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ミツキとつきあいたい!  作者: 石戸谷紅陽
第8章 最後のステージ。
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ラストステージ。

「ふぁ~あ。」

あたし、泉野早枝は昨日の寝不足が祟り、退屈な終業式に大きくあくびをした。

『それではこれで終業式を終わります。』

教頭先生がマイク越しに挨拶をすると体育館が途端にざわつきだす。

今日は日程が特別に変更になり、すでにホームルームを済ませた彼らはすでに夏休みなのだ。

だがしかし、それだけではない。

松本が想像しているよりずっと、本校の生徒は松本を応援していたのだ。

生徒会の女の子が教頭先生と入れ違いにマイクの前に立った。

『それでは、もうすぐ松本大地により本校最後のラストステージを行います。』

その途端、会場はものすごい歓声に包まれる。

その熱気を松本はどのように受け止めているのか、あたしは心配でならない。

『えー!みなさん!それではこれより一般開場を行います。混雑が予想される為、帰宅される方は今のうちに帰宅を進めます。』

驚くことに3000を越える生徒は誰ひとりとして帰宅する素振りを見せなかった。

『それでは!帰宅しない生徒のみなさんはどうぞ自由にステージの前にお集まりください。』

生徒会のアナウンスで歓声をあげながら全校生徒の大移動が始まる。

あたしは全然後ろで良かったのだけれど、人の波で押しこまれる。

必然と中列くらいまで押しこまれてしまった。

でも思いのほかステージが近い。

ここはここでいいのかもしれない。

するとあたしの方をツンツンとつつく人物がいた。

振りかえるとそこにいたのはミツキとハラッチだった。

「早枝ちゃんこんなとこでなにしてんのよ。」

「もっと前に行こう。」

二人はあたしの背中を押すのだ。

「え~。あたしはここでいいよ。」

二人はあたしのその言葉を聞くと顔を見合わせ、1つ頷いて見せるとあたしの腕を引いた。

「すいませ~ん。通りま~す。」

「通りま~す。」

「も~。ホントにいいって~。」

あたしは二人に引かれるままに前列まで運ばれてしまった。


「さすがに最前列は列がギチギチね。割り込む隙がないわ。」

「早枝ちゃんがもたもたしてるから。」

「頼んでないでしょ!」

余りに理不尽に責められる為、あたしもふてくされてみる。

『それでは、間もなく一般開場を始めます。』

アナウンスとともに出入り口の扉が風紀委員の手により開かれる。

そこからは老若男女、多数の人たちがなだれ込んできた。

「やばい!すげえ人だ!」

「当たり前でしょ?マイク・カーターの弟子よ?」

「ツイッターのリツイート、3万越えだったし。」

「聞いた?テレビ来てるみたいよ?」

生徒が一段とざわつきだす。

その言葉を聞くたびにあたしは自分の手を握りしめた。

大丈夫かな、松本。

あいつは確かに目立ちたがり屋で、いっつも軽いけど。

プレッシャーに強いわけじゃないの。

本当にあいつは、そんな大した人間じゃないの。

この中の人間はマイク・カーターか誰かよくわからない人の名前で集まっている。

松本の器量を知らない。

それがあたしをひどく不安にさせた。

するとミツキがあたしの手を握った。

「ミツキ?」

「松本なら大丈夫よ。」

ハラッチも手を握る。

「松本のマジックは本物。私たちが一番知ってるじゃない。」

少し、心が落ち着いた。

でもあたしが落ち着いても仕方がなかったのだ。


『お集まりのみなさん。本日はお忙しいところ、遥々お越しいただきましてありがとうございます。』

生徒会のアナウンスが再び始まる。

体育館は人でいっぱいで、入場できなかった人もいるようだった。

この体育館が一杯になるなんて、下手すれば一万を超えているのではないか。

体育館の両サイドの二階席にも人があふれていた。

『本校在籍していた3年生の松本大地くんは今日を持って、本校を退学します。』

えーーっと本校生徒が落胆の声を上げる。

『けれども悲しまないでください、惜しまないでください。彼は大きな夢の為に、本校どころかこの国を羽ばたくのです。世界的なマジシャン、マイク・カーターのもとで』

生徒会のマイクパフォーマンスで全生徒が再びわき上がる。

