告るじゃん。いい返事もらえるまで続くじゃん」
俺は泉野に何度も告白しその都度お断りされているが、こいつと一緒にいることが多い為すぐ好きになっちゃうのだ。
「俺本気なんだって。本気で泉野が好きなんだって」
「あんたの本気は軽いの!」
「じゃあもっと真剣にしたら考えてくれるのか?」
「参考までに見してよ」
俺は深呼吸をする。
何度もしているがやっぱり告白は緊張する。
さっきまで見てた泉野の顔が見れない。
顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
耳が熱い。
俺はなんとか視線をあげ泉野の顔を見た。
「泉野が好きだ。顔も声もぶっきらぼうなとこも全部好きだ。俺を泉野の彼氏にさせてくれないか。」
泉野は顔を赤面させている。
手応えはある!
心臓が高鳴る。
呼吸がうまくできない。
「ごめんなさい。」
まただ。
俺の告白は届かない。
いつも手応えがあるだけに失望がデカい。
「かぁーまたダメかー。」
正直茶化すことも精一杯だ。
もう本当に諦めた方がいいのかも知れない。
脈ありだと思っているのは俺だけなのだ。
「俺のなにがそんなにダメなん?」
泉野は俺に悲しそうに笑った。
「松本はあたしを知らないから」
一瞬見せる弱々しい泉野がいる。
いつも無表情で弱みを見せないのに。
「付き合ってお互い知っていくんじゃダメなのか?」
泉野は少しの沈黙の後、自分の事を語り始めた。
「あたしね?中学の時にね、高岡さんをいじめてたの。」
「あの高岡さんを?」
「中学の時の高岡さんはね、今と違って長い黒髪で真面目な女の子だったの」
まじ?今の茶髪短髪も可愛いけどそれも見たい。
「クラス全体でイジメてたとか、見てみぬふりしてたとかじゃなくてね。あたしたちのグループは率先してイジメてたの」
「教科書に悪口を書いたり、カバンをぼろぼろにしてり、なにか気に入らないことがあればどんな小さい事でも大声で罵倒してた。高岡さんはいつも泣いてたけどもそれがさらにイラついた」
「そんなある日、高岡さんが茶髪になったの。本当に突然。おしゃれをして、口調も人との接し方も別人になったの。今の高岡さんだね。」
「今の高岡さんはわかるでしょ?人と壁をつくらないで誰とでも仲良くなっていったの。イジメされても笑いながらちょっとやめてよーとか悪口言われたり怒鳴られたりしても反省してまーすとかいってね。イジメの雰囲気は壊されていった」
「イジメが終わると思う?クラスは次のターゲットを探し始めたの。もちろん一番可能性が高いのは主犯グループだったあたしたち。」
泉野はスカートをぎゅっと掴んだ。
でも笑いながら続ける。自分を軽蔑している口調で。
「怖かったー。初めて自分のしたことがわかった。自分がいじめられるかもってなって初めて。どうしようもない屑なのよあたし。グループの中で一番イジメを実行してたのがあたしだったから徐々に幅寄せが始まったの。お前結構ひどいやつだよな的な?」
「次はあたしの番かーて諦めた。いじめてたからこそ出口がないのは一番わかってた。高岡さんの出口をふさいでたのはあたしたちだから。でもね高岡さんはあたしにすごい優しくしてくれたの。あたしを1人にしなかったの。」
「ターゲットが変わる度に高岡さんはその人にくっついていく。高岡さんにターゲットが戻ったときもあったけれど高岡さんはものともしなかった。クラス皆高岡さんの子どもに見えた。ケンカしちゃだめよーって諭すお母さんみたいな。」
「あたしはいじめられずに中学を卒業できたの。今もその延長の高校生活。どう?屑よあたし。」
泉野は俺に背を向けて手を振り歩きだした。
「泉野こわっ!畜生もいいとこじゃん!」
「茶化さないで!」
泉野は激昂した。
「茶化さないで。イジメは許されない卑劣なものだって知ってる。知ってるからやめて…」
俺は右手で後頭部をかきながら泉野に問いかけた。
「高岡には謝ったんだろ?高岡が許したんならもうこの話は終わりじゃね?」
