第9話 妖精
飯を食べ終わったら、僕は川に向かって歩き始めた。
もう何日も体を洗ってないから、川に入りたい。
お兄ちゃんは綺麗好きだった。毎日お湯に浸かりたいって言っていた。
だからお兄ちゃんになる僕も綺麗にならないと。
それと[アイテムボックス]から取り出した水だけじゃ少し足りない気がしたから、川で水を飲んでおきたい。
少し歩いたところに川はあったはず。それは空に浮いていた時に目に入っていた。
俺は川に来た。青兎も付いて来ていた。
どうして付いてくるんだろう?
あ、そうか、お兄ちゃんが言ってた。野良の動物に餌をあげたらダメだって。
餌をあげると懐いて付いてくるようになるから、もし餌をあげるなら飼わないといけないって。
僕はこの青兎に餌を与えてしまった。お兄ちゃんの言葉を守るなら、もう飼わないと行けなくなった。
いや、この青兎は動物じゃなくて妖精だから大丈夫のはず。お兄ちゃんは妖精に餌をあげちゃダメだって言ってなかったから。
だから気にしなくていいかな。いつか勝手にどこかに帰るんじゃないかな。
僕は近くの濡れない場所に魔法陣が書いてある紙を、風で飛ばないようにして置いた。
その後、僕は川の水を飲んだあと、川に入り、体を洗った。
川を出た後、[アイテムボックス]を使って新しい服を取り出して着替えた。前の服は[アイテムボックス]の中に入れておく。
僕はお兄ちゃんになるための準備を始めた。
僕とお兄ちゃんの違いは、名前と髪の長さと[識別の魔眼]、あとは性格と、知識の量と、素晴らしさと、優しさ、強さ、上げていったらきりがないけど、見た目や名前等、同じにできるところは今しよう。
まずは名前を変える。
「[リライト]」
俺は魔法陣スキルを使い、ステータスのアルターという文字をイーシスに書き換えた。
このスキルはあくまでステータスの文字を変えるだけなので、俺の名前が実際に変わったわけじゃなく、俺のステータスを[ディテクション]等で見られた際にイーシスと出るようになるだけだ。
このスキルを使えば、LVを2000とかに書き換えることもできる。実際にLVが上がるわけじゃないからハッタリでしかないが。
だけど、ステータスを見られてアルターなんて出て来たら、成り代わってることがバレる。だからイーシスに書き換えておいた。
次は髪を切ろう。
本当はこんな森の中で[魔力抜き]なんて危なくて絶対にしないほうがいいけど、髪を切らないとアルターだと思われる。
それに一応[アミュレット]も[アヴォイドアニマル]も使っているから、急にこの青兎が襲って来たりしない限りは大丈夫だと思う。
だから髪を切るために[魔力抜き]をしよう。
[魔力抜き]をしなければ、到底髪を切るなんて出来ないから。
・・・あれ?[魔力抜き]が出来ない?なんで?
あ、まさか[ステイト・フィクスト]中は[魔力抜き]も出来ないのか?