『それでは松本大地、本校ラストステージ!どうぞご覧ください!』

そしてステージの幕が上がった。

そこには黒いタキシードでばっちり決めた松本がたった一人で立っていた。

会場は最高にわき上がる、歓声で体育館が揺れている。

松本の登場がこんなにも人々を熱狂させているのだ。

やめて。

そんな人間じゃないの。

松本はこの熱気を一人で背負い切れる人間じゃないの。

幕が上がったというのに、松本は一言も話さず茫然と立ち尽くしていた。

体育館は暗くされて、ステージのみ照らし出されている為、おそらくどれほどの人がここに集まっているかはわからないだろう。

けれど、今の歓声だけで松本には十分だったのだ。

松本の首筋には汗が光り、その両手は力なく震えている。

「長くね?」

「なんで始まんないの?」

「緊張で飛んだんじゃね?」

観衆がざわつきだす。

その声は松本の耳にも届いているに違いない。

松本は震える手を見つめる。

そして、願うように目を閉じた。


「松本ーーー!」

あたしの声で体育館は静まりかえる。

松本は暗闇からあたしを探すように首を動かす。

「松本ーーーー!」

再び叫ぶと松本はあたしを見つけたようだった。

伝えたい。

たとえステージでも、アメリカでも、世界のどこでも。

松本はひとりじゃないんだよってことを。

あたしは松本にもらったハンカチを高く掲げた。

松本には見えるだろうか。

寄り添う二羽の小鳥の刺繍が。

松本は震える両手で思いっきり頬を叩いた。

そして再び両手を確認したその手はもう震えていなかった。

松本は顔を上げる。

その目はいつもの、ただの目立ちたがりだった。

松本のステージが始まる。

毎日見せられたマジック。

彼のラストステージが始まる。


「みなさん。皆さんにとって夢ってなんですか?」

松本は黒いタキシードの背を伸ばしステージギリギリを歩く。

「飛行士?看護師?歌手?いろいろあるかもしれませんね。」

松本は何もない右手からパイロットの帽子を出したかと思えば、それを頭に被るとナースキャップになった。

そしていつのまに左手にはマイク持たれていたのだ。

「俺の夢は皆さんご存知マジシャンになることです。」

するとマイクは長いステッキになった。

そのステッキで頭を叩くとナースキャップはシルクハットに変わるのだった。

そのひとつひとつに大きな歓声が沸く。

「俺がマジシャンに憧れる理由。それはずばり、目立ちたいから。俺は人から注目を浴びるのが気持ちよくてしかたがないんです。今みたいにね。」

ハンズフリーのマイクをつけている松本の声は大きく拡散され、その姿は後ろのスクリーンに大きく映し出される。

「マイク・カーターのような魔法をご期待のみなさま、申し訳ございません。今日はこの松本大地がどれだけ目立ちたがりなのかをご覧ください。」

松本は観客に向かい、わざとらしく大げさな礼をする。

そして頭を上げると黒くシックに決めていたタキシードは上半身が白く派手なタキシードに変わっていた。

歓声がおさまらぬまま、松本は華麗にターンをして見せる。

すると全身、シルクハットまでが白く染まった。

「松本大地のマジックをとくとご覧あれ!」

体育館はうねるように歓声で沸き上がった。


30分程だろうか。

松本はハイペースにマジックを繰り返し、息も切れて顔の汗もすさまじい量がうかがえた。

彼のマジックの一挙手一投足に観客は盛大な盛り上がりをみせた。

だけれど、あたしが知る限りそろそろ潮時だろう。

もともと彼のマジックは近距離のものがメイン。

こんなステージ向きではないのだ。

だからこそ、今日の松本は間違いなく100点満点だ。

まるで本物のマジシャン。

いや、かれはもうれっきとしたマジシャンだった。

松本は頭上のライトを見上げ、肩で息をしている。

そしてまた観客に目を向けるのだ。

「次で最後のマジックになります。」

観客は惜しみ声を上げる。

「もうしわけないです。次のマジックは一番すごいやつをやるのでお許しください。」

松本はステージの淵を歩く。

「みなさん。先程はお見苦しいところお見せしてしましましたね。ここにいる皆さんには今日一日でおわかりいただけたと思います。俺がどれほど目立ちたがりであるか、どれほど臆病ものであるか。こんな俺が世界的なマジシャンなんてなれるわけがないとは思いませんか。」

