初デート。
女子とカラオケ。
それは俺の人生で未だかつて経験のない未知の遊戯。
というよりそもそもカラオケの経験がほとんどない。
俺が今までにカラオケに来たのは母親と弟と来た小学校以来だ。
『良ちゃんは上手ねぇ』
それから10年近くはこの施設を利用していない。
俺は自分が音痴なのかさえ知らないんだ。
でもこういうのは経験値がものをいう遊戯。
きっと音痴に決まっている。
好きな人の前でそんな醜態を晒さなくてはいけないのは拷問に近い行為である。
そして音楽もアニソン以外ほぼほぼ聞かないのだ。
……何を歌えばいいのかわからない。
俺はリモコンのパッドをひたすらいじる。
アニメの話題はセーブされてるからアニソンなんてもっての外だよなぁ。
アニソンを制御された俺に歌える曲などない。
いっそメジャーなアニソンで許してくれないだろうか。
俺はミツキを横目でちらりと確認した。
同じくパッドをいじっていたミツキは俺の視線に気づくと首をかしげた。
「先に入れてもいいかな?」
俺は無言で手を差し出す。
「ごめんね。ちょっと声出しさせて。」
彼女が再びパッドを操作しだす。
ミツキがどんな歌を歌うのかに合わせよう。
前の人が歌った曲から連想される楽曲に繋がるものを入れていこう。
それが間違いない。
あっ、このアニメ映像つきだ。
いやいやアニメから離れろ。
俺は今、念願の女子との初デートに来ているのだ。
デートの極意その1。
俺が楽しむのではなく彼女を楽しませることに徹するんだ。
するとカラオケルームのスピーカーがとても聞き覚えのあるイントロを流し始めた。
なにぃ!
これは某男性声優二人組のユニットが歌うアニメの主題歌!
しかも今日俺がタペストリーを取ってあげた作品の主題歌じゃないか。
この女!今日は俺のプレゼントを拒否したくせに抜けしゃあしゃあと楽曲入れやがって。
でもこんなギャルぽい女の子がアニソン歌ってくれるのってちょっと嬉しいかも。
なんだろう、ギャップ萌っていうのかな。
すごく魅力的に見えて、その横顔に見とれてしまう。
イントロが明けるのを待つその姿に、マイクを持つその横顔から目が離せない。
……やっぱりかわいいんだよなあ。
そして彼女が歌い始めた。
「~な~んだろ~と。き~み~を~はなし~たりしな~い~」
すっごい音痴だった。
ウソだろ?!
何でもそつなくこなして、誰からも好かれている彼女が。
容姿端麗でいつもカラオケとか絶対行き慣れているはずなのに。
すべてが完璧のはずの彼女がまさかこんなに音痴なんて。
幼稚園児が歌う『友達100人できるかな』レベルに音痴なんて。
あんなに綺麗な声がこんなにも濁るなんて。
壮絶な彼女の1曲が終わった。
ルーム内に静寂が流れる。
ただ彼女の息切れのみが俺の耳に届いていた。
彼女が俺の顔を恥ずかしそうに見る。
こんはずじゃないのにとでも言いた気な顔だ。
俺は彼女になんのコメントをすることもなく自分の選曲を入力した。
もうアニメ禁止の制限はない。
そしてやっぱり彼女はこのアニメが好きだった。
ならば俺の選曲はもうすでに決まっていた。
俺が入れたの同じく某男性声優ユニットが歌う楽曲。
同じアニメのエンディングに当たる曲だ。
ミツキとは違い、こちらは男性。
同じ男性の声帯を持っている俺は安心して歌うことができる。
イントロが流れ始めた。
自ら痴態を晒してしまった彼女は恥ずかしそうにパッドをつつきながら顔を隠していたが、イントロが耳に届くと瞬時に顔を上げた。
そしてそのあどけない笑顔を小気味よく振り、リズムを取る。
当然だがこの曲もお気に入りのようだ。
聞いてくれミツキ。
……俺の歌を!
「~た~すけ~てくださ~いとはいわ~な~い~」
助けてください!
喉が……!喉があ……!
ちょっとでも高いところを歌おうとするとくるっとなるんです!
メロディーと歌詞があわないんです!
あ……ふーん、アニメ尺じゃない2番は全然曲調違うんですねー。
やっば……突然のラップ始まった。
知らんし、口まわらんし。
……と思ったらいつの間にサビ始まってるし!
あ……あかん、英語のとこ無理。
……終わって、だれかこの煉獄を止めて。
脳内じゃもっと綺麗に歌えていたのに。
鼻歌でちゃんと歌えていたはずなのに。
だれか俺をとめてくれえええええええええ!
永遠に感じた4分間が終わった。
俺の息はもう絶え絶えに乱れていた。
好きな人に、こんなかわいい女子にとんでもない痴態をあらわにしてしまった。
恥ずかしくて、みじめ過ぎて、彼女の顔が見られない。
最悪の初デートになってしまった。
次の楽曲が始まらない。
ミツキはまだ曲を入れていないのか?
恐る恐るミツキの顔に視線を移す。
ミツキは純真に驚いた顔をパッドで隠して俺の顔を見ている。
その顔があまりに可愛くて。
自分の歌声を棚に上げているその顔があまりに面白くて。
「……ふっ」
「……ぷっ」
「あはははははははははっはははははははは」
俺たちは噴き出し、二人でソファーに笑い転げてしまった。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
ミツキは本当にすごい。
ミツキといるほどに俺はミツキが好きになっていく。
そして、すこしずつだけれど。
自分も捨てたもんじゃないって思えるんだ。




