ドリンク持ってくるね?
カラオケを初めて二時間ほど経っただろうか。
俺たちはひとしきり歌い終わり満足気に飲み物に口をつける。
カラオケがこんなに楽しいものだったなんて知らなんだ。
そりゃみんなこぞって通うわけだ。
正直歌なんて家でも歌えるものを高い金を払って歌いに来る奴の気持ちがわからないでいたが、この爽快感は癖になりそうである。
「私飲み物とってこようか?」
あっ天使だ。
「コーラでお願いします。」
俺のオーダーを聞き遂げるとくすりと笑う。
「もう、本当にコーラが好きなんだから」
あっ女神だ。
彼女の笑顔を見るたびに俺の心が躍動して仕方がない。
彼女はお盆に二つ分のグラスをのせると器用に片手で扉を開けた。
本当に彼女の可憐さには感服するばかりである。
何を食べたらあそこまで可愛く、そして立ち振る舞いも洗練された人間ができるのだろう。
ご両親にお礼がいいたい。
そして娘さんを僕にください。
いやいやそれはさすがに気が早いのでは……。
俺は一人で恥ずかしくな自分の身体を抱きしめ身もだえしていた。
彼女はまず間違いなく俺に気がある。
俺ももちろん彼女が好きだ。
そしてアニメの趣味もドンぴしゃときたもんだ。
これはいよいよ付き合ってしまうかもわからんね。
俺は一人で頷く。
そうした時やっぱり気になるのは俺のスペックだ。
今日俺は彼女といてこんなに楽しかったのだが、はてさて彼女はどうだろうか。
俺は彼女を楽しませることができているだろうか。
このカラオケは俺達の記念すべき初デートになるわけだが、俺はミツキをもてなすことができたのだろうか。
振り返ってみると音痴を気にしながらも楽しそうに歌うミツキが目に浮かぶ。
これは初デート成功ではないのか?
……そうだろうか。
彼女を楽しませたのはカラオケではないか?
俺はただ音痴を晒しただけ。
ひとしきり歌い終わった今が本当の見せ場なのでは?
そうだとすると俺は何をした?
彼女に今、俺は何をさせている?
開けずらそうに扉を開けるミツキの姿を思い出す。
俺が行くべきだったのでは?!
俺はカラオケルームを飛び出した。
俺はドリンクバーコーナーへ足早に歩く。
少し遠い。
こんな距離を俺は女子にグラスを持たせて一人で歩かせるつもりだったのか。
俺は本当にいつも肝心な時に決まらない男だ。
ごめん、ミツキ。
カッコ悪くてごめん。
せめて、君の隣にふさわしい男になれるように努力するから。
……だから!
どうか見捨てないでくれ!!
ドリンクバーについた俺の目に飛び込んできたのはチャラい3人組の男に囲まれた飲み物を二つお盆にのせたミツキの姿だった。
「いいじゃ~ん。一緒に歌おうよ~」
「……あの友達と来ているので」
「だからさ~。友達も一緒にさ~」
「……でも、その困ります。」
「ほらっ、俺たちが君たちの分も払うからさ。部屋どこ?」
……ナンパされてる!
今どきまだナンパなんてあるのか。
いや、俺がカラオケに来たことがないだけでもしかしたら普通のことなのかもしれない。
きっとミツキもカラオケに慣れているのだから、ナンパの処理くらい心得ているはずだ。
「ごめんなさい。私……」
「え~、どうしてだい?!」
「はははははっお前それマ〇オさんじゃねかよっ」
「はははははっ、似すぎ!」
するとミツキが少し噴き出す。
「ほら、彼女も笑ってんじゃねえかよ。」
「笑うと一層可愛いね君、今日だけでいいから俺たちと遊ばない。」
どうして彼女は断らないんだ。
いつもの物事を自分の価値観だけで決断するミツキの姿はそこにはなかった。
もしかしてまんざらでもないのか?
冷静になって考えてみる。
チャラ男3人組の容姿は、もちろんおしゃれで当然カッコイイ外見をしている。
大人で経済力もコミュ力もあります感がすごい。
そしてなによりオスとしての威厳というか自信をまとっているのだ。
こういうとき遠くから見ていても怖いと思ってしまうのは同じオスとして劣っているとわかっているからなのだろう。
当然だ。
かたや俺は、今日ちょっとおしゃれしただけのオタクの高校生で、さっきまで音痴を2時間晒した哀れな男なのだから。
おおよそ俺に気をつかって断らないのであろう。
それならば自分から退くのが男としての潔い散り方ではない。
俺はドリンクバーに背を向け自室に向かいながらスマホを取り出す。
ラインを開き彼女にお開きの知らせを入れるのだ。
『ごめん!家族に呼びもどされたから今日はこれで!お金はテーブルの上に置いておくから。今日は楽しかったよ。またあ』
俺の指がこれ以上押せない。
俺が勝手に決めちゃいけない!
ミツキの気持ちを俺なんかが推し量れるものか!
「じゃあさ。そのドリンクもってくのだけ手伝わせてよ。ね?」
「本当にその、大丈夫なので。」
「でも扉開けるの大変……」
「やめてもらっていいですか?」
俺は話を遮るようにミツキの前に割って入った。
「……今井……くん」
3人組は俺の登場にまったく動じない。
「これが君の友達?」
「着飾ってるオタクじゃん」
「オタクが慣れないおしゃれをがんばっちゃった感じ?」
理不尽は口撃が俺を襲う。
「こんなやつより俺たちの方が絶対楽しませてあげられるよ?」
「そうそう、こいつとはいつでも遊べるでしょ?今日だけでいいからさ」
せっかく割って入ったのにまるで視界に入っていない。
「少なくとも俺たちは飲み物を運ばせたりしないよ?」
今の流れで一番刺さったぜその言葉。
どうしよう。
俺が彼氏のふりをして連れ出すのが一番なのだろうが、もう俺のことを友達と公言してしまっている以上それは使えない。
3人を黙らせる威厳も立場も言葉も俺にはない。
……ならば俺に出来ることは一つ。
俺は3人に背を向けてミツキと向き合った。
「俺、もっとミツキを笑わせるから。俺にそのドリンクを運ばせてください。」
俺はミツキの目だけを見てそう言った。
彼女の眼が少しうるんでいた。
遠くからじゃ気付かなかった。
ミツキでも怖かったんだ。
「……お願いします。」
「あ~振られた振られた」
「ごめんね?」
ひとりのチャラ男が俺の肩に軽く手を置いた。
「少年!頑張れよ!」
そういうと3人組は立ち去って行った。
残された俺ら二人はただその場に立ち尽くしていた。




