私のこと好きですか?
部屋に戻ってからどちらも言葉を発しない。
俺は黙ってコーラを飲む。
ミツキも黙ってアイスティーを飲んでいる。
ただそれだけの時間が流れている。
時間は夜の7時を回っているので、正直もうお開きの時間なのだがさっきの出来事で切り出しづらい。
でもさすがにこれ以上高校生の女の子を連れまわすのもいかがなものか。
「もうそろそろ……」
ぐるぎゅるぎゅるううううぅぅぅぅ。
俺の提案はミツキの腹の音にかき消される。
彼女は硬直して動かない。
当然だ。
もう夕飯の時間なのだから。
それはきっとミツキの方が言い出しづらいこと。
ここは俺から切り出してデートを締めるとしよう。
「お腹すいたね。そろそろ解散にしようか。」
するとミツキはスマホの画面を俺に向けた。
「……家にはもう連絡いれちゃったの。ご飯いらないって。」
?!
彼女はメニュー表を広げ、顔半分だけのぞかせこちらを見つめる。
「……何かたべよっか?」
ミツキの前に海老クリームアボカドパスタ、俺の前にカツの入ったカレーが届く。
「いただきます。」
「……いただきます。」
ミツキはフォークを器用に使い丸めたパスタを口に運ぶ。
「ん!おいしい。」
ミツキの満足そうな顔を眺めつつ俺もさっきからカレーを口に運んではいるが、まったく味がわからない。
味が脳みそまで届かない感じだ。
カツの衣をかみ砕く音だけが耳触りなほど頭に響く。
するとミツキがこちらの皿をちらりと横目で見た。
「……そのカツすごい音するね。さくさくかりかりなのかな?」
しまった!
うるさかったか?
デート中に食べるものではなかったのかもしれない。
ミツキが人差し指を立てると、ちゃめっ気を利かせた顔でおねだりする。
「ひときれだけもらってもいい?」
あっ、すっごいかわいい。
「……どうぞ」
断る理由などない。
フォークで刺したカツは彼女の小さい口では半分も入らなかった。
それでもすさまじい音がする。
「すっごい!カリカリなのにお肉が柔らかい」
そうなのか?
やっぱり今日の俺はおかしい。
寝不足が祟っているのかもしれない。
そして今日は朝から頭を使いっぱなしだ。
くらくらするよ。
俺の視界の外で、突然パスタが浮いた。
パスタを辿って視線は上げていくとそれはミツキの差し出すフォークであった。
「はい。お返しに一口。さあさっ」
これはあ~んという奴では?!
俺はあまりの突然の展開に開いた口がふさがらない。
もう俺の頭は本当に限界だよ。
眼の裏がぐるぐる回る。
「もっと口開けないと入らないよ?」
ええい、なるようになれだ。
俺は眼をつむり思いっきり口を開けた。
口の中に生温かいぬめりのある物質が口に入ったのを確かめると俺は口を閉じ、金属に歯をつき当てた。
そして金属は俺の唇に沿って退出していく。
「どう?おいしいでしょ?」
感想を言うために俺は良く噛んで味を確かめるがやはり味が認識できないのは俺の頭のせいかアボガドのせいか。
「おいしい」
俺のありきたりななんのひねりもないコメントを聞き遂げるとミツキは良かったと喜ぶ。
付き合ってもいない俺達はあ~んをしてもいい仲なのだろうか。
リア充にとってはあ~んなんて大した意味はないのだろか。
俺はゆっくりと眼を開けると、フォークを持ったミツキが顔を赤らめているのが見えた。
彼女も恥ずかしながら踏み切ったようだ。
「……ミツキ?」
ミツキは慌てた様子で手で自分の顔をぱたぱたと扇ぐ。
「やっぱり、照れちゃうねっ!こういうの!個室じゃないとできなかったかも」
普段あまり慌てることのないミツキがこんなにも取り乱すのをみていると新鮮なものがある。
今日のミツキは、午後からのミツキは本当に別人みたいだ。
「俺は本当にミツキの事を何も知らなかったんだな」
「えっ?」
ミツキは扇ぐ手を止めた。
「この一カ月、ミツキと友達になれて、ミツキと毎晩ラインして、学校ではあまり話せなかったけど自分でも気付かないうちにミツキのことを目で追ってた。」
「……うん。ミツキも、授業中つい意識しちゃって見てた。」
「えっ!全然気付かなかった!」
「私、盗み見るのうまいんだよぉ?」
「感服しました。」
「よろしい。」
ミツキは胸を張る。
「俺は2年の春、あの登校のあいさつからもう君が好きだったけど、好きだったつもりだけれど、ミツキの言った通り俺は何も知らない君のことを好きになれるはずがなかったんだ。」
俺は自分の胸に手を当てる。
「だって俺今、告白する時よりドキドキしてるんだ」
ミツキは少し座り直すと、背筋を伸ばした。
「今も私のこと好きですか?」
これは、告白の流れだ。
告白していい流れだ!
今までお預けされまくってきた告白を!
俺は今してもいいんだ!
俺も座り直してミツキに向き合う。
心臓の音がうるさい。
目が回る。
頭が熱い。
呼吸がうまくできない。
今日は前と違って何も言葉を用意していない。
だから、今の気持ちをありのまま伝えよう。
「ミツキ、俺は君が好きです。今までこんなに誰かを思ったことは一度もないです。誰にでも明るく振る舞える君が好きです。俺の眉毛を直してくれた君が好きです。自堕落な俺を、陰気で面倒くさい俺を見離さないでくれて。俺がこんなにも自分がまだ捨てたもんじゃない人間だって気付かせてくれた、ミツキが好きです。」
俺はソファから立ち上がった。
「もう一度言います。俺はミツキが好きです。俺と付き合ってください。」
俺は深々と顔を下げた。
ミツキは何も答えない。
カラオケのPRビデオの音だけが流れる。
ミツキの答えが俺の耳に届かない。
俺はゆっくりと顔を上げるとミツキは悲しそうに笑った。
「それは……私じゃ……私じゃない……かな?」
そこからのことは良く覚えていない。
こうして俺の楽しかった長い長いゴールデンウィークは終わりを告げた。
俺たちの関係を深めて混ぜたゴールデンウィークは終わったのだった。
混ざりあい、混沌の色のまま終わったのだ。
そして始まる一学期の折り返しの明くる朝。
「38度……」
俺は熱を出していた。




