清潔にしなさい。
放課後、俺はこれから告白する。
桜の下、夕焼けに染まる校舎。
顔が赤く染まる2人。
それは夕焼けのせいかはたまた青春のせいか。
俺はメガネを中指で押し上げた。
俺の名前は今井良太。
この春高校3年生になった。
ここまで青春とは無縁の高校生活だったが最後の一年は好きな女子と過ごしたい。
ドラマやアニメみたいな青春が送りたい。
そんな気持ち一つで俺は彼女を呼び出した。
彼女の名前は高岡美月。
髪は茶色く染め上げられ、指にはネイルアートが施されている。
一見、不良少女のような成りをしているが誰とでも分け隔てなく接し、クラスカースト上位であるにも関わらず俺のようなオタクでも朝の挨拶をしてくれるのだ。
彼女と知り合ったのは去年、高校2年のクラス替えだった。
翌朝、通学路でおはようとガサついた声で声をかけられたのだった。
自分なんかに声をかけられたことに動揺しドモってしまい、挨拶すらまともに返せぬまま彼女は怪訝な顔つきで次のクラスメイトに挨拶しに離れていった。
その翌朝、彼女はまた挨拶をしてくれた。
昨日露呈したコミュ障ぷりで1日死にたくなっていたが、よもや2度目の挨拶をしてくれるとは思わなかった。俺はドモりながらも挨拶を返した。
やった!自然と挨拶できたと非常に低い合格点を自分に出したのもつかの間、彼女は続けてきた。
「同じクラスだよねー。名前なんだっけ?」
名前だと?一昨日自己紹介したばかりではないか。俺は昨日1日でお前の名前が高岡美月だと焼き付けたのに。今思えば40名弱のクラスメイトを一度の自己紹介で覚えるなどきっと教師とて不可能である。
「あ、えっ?あ、名前っすか?あ、俺は…」
そこでまた昨日のクラスメイトが来た為彼女は離れていってしまった。
俺は激しく後悔。『あ』を言う癖さえなければ名字くらい言えたのに。その後悔も明けぬまままた翌朝がくる。
「良太。おはよー。」
昨日、名前を教えてないのに名前を覚えてくれている。
わざわざ調べたのか?俺なんかのために?
しかも下の名前を呼び捨て。
不意討ちの名前呼びに俺の心臓は暴れ出した。
もともと女子の顔をみて話せないのに今は顔をあげることすらできない。
とにかく挨拶を返さなくてはと声を振り絞った。
「お…おはよ」
高岡さんはいたづらっぽく笑った。
「あはっ。そんなにミツキが怖い?」
「えっ?あ、いや。あの…いや。あまり女子と話すのが得意じゃなくて。」
「やっぱり?オタクっぽいもんねー。じゃあさ。女子のラインなんて知らないんでしょー?」
知らん。
知らん。
部活もバイトもしてない俺のラインは親と友達の松本くらいしか知らん。
グループ?前のクラスにあったらしいが少なくとも俺は知らずに一年過ごしてしまった。
「ミツキが1号になってあげよっか?」
高岡さんはスマホを取り出し、俺の目の前でスマホをフリフリし出した。
なんだそのこの世で最も可愛い行動は!
ちょっと見とれてしまって直視してしまったではないか。
早く俺もスマホを取り出さないと。
俺は急いでスマホを取り出し、ラインを開いた。
どうやるんだっけ?ID交換なんてほとんどしたことがなかったのでパニックを起こした今の脳内では設定画面を開いては閉じてを繰り返すのが精一杯であった。
さぞその姿は高岡さんには滑稽に映ったに違いない。
どうぞ笑ってくれ。
笑ってくれた方が俺も気が楽だ。
そうだ、むしろわからないなら高岡さんに聞けばよいのではないか。
「あ…えと。こういうのまだよくわかんなくて。」
「そっかー。ごめんねー。あーよっしー!おはよー。」
えっ?イベント終了?高岡さんはいつもの友達のもとへ行ってしまった。
まっいっか。また明日もあるし。ライン交換の練習しておこう。
しかしそれ以来高岡さんが僕に話しかけることはなかった。
朝の挨拶や帰りの挨拶はしてくれるので厳密にいえば雑談をする事はなくなったのだ。
なぜなら、高岡さんはよっしーとかいう女と一緒に登校するようになったからである。
新しいクラスでのポジションが決まり始めたのである。
高岡さんのIDを知らないまま時は流れ一年がたったのが今日なのである。
女子に免疫のない俺は毎朝挨拶をしてくれる不良女子に惚れない訳がない。
頭はもう高岡さんでいっぱいなのだ。
少しガラの悪いファッションをしているが俺はそんな小さい事は気にしない。
俺は外見にはこだわらないのだ。
俺も決して外見がいいわけではない。
オタク丸出しのドモリメガネだがそんな俺に彼女は話しかけてくれる。
高岡さんも外見はこだわらない誠実な女子なのだ。
だから俺は着飾らないありのままの自分で告白するのだ。
ダメでもともと。
フラれたらすっきりして受験に専念できる。
もし万が一付き合えたのなら俺はもうなにもいらない。
今日の告白は俺が前に進む為に必要なのだ。
俺は高岡さんに告白する。
「た…高岡さん。」
俺はこの春、新しい生活を始める。
「去年から…ずっと…ずっと好きでした。」
高校三年生になった始業式に俺は変わるんだ。
「俺と付き合ってください。」
俺は頭を下げ右手を高岡さんに差し出した。
高岡さんは真剣なトーンで、ザラついた声で俺に答えた。
「ないわー。」
