ゴールデンウィークは終わらない。
「終わったー……」
時刻は5時を回ったところでようやく吉川さんの課題は終わり、俺達は無事解放された。
ミツキと二人で駅に向かって歩く。
ミツキもその表情から相当の疲労をうかがわせる。
何か勉強だけの疲れでは無さそうにも見える。
「でも何とかなってよかったね。」
ミツキは俺にやつれた笑顔を見せる。
「まさかほとんど俺に押しつけるとは思わなかったよ。ミツキの方が成績いいのに。」
「私あんまり教えるのうまくないの。詰込み型だから。」
彼女の足元の石ころがアスファルトを鳴らす。
「でも俺が教えるよりは飲み込みやすかったんじゃない?ほら、俺と吉川さんて相性悪いし。」
「そんなことないよ。二人とも気を置けない仲って感じに見えたよ?」
「それはない。めちゃくちゃ気をつかったよ」
吉川さんはだれにも気を使うことはないが、俺はいつでもものすごい気を使って話をしている。
だれが相手でも、話題やリアクションをものすごく慎重に選ぶ。
それこそ彼女自身がさっき言った、『数学の公式』のようにだ。
でも会話は違う。
同じく数学に例えるのなら問題を一回呼んだらすぐに公式を当てはめなくてはいけないのだから。
しかも間違えたら違う公式とはいけない。
沈黙とつまらなそうな相手の顔を拝んで終了である。
まあそういった雑談に比べたら、勉強を教えるだけで良かった今回はそこまで気を使わなかったといえばその通りかもしれない。
駅前が見えてきた。
カフェやゲームセンターが立ち並ぶ。
つい半日前までゲームセンターで遊んでいたとは思えない。
「あーあゴールデンウィークも終わっちゃったなー」
ミツキが軽く握った手で口を隠し少しほほ笑んだ。
「ごめんなさい。吉川さんみたいなことを言うから。」
俺は足を止めた。
2歩、3歩歩いてミツキも足を止める。
「どうしたの?」
それはこっちのセリフだ。
「忘れ物しちゃった?」
なんで……。
「……今井くん?」
吉川さん……、今井くん……。
俺は今日一日下の名前で呼ばれてやっぱり嬉しかったんだ。
君の口から良太と呼ばれるたびに俺は口元がニヤけるの我慢したんだ。
「……今井くん?」
……嫌だ。
「……今井くん?」
……嫌だ!
「大丈夫?」
……呼び方を気にしている小さい自分が。
虫酸が走るほどに気持ち悪い。
俺を心配してくれる彼女にかける言葉はたったひとつだ。
「……昨日俺はミツキをデートに誘ったんだ。」
今日の俺は本当にどうかしている。
「本当は二人きりでミツキと遊びたかったんだ。」
徹夜のせいか、弟におしゃれしてもらったせいか。
俺はこのゴールデンウィークをただでは終わらせたくない。
彼女にとって、ミツキにとって。
友達以上の関係が欲しい。
約束が欲しい。
『今井くん』じゃ終われないんだ。
「昨日、誘ったのは迷惑だった?」
今日ずっと気になっていたことを問いかけた。
俺は空気が読めない。
自分に自信もない。
女子の考えることはおろか、人間関係自体苦手な俺が、俺の脳内だけで正解に導けるわけないんだ。
俺みたいな男が彼女ほどの人と付き合うにはなりふり構ってられないんだ。
俺はミツキと……!
ミツキの顔を見ると信じられない程顔を赤らめていた。
ミツキが俺に対して顔を赤らめてくれるのはこれで3回目か。
一回目は旅館でキスをしてもらったとき。
あんなのはだれでも赤らめる。
俺なら松本にキスするのだって赤くなるだろう。
2回目は旅館のロビーで話をしていた時だ。
そして今。
心なしか『今井くん』と呼ばれる時の方が赤面率が高い気がする。
もしかして。
俺は生唾を飲み込む。
……これが好き避けというやつか。
ミツキは堅く閉じていた口を開く。
「……じゃない。」
彼女は間違いなく、まず間違いなく。
「……迷惑じゃ、……ない……です。」
俺に気がある。
「じゃ、じゃあ。また今度遊びにいかないかな?」
夕焼けで二人の影が長く伸びる。
駅前の街頭が灯りだす。
「今度はふたりで。」
俺はもっと彼女を知りたい。
たしかにそれもある。
もっと彼女を知ってもらいたい。
それもあるんだ。
でも一番は彼女と一緒にいたい。
何もしなくてもいい。
彼女の隣にいることが、彼女と歩くことが、彼女と向き合うことが俺には極上の贅沢なんだ。
これがミツキに言われて俺が彼女と向き合った結果だ。
これがミツキへの答えだ。
ミツキの答えを聞かせてくれ。
彼女は静かに頷いた。
俺はガッツポーズを両手で決めつつ、腹の底から喜びの声を上げるとともに、両足で天高く舞い上がった後そのまま積乱雲の彼方へ飛んでいきたい気持ちのアイアンメイデンのごとく封じ込めた。
落ち着け、冷静になれ今井良太。
ここですべきことは喜びに溺れることではない。
次の日取りを決めるのだ。
俺は冷静に今日保ってきたイケメン顔を彼女に見せつつ止めていた足を再び進めた。
少しスキップ気味になっている気がするがそんなことは些細な問題でしかない。
「じゃあ来週の土曜日とかどう?日曜日はバイトあるけれど午前なら遊べるけれど。」
さあて人生初めてのデート。
漫画やアニメだけの眺めるだけだった世界が来週に迫っている。
頭が真っ白になるほど嬉しい。
いったい何をして遊ぼうか。
「どうかな?ミツキ?」
俺が彼女の方を振り向くと彼女はまだ立ち止ったままだった。
「ミツキ……?」
彼女は首を軽く傾けると、妖艶な笑みを浮かべた。
「……今からでもいいけど」
駅前の雑踏が夕焼けを騒がし始めた。




