第54話 シノノメ
僕はシノノメさんが向かった方向に歩いて行った。
しばらく進むと泉が見えてきた。
シノノメさんはその泉の前でこちらに背を向け正座をしていた。
どうして正座しているんだろう?
「む?ああ、貴殿か、すまぬが少しお待ちいただきたい」
「ああ、分かった」
シノノメさんはこちらを振り返っていない、まだ泉の前で正座したままだ。
だけど僕のことがわかったみたい。
何か感知系のスキルを覚えているのかな?
「いや、拙者を訪ねてきた者を待たせるのはどうなのであろうか?良い事ではないな、うむ、ここは修行を一時中断するとしよう、なに、これは客人を待たせぬための行い、決してこの修行に飽きたとかではない、客が来たのだから、これは致し方なし」
シノノメさんは何かをつぶやいていた。
「すまぬ、待たせたな、イリア殿は大丈夫であったか?」
シノノメさんは立ち上がり、こちらを振り返りながら聞いて来た。
「ああ、もう大丈夫だ、すまなかったな、イリアも謝罪していた、申し訳なかったと」
「なに、お気になさらずとも良い、貴殿らには食料を分けていただいた恩もある」
「それこそ気にするな、困っている人を助けるのは当たり前だからな」
「誠、立派な心がけであるな」
うん!お兄ちゃんは立派だ!
「ありがとう、それで、何故シノノメは泉の前で正座して何をしていたんだ?」
「これは精神修行だ」
「精神修行?」
「うむ、水の音、小鳥たちの声、木々のざわめき、風の歌を、耳で、肌で、全身で感じとり、自らを自然の一部とかす修行だ」
自然の一部とかす?
「どういうことだ?」
「大いなる自然に自らの存在を溶かし、その一部になること、自然との一体化、これ即ち隠形の極意、我が家の修行の1つだ、主に精神力を鍛えられる」
「そうか」
僕には難しくてよくわからなかった。
「それで、なぜあれほどイリア殿は取り乱したのだ?」
「ああ、どうやらシノノメという名前を聞いた時、イリアはシノノメという男に翼を切り取られたことを思い出してしまったようだ」
「む?今なんと、シノノメ!?もしや、すまぬ、そのシノノメという男にについてもっと詳しく教えてくれぬか!?」
シノノメさんは、僕にすごい勢いで詰め寄ってきた。
「あ、ああ、イリアが言うには、シノノメという男は黒い髪に黒い瞳で、頭に2本の角が生えていて、腰には刀を据えていたと、そしてシノノメと似ているとも言っていたな」
「間違い無い!それは拙者の兄上だ!今兄上はどこに!」
ものすごい剣幕だ。シノノメさんはどうしたんだろう?シノノメという男と何か事情がありそうだ。
「俺は知らん、イリアなら知っているかもしれないが」
「ならすぐに!」
シノノメさんはイリアのところに向かって走り出そうとしていた。
「待て、シノノメにどのような事情があるかは知らんが、イリアにシノノメの兄のことを聞くのは少し待ってくれ」
「何故!?」
「今シノノメの兄のことを聞いたところで、またイリアは翼を切り取られたときのことを思い出してしまうだろう、そうなれば結局イリアは震えて話にならなくなるだろうからな」
「む・・・むう、そうであるな、気が急くあまり、周りが見えていなかったか、拙者はまだまだ未熟者だな」
あ、そうだ、シノノメさんはシノノメという男の妹ということだから、シノノメという男のことについても知っているんだよね。
イリアがいるときには聞けないから、今聞いておこうかな。
「シノノメの兄はどういった人物なんだ?」
「拙者の兄上はシノノメ・シュラといい、形あるもの全てを斬る、という目標を掲げている」
形あるものを全て斬る?
「兄上がイリア殿の翼を切り裂いたこと、誠にすまなかった、む?イリア殿の翼?・・・白い髪に赤い瞳、ふむ、イリア殿は吸血鬼であったか」
え?
「何故イリアが吸血鬼だと分かった?」
「拙者は大陸中を武者修行の旅で巡っておる、その時に様々な種族を見た、その中には吸血鬼もいたからだ
」
そっか、イリアは翼さえあれば、普通に吸血鬼の見た目をしているもんね。
あれ?翼を切り落とされた?それってよく考えてみたら、おかしいよね?
「そういえば、シノノメという男はどうやってイリアの翼を切り落としたんだ?」
イリアは[生物]だし、翼もイリアの一部だっただろうから、生半可な力じゃ切ることなんてできるはずないのに。
って、シノノメさんに聞いてもわからないか。
「む?普通に刀で切り落としたのであろう?」
え?
「何を言っているんだ?イリアは[生物]だ、その生物の体の一部を刀で切り落とすなんて・・・」
あれ?刀?そういえばガーナックさんが言っていたっけ?
極東の武者って言う人たちはアダマンタイトの刀で[生物]の首を飛ばすって。
[生物]の首を飛ばせるってことは、イリアの翼も切り落とせるのかな?
つまりシノノメという男は極東の武者ってこと?
あれ?シノノメさんってシノノメという男の妹なんだよね?
もしかして。
それにさっきシノノメさん、武者修行って言ってたよね。武者、極東の武者、つまり。
「シノノメは、極東の武者、なのか?」
「む、極東の武者?ああ、確かに我々のことを極東の武者と呼ぶものもいるようであるな」
!?まずい!極東の武者は僕を殺しえる可能性のある人たちだ!
僕は物理的に首を飛ばされたら死んじゃうから。
どうしよう?今のうちに殺す?
出来れば極東の武者を全て殺しておきたい。
あ、何考えているんだろう、生物はむやみに殺しちゃダメなのに、僕を殺せる可能性のある人を見るとすぐに殺したくなっちゃう。
お兄ちゃんはそんなことしないのに。
「どうかなされたか?」
「いや、なんでもない」
「そうか?何やら不穏な気配を感じたが」
不穏な気配?
「どういう意味だ?」
「いや、何でもない、ふむ、そういえばまだ貴殿の名前を聞いていなかったな、教えてもらっても良いだろうか?」
「そうか、イリアが取り乱したから、名乗るタイミングを逃していたのか、すまなかったな、俺はイーシスだ、よろしく頼む」
「そうか、イーシス殿というのだな、改めて、拙者はシノノメ・カグラと申す、よろしく頼もう.イーシス殿」
「ああ、よろしく」
僕はシノノメさんに差し出された手を握り握手をした。
「イーシス殿、拙者はイリア殿に、兄上が翼を切り裂いたことを直接謝りたいのだが、今はよしたほうが良いか?」
「ん?何故シノノメがシノノメ兄のしたことを謝るんだ?」
「当然、身内が行ったことであるからだ、無論、謝って済む問題ではないことはわかっている、謝罪だけですませる気は無い、だが、謝罪せねば拙者の気が済まぬ、それに、拙者がすでに兄上を止めることが叶っていれば、イリア殿の翼が切り取られることはなかったであろうからな」
シノノメさんはまた途中からブツブツ言い始めて、後半がよく聞こえなかった。
でも、イリアに直接謝りたいってことだよね?
ちょっと僕じゃ判断できないかな?これはイリアの心の問題だから、イリアに聞いてみないと。
「ならイリアに聞いて見るとしよう、すまないが、少し待っていてくれないだろうか?」
「無論だ、拙者はここで待つ、もし拙者の謝罪を受け入れてくれるというのであれば、拙者をまた呼びに来るか、もしくはイリア殿をここまで連れてきてほしい」
「分かった」
「かたじけない」