そう言うと、松本は手元のステッキを消した。

「俺は本来こんな大きなステージで行うマジックを持ち合わせてはいないんです。最後に俺の得意なマジックをお見せしたいと思います。」

松本はステージを歩くその歩みを止めた。

「お手伝いしていただけますか?」

松本が手を差し出した先にはあたしがいた。

あまりに突然のことであたしは言葉を失う。

あたしよりも先に状況を理解した最前列の生徒が道を開けた。

戸惑うあたしの背中をミツキとハラッチが押しだす。

なにも考えられない。

あたしは何も考えられず、バカみたいに松本の顔だけを見ていた。

ステージ下まで降りてきた松本はあたしの手を取り、ステージの上まであたしをエスコートした。

「俺はどんなものでも時を自在に操ることができるのです。どんなものでも一瞬で元に戻すことができるんです。」

松本は被っていたシルクハットを脱ぎ、背中から手前にハットを投げるとそれはルービックキューブになっていた。

それをあたしに手渡す松本。

「このルービックキューブをめちゃくちゃにしてください。面を崩してもいいし、なんなら壊してもいい。どんな姿になっても俺は必ず元に戻して見せます。」

その真剣な表情にあたしは彼の顔を直視できなくなってしまう。

「わかった。」

あたしは面をぐるぐる回す。

「俺は今はただの高校生です。今日、その高校生ですらなくなります。ただの臆病な目立ちたがり屋になります。」

松本はあたしを置いて再び会場に向けて語り出す。

「臆病な俺を、目立ちたがりな俺を。そんなしょうもなかった俺を、ちょっとはマシな人間なんじゃないかなって最近は思えるようになったんです。」

あたしは意地悪なほど、必死にキューブを回した。

「それは彼女のおかげなんです。」

その言葉にあたしのキューブを回す手が止まる。

松本はなにも言わずにあたしの元まで帰ってくる。

「さっきのハンカチ、お借りしてもいいですか?」

あたしは小鳥の寄り添う刺繍の入った赤いハンカチを手渡した。

「ありがとう。」

松本はキューブを持つあたしの手を下に自分の手を添えると、上からハンカチを被せた。

そして膝間づいたのだった。

「泉野がどんなに嫌いでも関係ない。俺がその倍好きって言ってやる。もう待っててなんて無責任なことは言わない。」

松本がハンカチを外した。

あたしの手の上にはルービックキューブではなく、布地でできた化粧箱が乗っていた。

あたしは言葉がでなかった。

「一緒にアメリカにきてくれ泉野。」

箱を開けると、中にはダイヤが輝く指輪が輝いていた。

「俺の夢に付き合ってください。」

それは紛れもないプロポーズだった。

会場は最高の盛り上がりを見せた。

松本は顔を下げて、あたしの答えを待っている。

しだいに会場も静かになる。

皆があたしの答えを待っている。


「……ずるいよ。」

涙があふれてきた。

「あたしの夢まで勝手に決めないでよ。」

涙でうまく話すことができない。

松本は顔を上げた。

「泉野。」

「あたし、中学の自分が許せないの。一度も頭から離れないの。きっとこれはあたしが一生付き合っていかないといけない罪なんだと思う。あたしはその罪を抱えたまま松本の横にはいられない。」

松本は首を横に振る。

「聞いて!」

あたしは指輪の入った化粧箱を閉じた。

「この気持ち、多分この気持ちを持ってるあたしにしかできない事があるんだと思う。中学にあたしは自分を置いてきちゃったから。中学に戻ってあたしにしかできないことをしたいの。」

そして、松本に指輪を押し返した。

「あたし先生になりたいの。だから一緒にはいけない。松本の夢には付き合えない。」

今できる精いっぱいの表情で笑ってみせた。

「あたしも松本が大好き。」


「……だから……あんたの思い出くらいにはなってあげる。」


あたしは松本の唇に口づけをした。


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