貴重な日常。
教室に入るとクラスはほとんど埋まっている。
月曜日の朝ということで、皆自分の土日の過ごし方を語らう。
「おはよー。」
ミツキは挨拶をしながら、教室に入室する。
その後ろを俺は無言で入室する。
クラスメイトの目からしたら、きっとたまたま教室に入るタイミングが一緒だったと思うに違いない。
だが違う。
俺は昨日、ミツキとデートをしたのだ。
どうだ、男子。
羨ましかろう。
俺はそうほくそ笑みながら自らの机に座る。
ミツキの席から遠く離れた席に。
「もう、怒んないでよ。よっしー。」
「ふん。」
先に机に座っていたよっしーは明らかにへそを曲げていた。
「なに?あんたら喧嘩してんの?」
「うん。ちょっとね。」
ミツキのとなりの席の早枝が尋ねる。
「どうせ。よっしーが待ち合わせに遅れて、ミツキが先に行っちゃったとかそんなとこでしょ。」
その言葉を聞いて一段とよっしーの機嫌が悪くなる。
「ちげーよ。全然見当違い。サッシのいい姿がかっこいいわねー。」
「は?図星でしょ?」
ミツキとよっしーの喧嘩は早枝に飛び火した。
「あんたねぇ。ミツキが好きなのは結構だけどミツキのことも考えな。」
「なに?朝ちょっと遅れただけじゃない。そんな……。」
「そうじゃなくて。ミツキだって今井と一緒に登校……。」
「わーーーー!」
早枝の言葉をミツキが遮る。
「早枝ちゃん!ミツキたち、まだそんなんじゃないから!」
ミツキは自分の口に人差し指をあてがうジェスチャーをする。
「あらまぁ。聞きました早枝ちゃん。」
「聞きましたわ。よっしー殿。」
「ま・だ、ですって。」
「ずいぶん前向きにお付き合いされてるようで。」
「もう!違うんだって!ミツキ達は友達で……。」
ミツキは顔を赤くして歌える。
「でも、昨日映画行ったんでしょ?今井と。」
「なんで知ってんの~!」
ミツキは頭を抱える。
そして早枝は頬杖をついてにやける。
「あたし、あいつのバイトリーダーよ?あいつのシフトはあたしの思うままよ。」
「それと今井のスケジュールを把握するのは違う問題だと思うけど。」
よっしーが少し引いている。
「さあ、今週は何曜日遊びたい?あたしが休み優遇してあげるわよ?」
俺の休みが俺の関係のないところで決まろうとしている。
「ホント?!じゃあにち……!」
ミツキはそこまで口走って自分の口を抑える。
「なによ。」
「どうしたの?ミツキ。」
ミツキは口を抑えたまま、遠い俺の方を見た。
やっちまった?ミツキ。
そんな顔をしている。
どうやら助け船が欲しいようだ。
俺はミツキにほほ笑んで会釈したあと、机からラノベを取り出し読書に戻った。
「良太~?」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
ラノベから声の方へ視線を移すと明らかにキレてらっしゃるミツキが俺を手招きしている。
「ちょっとお話しよ~。」
俺はややこしいことになりそうなので再び無視を決め込む。
予鈴がなるまでもう時間がない。
俺が出て行ってどもるよりは逃げ切りが得策だろう。
その時、俺の顔に衝撃が走る。
「あだっ!」
俺は衝撃のまま、椅子ごと床に倒れ込む。
誰かが俺の顔に教科書を投げつけたようだ。
「ごめ~ん。良太~。その教科書拾ってもらえる?」
投げつけたのは紛れもないミツキだった。
こんな召喚の方法があるとは。
無視のしようがない為、俺はしぶしぶ教科書を彼女のもとに運んだ。
話の渦中に飛び込むなんてごめんなのだが、俺は痛めた鼻をさすりながらミツキに教科書を返す。
「で?なに?」
「はい。あとはこいつに聞いてください。ミツキは一切この件に関知しませんので。」
ミツキは俺を盾に後ろに隠れた。
やっぱり、こうなるのか。
「どうだった?映画デートは。」
早枝が腕を組んで俺に感想を求める。
「うん。すごくできがよかったよ。『津軽の嫁』っていう漫画原作の実写映画を見に行ったんだけどね?原作が長いのに対してどの部分をやるのかが不安の種だったんだけど、これがまたうまい具合に時系列を調整しててね。短いエピソードでもキャラクターへの感情移入が容易だったんだよ。そしてなにより映画化ということで予算をフルに使った合戦の場面なんてもう。」
「だれが映画の感想言えっていったのよ。」
「早枝がいったんじゃん。」
「デートの内容を聞いたの!わかんでしょ普通。」
わからんでしょ普通。
「で。どうだったのよ!ミツキとのデートは!」
次はよっしーが俺に詰め寄る。
「どうって。お茶して映画観ただけだけど。」
「ちがうの!もっとこう、なんかあんでしょ?エピソードが。」
「エピソード?」
俺はなにか話す事があったか考えてみる。
俺の後ろでは、俺のコミュ症っぷりに胸をなでおろしているミツキがいる。
「エピソードたって、トラブルもなにもなかったからなぁ。」
こいつだめだ。
そういう顔でよっしーと早枝は俺を見る。
「30分も早く待ち合わせ場所に着いたのにミツキの方が早くて焦ったりとか。パンフレットを買ってもらったりとか。あと……。」
「もうやめてー。」
ミツキが後ろから俺の口を塞ぐ。
「ミツキ?急になにを……。」
「これ以上はむり!死んじゃう!」
俺は口を抑えるミツキの手を掴み、手を下ろす。
「ミツキ……これだけは言わせてほしいんだ。」
「良太?」
ミツキが息を飲む。
俺は握りこぶしを作って力強く告げる。
「シュシュが可愛かった!」
「ホント黙って!」
ミツキが顔を赤らめているのを楽しそうに眺める二人。
「ほうほう、30分も前から。」
「さぞ、楽しみだったんだね~。」
早枝とよっしーがニヤケる。
「おはよう。」
「っ!おはようハラッチ!どうだった?なんかあった?」
登校早々突飛な質問を投げかけられるハラッチ。
「どうしたのミツキ?急に。」
「いいから!昨日なにをしてたかいって!」
ミツキは早く話題を変えたいようだった。
「昨日……?昨日はヒーローショーを見に行ったわ。」
「へぇ。大樹くんと?」
よっしーがハラッチに問う。
ハラッチは質問主のよっしーを見つめる。
「………………うん。」
はらっちは相変わらずの無表情で頷く。
「何よ。今の間は。」
朝からこんなに話すことなんてずっとなかった。
朝は、いや学校で友達と話すなんてほとんどなかったから。
彼女たちにとっては何気ない会話で何気ないやりとりなのかもしれないけれど、俺にとっては夢のような時間だ。
この時間を大切にしたい。
この仲間を大切にしたい。
今年が最後の一年。
でも最後の一年は今始まったばかりなのだ。
そう思うと俺の胸は躍った。
そして予鈴が鳴る。
「おはよう。みんな席につけ。」
先生が教室に入ってくる。
松本と一緒に……。
その声を聞き、クラスの全員が自らの席に着く。
先生の後ろをついて一緒に入室した松本は先生の隣に立った。