隣に座りなさい。
「ヨッシーは?便所か?」
松本が吉川さんを探す。
吉川さんは泉野さんの後ろでうずくまっていた。
前回に引き続きの今井良太がお送りします。
「呼ばれてますよ。ヨッシーちゃん?」
泉野さんはそういうと一歩左にずれた。
その陰から姿を現した吉川さんは赤面を松本に向けた。
「ヨッシーやっぱスタイル良いな。すげぇ水着映えしてる。」
視線の泳ぐ吉川さんの顔の赤さは限界突破していた。
吉川さんはプールに飛びこみものすごい速さで泳ぎ逃げて行った。
「なんなのよあいつ!なんなのよあの腹筋!なんなのよ!」
なんなのよ~!という奇声とともに吉川さんはあっという間に見えなくなってしまった。
「あいつ意外と度胸ないのね」
「そうよ?すごいかわいいでしょ。裏表がなくて付き合いやすい子なの」
高岡さんはさすがに吉川さんに理解が深いようだ。
すると俺の肩をつつく華奢な指に気づく。
それは安原さんの指だった。
安原さんの水着は吉川さんとは違う違う意味で大人な水着だった。
深緑のワンピースの水着で落ち着きがある。やっぱり安原さんはクラスでも類を見ない大人な雰囲気があるのだ。
「うちの弟はどこ?」
「あっちに子ども用のプールがあって、そっちで京平さんがみてくれてる」
安原さんの顔が一瞬反応したが、いつも通りの無表情に戻っている。
「そ。ありがとう」
安原さんは子どもプールに向かい静かに歩いていて行った。
「泉野。ウォータースライダーやりに行こうぜ。」
「あんた日本語読めないの?夏季限定だからあれ」
「だからもういけんじゃね?」
「松本の中では桜散ったらもう春なの?」
いいからいいからと泉野さんの後ろを押していく。
泉野さんは腕組をしながら不満そうに連れて行かれた。
そんなこんなで俺と高岡さんの二人になってしまった。
こういう時どうするんだっけ?あ、まず水着を褒めないと…
「あ、その、み」
もごもごしていると高岡さんは手を後ろで組みながらプールに向かって歩き出した。
そうだよな。
褒めてどうすんだ俺。
好きでもない男に褒められたって気持ち悪いだけだよな。
下手したらセクハラだ。
何を俺は調子に乗っていたんだ。
第一俺達付き合ってるわけでもなんでも…
「りょーたっ」
あどけなく短く、俺を呼ぶ声がする。
高岡さんがプールサイドに腰かけ、足を水に入れている。
パステルカラーの水色の水玉柄の水着は彼女の天真爛漫な笑顔によく似合っている。
腰には俺と同じ紺色のパレオが巻かれていた。
彼女は自分の右隣りでポンと手を弾ませる。
「ここ、あいてますよ」
かわいい。
本当に高岡さんはすごくかわいい。
俺は彼女の横に腰かけた。
間に一人くらい入れるスペースを空けて。
「失礼します。」
高岡さんはきょとんとした顔を俺に向ける。
その途端、笑顔で俺に距離を詰めて座り直してきた。
「もぉ、良太はパーソナルスペース広すぎ」
近い近い近い近い!近いよ高岡さん!そんな裸同然の露出全開で詰められたら呼吸だって正常にできなくなるのが男って生き者なんだ。
「ほらほら。ミツキの水着どう?好きな子の水着くらい自然に褒めなさいよ。」
「あ、その、すす、すごく似合ってるよ」
「良太の話し方だとなんかスケベだね」
じゃあなんて言えば自然なんだよ畜生。
「良太も似合ってるよ。」
「ああ、水着?ありがとう」
「水着もだけど、髪。京極さんのとこで切ってくれたんだ。」
ああ、こっちか。
月に一回切りなさいという高岡さんの約束を守るつもりはないのだけれど、せっかく旅行前だから整えてもらおう思っただけだ。眉毛の失敗の件もあるし。
それにしてもよく気づいたものだ。
実質一カ月も待たずに切りに行ったためほとんど伸びてはいなかった。
少ししか切ってないのに。
「あとやっぱりメガネ。無い方がかっこいいよ?」
プールでさすがにメガネはかけられない為、メガネはプールに置いてきたのだ。
「え、あっ。そう?」
「うん。ちょっとドキドキしちゃうくらいには」
高岡さんはプールから足を引き上げ体育座りのように膝を抱え、頭をコテっと膝に預けた。
かわいい。
ドキドキが止まらない。
心臓がうるさすぎて呼吸ができない。
告白したい。
この子とずっと一緒にいたい。
特別な人になりたい。
ダメかな?告白しちゃ。
もっと知らないといけないのかな。
毎日ラインして、アニメの話しかしてないけど。
こんなに話が合うんだ。俺達きっと良い付き合いができるはずだし。
いいよね。告白しても。
「高岡さん。その。あの。」
「今告白しようとしてるでしょ。」
げっ。
「はあ~ホント良太は分かってないな。」
高岡さんは大きくため息をしている。
その顔をげんなりしていて、ジト目で俺を見つめている。
「たしかにラインもしたしね。君のことは少しわかってきたよ。君の好きなアニメはね。」
「俺、男子でもこんなに話のあう人いなかったんだ。」
「それはミツキじゃないもの」
ポツリと呟いた言葉の意味が俺には分からなかった。
「良太はね。話があう友達を探してるの?この一カ月、良太の好きなアニメしかミツキは知れてない。良太は?アニメの話ができる彼女がほしいだけ?」
だんだん仲良くなるっていうことが分からなくなってきた。
とりあえずまたすごい恥ずかしいことをしてしまったという自覚はあった。
「でもね…」
俺は彼女の方に顔を向けると彼女はやさしく笑っていた。
「ミツキの為に身だしなみを綺麗にしてくれてるのはね、すっごくうれしいの」
だからねと高岡さんは続ける。
「ミツキに好かれる努力をしてほしいの。ドキドキさせてほしいの。」
俺は彼女にいつもドキドキさせられる。
いつも俺の背中を押してくれる。
俺は彼女をドキドキさせようとしたことはあっただろうか。
ふと俺の左手に感触があるのに気付く。
彼女のそれは右手の二本の指が少し俺の手に触れているものだった。
「もっとミツキを口説いてよ」
クラスや吉川さんたちの前では見せない。
高岡さんの一面がある。
俺は彼女の少し触れた右手を引き寄せ、しっかりと握り返した。