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ミツキとつきあいたい!  作者: 石戸谷紅陽
第3章 安原の参観日。
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乗ってく?

雨が降り出してしまった。

どうしよう。

雨が降る前に帰ろうと思っていたのに、つい買い物が長引いてしまった。

今日の買い物で、私は冷凍食品を買っていない。

明日からの大樹のお弁当に冷凍食品はないのだ。

今日はお試しとして食材を少しにしたつもりなのだけど、いかんせん頭がまとまっていないと買いすぎてしまうきらいがある。

「……走ってかえるか。」

私がそう意気込んで時だった。

私に向けられたであろうクラクションの音が聞こえた。

音がした方向に目を向けると一台のタクシーが止まっていた。

タクシーがノロノロと前進を始めてゆっくりと私の前に止まった。

「やっぱり、安原さんだ。」

運転席に座っていた男はよっしーのお兄さんだった。

私は早足で帰り道を急いだ。

「ちょっとちょっと!なんで逃げんの?!」

足早に立ち去っていく私にお兄さんは叫び声をあげる。


雨のなか、少し屋根の飛び出ているところに私は雨宿りしている。

どうせ通り雨だろうから少し待つだけも良し。

降りが弱いので走って家に帰るも良しだ。

問題はこの目の前のタクシーだ。

どうしても私を乗せたいらしい。

「雨で濡れると風邪引いちゃうよ?ほら乗って乗って。」

「知らない人の車に乗ってはいけないと言われているもので」

「ご両親の正しい教育に守られてるね。」

じゃあと言って京平さんは車の操作をする。

するとタクシーの表示が『回送』から『賃走』に切り替わった。

「これでお客さんとして乗車していただくっというのはいかがですか?」

「……お金ないし。」

「大丈夫。お兄さんの奢りだ。」

私の気持ちと反して、雨は勢いを増す。

早く帰って、明日のお弁当の仕込みがしたいというのも本音だ。

不本意だが、お言葉に甘えるとしよう。

私はタクシーの後部座席に乗り込んだ。

「自宅までお願いします。運転手さん。」

「かしこまりました。」

私を乗せたタクシーが雨の中をゆっくりと走り始めた。


「お仕事。工場勤務じゃなかったんですか?」

運転手さんが答える。

「さすがに1本だと稼げなくてね。副業だよ。副業。こうやって休みの日はタクシードライバーしてんの。」

「副業って。会社的にNGじゃないんですか?」

運転手さんは笑って答える。

「NGもNG。余裕のNGですよ。だからバレナイようにこっそりとやってんの。確定申告とかも経理じゃなくて自分でやってるし。」

バレナイように……ね。

私は後部座席に向けて張られた運転手紹介のカードに目を向ける。

そこには運転手の顔と『吉川京平』の文字、安全運転に努めますとの一言メッセージが添えられていた。

……バレルのも時間の問題かと思われる。

「でも今日平日ですよ?」

「ボク交代勤務だから、土日関係ないのよ。この間の温泉だって有給使ったんですよ?」

……温泉か。

私はスマホのアルバムを開く。

スマホではあんまり撮ってなかったな。

デジカメを持っていったからそっちばかりで撮ってたんだった。

……現像してみんなにも分けてあげようかな。

一枚の写真で指が止まる。

それはミツキが今井くんの頬にキスした、あの写真。

今井くんの驚いた顔が面白い。

ミツキは赤面はしているけれど、なんというか余裕がある。

『絵』になるのだ。

「……京平さんは……彼女とかいたことあるんですか?」

「今はいないの前提かよ」

京平さんが苦笑いする。

「……ないよ。一回もない。」

少し間があった気がする。

この年になるまで付き合ったことがないというのは言いづらいことなんだろうか。

「別に恥ずかしいことではないと思いますよ?」

「そんな励ましはいらないよ」

京平さんが身をすくめる。

「じゃあ好きな人とかは?」

「この年になるとどうもね。人を好きになりづらいものなんだよ大人ってのは。」

「つまらないですね」

「そっ。大人はつまらない生き物なんですよ?お嬢さん?」

この男は本当に私を子ども扱いするのが好きなようだ。

クラスでも周りの大人からも大人っぽいと言われるこの私を。

少し意地悪をしてみたくなった。

「……大人になる前。」

車体にうちつける雨音がうるさい。

「大人になる前はどうだったんですか?」

ワイパーが往復する度に、ゴムが擦れる音がする。

「恋とかしなかったんですか?」

私はミツキと良太のキスの写真に目を落とす。

「……したよ。」

運転手さんはただ前をみている。

「……してた。」

いつも余裕そうに振る舞う、大人な京平さんの叶わなかった恋の話。

正直聞いてみたい。

「相手はどんな?」

タクシーがゆっくりと減速していく。

「友達のお姉さんでね?年が10も離れてたんだ。」

タクシーが完全に止まる。

「先生に恋したんだ、ぼくは」

私の横の扉が開く。

「着きましたよ。お客さん。」

え?と間抜けな声を出してしまう。

話に夢中になりすぎて家に近付いていたことも気づかなかった。

ていうか、この間一回送迎しただけで家を覚えるってちょっと怖い。

「あの、お金。」

私が財布からお札を出すと運転手さんは受け取ってくれなかった。

「僕の奢りって言ったでしょ?」

「……でも」

「ご乗車ありがとうございました~。」

そう言い残すと京平さんは走り去って行ってしまった。

「お礼言わなきゃいけないのは、私の方なのに……」

私は手元のスマホに目を落とす。

画面は依然として、キスの画像。

私はその画像をミツキと良太に送信してあげた。

「……これでよし。」

家に入ろう。

夕飯と明日の仕込みをしなくては。

私はアルバムを閉じようと画面をタップしたところ、誤って次の画像へスライドしてしまった。

そこには京平さんが運転席で仮眠している姿。

私がデジカメで撮影する勇気のなかった姿。

これは私が初めて行った『盗撮』というものだ。


つくづくどうしようもない女。

私は自分をさげすんで笑った。


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