えっ?俺はきょとんとした顔で高岡さんを見上げると青ざめているのがわかった。
率直にいえばそうだな。
「ドン引きだわー。」
フラれるのは覚悟していたがここまで嫌悪感を出されるとは考えていなかった。
ちょっと前までの自分の自信はなんだったのか、恥ずかしくてこの場から消えたくなっている。
今日を早く思い出にしてしまいたい。
「良太と話したことあったっけ?ミツキ」
「あんまりないです。」
「それで好きになるのかな?」
「なりました。」
あのねぇと高岡さんは右手の人差し指で自分のこめかみを押さえている。
その顔は険しい。
「急に告白するのは相手に失礼じゃないかな?」
「その心は?」
「ミツキは良太のこと何も知らない。判断できない。断る方も辛いんだよ?」
「俺は今フラれたんだろうか。」
「それ以前の問題よ。」
高岡さんは俺に指をさし、話を続けた。
「良太のは告白じゃないの。告白になってない。ただミツキの見た目がお気に入りですって言ってるようなものなの。そんなの全然嬉しくない。おしゃべりもラインもしたことない人に、ミツキのこと何も知らない人に告白されてもナンパと変わらないの。わかる?」
ここだっ!と俺は閃いた。ここしかない。
俺は自分のスマホを取り出した。
「じゃあID交換しよう。」
高岡さんは俺をゴミを見るような目で足元から顔まで見回した。
「まずその格好どうにかできたらね。髪はボサボサ、制服よれよれ。眼鏡は指紋がいっぱい。せめて告白しにきたのならもうちょっと綺麗にしてきなさいよ。いつも思ってたけど小汚いのよ良太は。」
「高岡さんは見た目で判断しないかと思って。」
「するわよ!めっちゃするわよ!普通の人はみんなするわよ。あとね、見た目気にしないって人も不潔OKってわけじゃないから勘違いしないでよね。」
「高岡さんにはありのままの俺を好きになってもらいたい」
「どっからくるのよその自信は。」
高岡さん下を向き大きくため息をついた。
「ありのままの自分を好きになってほしいなんてのは傲慢よ。一番変えやすい外見さえ変えられない人が内面を変えられると思う?そんな人と新しい関係なんてミツキは考えられない。」
話が見えない。
俺はフラれているのか?
「もういいわ。良太暇だよね?これから付き合いなさい。」
「いいの?!」
「そういう意味じゃないから!」
俺はミツキに制服の裾を捕まれ校舎を後にした。
到着したのは美容院だった。
それも駅前の凄いオシャレなアルファベットが並んでるお店だ。
「高岡さん?俺をどうする気?」
「綺麗なオタクにするのよ。」
俺は美容院なんて入ったことはない。
いつも母親に切ってもらっていた。
嫌だ、俺みたいなオタクがこんな場違いな所を利用して良い訳がない。
俺は帰「いらっしゃいませー。」
俺はミツキと入店した。
凄い良い匂いがする。
「高岡ちゃん!いらっしゃい。予約なしなんて珍しいね。」
キレイなお店にキレイなお姉さんがいた。
どうやらこの人が美容師さんで間違いない。
一瞬しか顔を見ていないのに目があってしまった。
俺は慌てて目を反らした。
「あら?高岡ちゃんの彼氏?」
「そんなわけないでしょう。」
「だよねー」
俺は今わかった。
俺は今日フラれていたのだ。
「じゃあ今日は何しに?」
美容師姉さんが尋ねると高岡さんはスマホの画面を見せつけ、悪い顔で答えた。
スマホの画像はもちろんイケメンモデル。
「こいつをこれと同じにしてやって下さい。眉毛も鼻毛もぜーんぶ」
はぁ?嫌だ。
俺は目にコンプレックスがあるから前髪を伸ばしているのだ。
それをこんなに短くされたらたまったもんじゃない。
前髪消去は顔に自信があるやつがやるんだ。
俺は帰らせてもらう。
「俺金ないんで帰ります。」
秘技!金ない作戦。
全ての誘いを断れる万能な魔法の言葉。
「お金はミツキが払うわ」
おぅ……おぅ……おぅ……
髪と眉毛と鼻毛を切る事1時間強。
俺のコンプレックスなお目目が晒し者にされてしまった。
俺は極度の垂れ目なのである。
もう外を歩けない。
俺の猫背はますますひどくなるだろう。
きっと高岡さんも笑いを堪えてるに違いない。
「いいじゃない。良太、あんたコンタクトにしなよ。」
高岡さんが手鏡をもって俺の顔を見せてくれた。
確かにコンプレックスだった垂れ目が今の眉毛と髪型と絶妙にマッチしてマシな顔になっている。
そして何より初めて人に容姿を褒められた。
しかも高岡さんに。
俺は顔を赤くした。
確かにこれならもう少し堂々と告白できたかもしれない。
「高岡さんありが…」
「お会計は5500円でぇす。」
「やっぱりカットだけだと安いね。ありがと。」
淡々と支払いのやり取りをする2人に俺は驚愕の声を上げた。
「たっか!えっ?そんなにするの?1000円くらいじゃないの?」
高岡さんは恥ずかしそうにあわてて否定した。
「ちょっと!京極さんに失礼じゃない!」
いいのよぉという美容師さんを背景に高岡さんはこう続けた。
「これから月1でここに通うこと。いいね?」
「なんでそんなこと。」
「ミツキと遊びたいならそれくらいしなさい。」
「お金がないよ」
高岡さんはニヤリと笑い俺に命令した。
「バイトしなさい。」