それは知らなかった。
ダメだ、俺は全然お兄ちゃんに成れていない。
お兄ちゃんには知らないことなんてないんだ。
だけど僕にはまだまだ知らないことが多すぎる。
頑張って色々覚えて、完璧なお兄ちゃんにに近づいていこう。
とりあえず、髪を切るのは[ステイト・フィクスト]の解除後だ。
あと[識別の魔眼]だけど、これはもう使わない。お兄ちゃんはこのスキルを使えなかった。だから僕も使わない。
いや、最後に一回だけ自分のステータスを確認しておこう。
「開眼せよ、万物を見通す識別の魔眼」
俺は[識別の魔眼]を発動して、川に移る自分の姿を見た。
名前 イーシス・カイ
種族 人間
LV 1
HP 100/100
MP 25/25
称号 [単独魔物撃破LV50倍] [単独魔物撃破LV49差] [LV1固定縛り] [生物] [スキルエキスパート]
名前は大丈夫。あれ?称号が増えてる。
あ、僕はあの魔物を単独で倒したことになっているのか。
この称号を手に入れることができたのは、お兄ちゃんのおかげだ。
もしお兄ちゃんがスキルを使用したり、敵に少しでもダメージを与えていたら、お兄ちゃんも戦闘に参加した判定になって、単独魔物撃破じゃなくなり、称号はもらえなかっただろう。
この称号はお兄ちゃんからの贈り物なんだ。
青兎は、スキルを使ってないし、攻撃をしてもされてもいない。だから戦闘に参加した判定になってないんだろう。
知ってはいるけど、一応効果を確認しておこう。
[単独魔物撃破LV50倍]
一度も死んだことがなく、単独でLV50倍上の[魔物]を倒した際に与えられる称号。
効果・与ダメージに50倍の倍率がかかる。
[単独魔物撃破LV49差]
一度も死んだことがなく、単独でLV49差上の[魔物]を倒した際に与えられる称号。
効果・与ダメージに49ダメージがプラスされる。
この称号はとても強い。
下の称号はそれほど重要じゃないっていってたけど、上の称号の効果はかなりヤバイ。
何がヤバイって、与ダメージに50倍の倍率がかかることだ。
この称号の重要なところは、攻撃力に50倍の倍率がかかるわけじゃなく、ダメージに50倍がかかることだ。
下の称号も、今の僕にとってはかなりありがたい。
僕はLV1だ。だからLV10とかの敵が出て来たら、もう割合ダメージを除く攻撃系の大規模魔法陣スキルを使っても与えられるダメージは1になる。
だけど1ダメージに与ダメージプラス49だから、50ダメージが入って、そこに50倍の倍率がかかるから、相手の防御力がどれだけ高くても普通なら最低2500ダメージを与えることができるようになった。
お兄ちゃんがいってた、低レベル縛りっていうのもロマンがあるって。
それに最強を目指すなら、LVを上げると倒せなくなる敵や、取れなくなる称号があるからLVはあげちゃダメだって言ってた。
僕は最強を目指さないと行けない。
だから僕も、LVをあげちゃダメなんだ。
「ピィ、ピィピィ!」
青兎が僕のズボンの裾を引っ張って、まるで構って構ってと言ってるようだった。
やっぱり懐かれたのかな?飼わないとダメかな?でもシスターは動物が苦手だって言ってたから多分ダメだよな。
僕は振り返って青兎を見た。
名前
種族 妖精
LV 30
HP 16437/16437
MP 31042/31042
称号 [生物] [従妖精 (仮)] [到達者]
・・・え?
・・・あれ?この青兎、さっきの個体と違う?
いや、妖精って個体によって姿形が千差万別だから違う個体じゃないと思うけど、LVが違うし、うーん?
それに称号も2つ増えている。
[到達者]は、LV30になったらもらえる称号だけど、[従妖精 (仮)]ってなんだろう?
あ、確かお兄ちゃんがイベント用の称号って言ってた中にこの称号もあったはず。
効果を思い出せないから、ちょっと見てみよう。
[従妖精 (仮)]
自身の生涯の主を定めたが、まだ主に認められていない妖精に与えられる称号 。
効果・主 (仮)の居場所がわかる。
・主 (仮)との意思疎通可能
・・・この主 (仮)って、僕のことじゃないよね?
この青兎が何かを伝えたそうにしているような気もするけど、意思の疎通なんて出来ないし、いくら懐いているように見えても、きっと主 (仮)は別にいるんだろう。
・・・あ、この青兎、もしかしてグランドドラゴンの経験値を丸ごと吸ったのかな?
経験値は戦闘に参加した[生物]や[魔物]に多く与えられるけど、近くにいるだけでも少しだけ経験値がもらえる。
僕は[レベルカーズ]の魔法陣スキルによって経験値が獲得できない状態になっている。
だから丸ごと宙に浮いていた経験値が青兎に流れ込んだんだと思う。
周りに他の[生物]や[魔物]はいないから。
でも1レベルからいきなり30レベルになることがあるのかな?絶対に経験値が足りないと思うけど。
・・・あ、そうか、LV1だったからLV30まで行けたんだ。
LVが上がると、必要経験値もかなり上がるけど、何よりもらえる経験値量がかなり減少していく。
だけどレベルが低いうちは逆に多くの経験値を貰える。
だからLV1からLV2なんて近くで生き物が死ぬだけで上がるくらいだ。
レベルは10ごとに一気に上がりにくくなっていく。
LV30になったらそれ以降はよっぽど上がらないってお兄ちゃんは言ってた。
そう考えると、グランドドラゴンってかなり高いレベルだったんだ。
そのグランドドラゴンの経験値をLV1でまとめて受け取ったからLV30まで上がったんだろうな。
そんなに高レベルなら、1レベルの僕に懐く理由なんてないと思うんだけど。
・・・餌をやったのがダメだったのかな?