「…謝ったわ。…高岡さんも許してくれた。仕方ないじゃんって。…1人じゃどうしようもできないのがイジメだって。」
涙をこらえながら泉野は呟いた。
「…ミツキはなにも気にしてないからって。もう気に病まないでって。悪いのはあたしなのに!イジメたのはあたしなのに!被害者ヅラしてるあたしを慰めてくれたの!」
大声から一転押し潰した声が聞こえる。
「何もかも遅すぎたのよ…。イジメをやめるのも、謝罪も、贖罪も。」
高岡さんが先にイジメを越えてしまったから。
イジメを過去の出来事にできてしまったから。
泉野は置いていかれてしまったんだ。
中学校に。
イジメをした自分に。もう自分を許すことはできないんだ。
俺は泉野を置いて反対方向に歩き始める。
「いじめは最低な行為だ。例え被害者が許しても、周りが忘れても、自分だけは自分を許しちゃいけない。イジメはやっちゃいけないんだ。」
誰かの足音が聞こえる。
「でもな泉野。お前の罪との向き合いかたは違うと思うぞ。それこそ被害者ヅラってやつだ。罪を抱きしめて殻にこもってるだけだ。」
息づかいが荒い。
走ってむかって来ているようだ。
「あとな泉野。大きな勘違いしてるぞ。」
この中庭にむかって。置いてけぼりの中学に向かって。
「たった3年じゃいじめは過去にできねぇよ。」
高岡さんは息を切らして立っていた。
あとは高岡さんに任せよう。
俺は立ち去るふりをして物陰に隠れた。
そこには先客の良太もいた。
「はぁっ…はぁっ…」
高岡さんが泉野に歩み寄る。
泉野は一歩退く。
「…高岡さん。…あの…その」
泉野は躊躇っている。
謝罪は相手に許しをこう行為ではない。
「…高っ…高岡さん。あのね!」
自分の罪を認め、向き合う行為だ。
「高岡さんの教科書に悪口書いたのはあたしなの!死ねガリ勉って書いたのはあたしなの!」
叫ぶ泉野に高岡は息を切らしながら歩みを進める。
「鞄をハサミで切ったのもあたし!机に墨で悪口書いたのもあたし!高岡さんのお気に入りのストラップをちぎって水槽に入れたのもあたし!」
高岡さんの歩みは速くなる。
「高岡さんの作文の一文を悪く解釈して誇張して怒鳴った!先生の回し者って!裏切りものって!高岡さんがイスを引く音が少しでも鳴れば舌打ちした!文化祭の準備!高岡さんがやること全部怒鳴った!準備に来なくなってもっと怒鳴った!怒鳴ればなんでもよかった!気持ちがスカッとしたの!あたし高岡さんをいじめると…」
破裂音のような大きな、本当に大きな音が響いた。
泉野の頬が赤くなる。
高岡さんの手のひらも。
「怖かった!みんなが怖かった!泉野さんも!倉本さんも!クラスみんな怖かった!怒鳴られるのが怖かった!監視されてる目が怖かった!みんなの笑い声が一番怖かった!怒鳴られて、たくさん怒鳴られて!私が悪いんだって思って!私がみんなの気分を悪くさせてるんだって思って!私がいなくなればいいんだって思ったの!」
高岡の訴えは涙で震えていた。
「私だって勉強だけじゃないの!真面目に過ごしたいだけじゃないの!みんなと帰りにハンバーガー食べたかった!休みの日はカラオケしたかった。駅ビルで買い物して、喫茶店でおしゃべりしたかった!わからなかったから、恥ずかしかったから真面目にしてただけなの!いい子のふりしてたんじゃないの!みんなと一緒なの!」
高岡さんは座りこんでしまった。
「私がいなくなってみんな楽しそうだった…。イジメもなくなった。私はなんにもできないまま…」
泉野は高岡を抱き締めた。顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「私…高3になっちゃった…」
「ごめっ…ごめんね…ご…ごめんなっ…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめん…ざい…ごめんなざい…」
泉野はいつまでも謝っていた。
俺たち4人を中庭に置いて、5時間目の始業のベルが鳴った。




