ありがとう。
あたしはあたしが嫌い。
嫌いなあたしを好きだと言ってくれる男子がいる。
何度もされた告白。
これが最後だという告白。
彼と付き合えなくてもいい。
彼が別にあたしを好きになってくれなくてもいい。
多くは望まない。
あたしの視界の片隅に映る姿だけでも満足なのに。
「……アメリカ?」
松本は真剣なまなざしをあたしに向ける。
「えっ?学校は?高校はどうすんのよ。」
「やめる。」
「やめるって。やめてどうすんのよ?」
松本はポケットから封筒を取り出した。
初めてみたけどエアメールというものだった。
封筒を開けてみるが、細かいところは良くわからない。
でも……。
「……弟子?」
「ああっ。マイク・カーターって知ってるか?」
あたしは首を横にふると彼は後頭部を軽く掻く。
「かなり有名なマジシャンなんだけどな。カーターが初めて弟子を集めてるんだ。世界から10人だけ。」
「そんなの受かるわけ……」
「受かったんだよ。俺はパスポートを作って8月にはもうアメリカだ。」
どうやら冗談ではないようだ。
「英語もできないあんたがアメリカなんて」
「俺は世界的なマジシャンになるのが夢って言ってたろ。英語を勉強してないわけねえだろ」
松本のことを甘くみていた。
マジシャンにどれほど本気で打ち込んでいたのか。
あんなに近くでマジックの練習を、一番近くで見ていたのに。
「アメリカに一緒に来てくれとは言わない。日本で待っていてほしい。必ず迎えに来るから」
松本の手が震えているのがわかる。
こんなにビビっている告白は最初の告白以来だろうか。
「……だから。俺と……」
「冗談でしょ?」
松本の顔が上がらない。視線はあたしの足元で止まっている。
「もともとあんたと付き合うなんてありえないって言ってるでしょ?それがさらにアメリカ?待たせる?さらにマイナスの要素が増えたのに付き合うわけないじゃない」
あたしは空き缶をごみ箱に捨てる。
「でもあんたの夢は応援するわ?すごいじゃない。今度サインちょうだい……ね……」
振り向くと松本が泣いていた。
泣くなんて思わなかった。
「あ……。松本……。」
「ごめん……。ごめん……。」
「いや。あたしは大丈夫だから。気持ちはうれしいというか。ね?」
松本は絞るような声で呟いた。
「一人にしてごめん……。」
あとずさりすると、空き缶のごみ箱に当たる。
「大丈夫だから。あたしは一人が好きだし。むしろうるさいやつが減ってせいせいするくらい」
こんな言葉しか出てこない。
本当に自分が嫌になる。
「じゃああたしは部屋にもどるわ。その話はみんなには内緒にしておくから。言うなら自分でいうんだね」
でもこれでいいんだ。
あたしがかける言葉なんてひとつもない。
「誕生日プレゼントありがとう。おやすみ松本」
松本はなにも返事をしなかった。
あたしたちの関係は完全に終わった。
部屋にもどる道中、あたしはハンカチに目を落とす。
あたしが赤好きだって知ってたのかな?
きっと知ってたよね、あいつのことだから。
寄り添う小鳥の刺繍。
これは彼の願いだったのだろうか。
小鳥の刺繍に、ひとつ、ふたつと濡れていく。
あたしの涙がひとつ、ふたつと落ちていく。
すごかったな。最後の手品。
本物のマジシャンみたいだった。
世界的なマジシャンに認められるくらいだもんね、当たり前か。
あれが最後の手品。
もうあいつの手品を見ることは……ない。
いままで何回も見てきた。
一番近くで、一番見てきた。
松本、あのね?あなたのおかげで自分のこと、一つだけ好きになれたんだよ?
あたしはハンカチをくしゃくしゃにして顔に押しつけた。
この気持ちを、伝えてはいけないこの気持ちを最後まで押し殺したこと。
「……ずぎだよぉ……まつもどぉ……」
あたしは廊下でしゃがみこんだ。
「……だいすき。……ありがとう…まつもと」
その思いは彼のくれたハンカチにだけ伝えた。
それくらいなら、いいよね?
部屋に戻ると、吉川さんと高岡さんはトランプをしていた。
「おそーい!どこまで言ってたの?」
「おおかた、トイレにでもいってたんじゃないの?でっかいほう」
夜10時前。
まだ高校生には寝るには早い時間だし少し付き合うとするか。
「吉川さーん。レディーとしてその発言はどうなの?」
「いちいちむかつくわねあんた」
あたしは布団の上に座る。
「で?なにやるの?」
「んふふ。大富豪。」
またベタな。
高岡さんが手札を切る。
「ハラッチもできたらいいのにね。」
「弟くんもいるし無理よ。むしろずいぶんとつきあわせてしまったくらいよ」
高岡さんがカードを配る。
あたしは配られたカードを見るとかなり悪い手札だ。
でも最強のカードのジョーカーがある。
最強だけれど最後まで取っておくと負けになるカード。
一枚だとスペードの3に負けるカード。
なにかと一緒に出すのが一般的なカード。
「……あたしみたい」
ぽつりとつぶやいて、手札で口を隠した。
こんな弱いあたしがジョーカーなわけないか。
夜は更けていく。
今日の出来事を過去の出来事にするように。
あたしの気持ちを過去のものにするように。