やっぱりお兄ちゃんはすごい。
きっと僕がこんな状況に陥ることも分かってたんだ。だから餌をやっちゃダメって言ってたんだ。
どうしよう、青兎を拾っていくと、シスターに怒られそう。
ううん、僕はお兄ちゃんなんだ、お兄ちゃんなら、自分が懐かせた兎の面倒はきちんと自分で見ると思う。
もし教会で飼えなくても、森とかに青兎の家を作って、そこで飼えばいいか。
「俺の言ってることがわかるか」
「ピィ!」
青兎は元気に頷いた。
「俺の従妖精になるか?」
「ピィ!」
また元気に頷いている。
僕の言ってることがわかってるのかな?やっぱり意思疎通出来てる?でも青兎がなんて言ってるのか僕には分からない。
あ、もしかして意思疎通は可能になるけど、この青兎生まれたばかりで言葉とかが分かってないのかな?
でも僕の言葉に返事はした。
言われていることはなんとなくわかるけど、話は出来ないのかもしれない。
それならダメだ。
もしこの妖精か成長して、いろいろなことを覚えたらLV1の僕に生涯従うことに不満を持つかもしれない。
従妖精 (仮)ならまだ主の変更は効くと思う。
だけど(仮)が取れたらもう主人の変更はできない。
だから自分の将来のことをこんな幼いうちに決めるなんてダメだ。
「やっぱりダメだ」
「ピィ?」
「君を従妖精には出来ない」
「ピィ!?ピィピィ!」
「君はまだ子供なんだ、僕みたいに大人になってから自分のことを決めないと」
「ピィィ」
「だから君が6歳になるまでは俺は主にならない」
「ピィ!ピィ!」
「君は生まれたばかりで何も知らないんだ、そんな幼いうちから将来まで関わる重大なことを決めるのはダメだ」
「・・・ピィィ」
青兎が悲しそうに俯いている。
お兄ちゃんは、他の生物を不幸にさせるのはダメだって言ってた。他の生物の嫌がることはしちゃダメだって。
だからこの青兎を将来不幸にしないためにも僕の従妖精にはしない。
「だけど、飼うのはいいぞ」
「ピィ?」
「俺についてくるか?」
「ピィ!」
青兎は僕のペットになった。ちゃんと餌やりをしないと。
「[アイテムボックス]」
僕は食料を取り出して青兎の前に置いた。
そして[アイテムボックス]と[ミラージュ]の魔法陣が書いてある紙を取り出した。
「これ食べていいよ、俺はこれから何日か寝るから、ちょっと待っててね 」
「ピィ?」
準備をしてから[ステイト・フィクスト]を解除しよう。
[ステイト・フィクスト]を解除すると、僕は何日か眠り続けることになる。
眠るということは意識がなくなるから[アミュレット]や[アヴォイドアニマル]の効果が切れるということだ。
つまり魔物や動物が寄ってくる。
まずはその対策をしないと。寄ってきてもいいように。
僕は魔法スキル[ピットフォール]で地面に穴を開けて、ズボンを脱いで顔だけ地表から出ているように体を首まで地面に埋め、体の一部以外の周りを土で固めた。
これで僕の体はもう動かない。
「ピ、ピィ!?」
「[イモータル]」
僕は新しい服に書いてある魔法陣を使った。
これによって、もう体は動かないから、たとえ顔をグランドドラゴンに踏まれても、噛みつかれても死なない。
そしてもう一つ。
「[ミラージュ]」
僕は自分の周りに幻影を被せた。
「ピィ!?!?」
これでもうよっぽど大丈夫。ミラージュの魔法陣が書いてある紙も僕の体と一緒に埋めていたから魔法陣が破壊されることもよっぽどないと思う。
僕はスキルを解除した。
その瞬間、僕の意識は深く沈んでいった。