第8話 決意
僕は、お兄ちゃんの死骸を探した。
だけど見つかることはなかった。
[生物]や[魔物]は死ぬと脆くなる。生きている間は鉄の剣で切るなんて無理だけど、死んだら簡単に切れるようになるし、もしかしたら倒れてきた木の重さくらいで体が潰れるなんてこともあるかもしれない。
僕と魔物は、お兄ちゃんが死んだあたりでずっと戦ってきた。だからもう下半身も残っていないのかもしれない。木に潰されているか、土に埋もれたか、魔物に踏み潰されたか。
どれだけ探しても、お兄ちゃんは見つからなかった。
「なんで、僕が生きているんだろう」
絶対に、お兄ちゃんが生きているべきだったのに。
「なんで僕は、ついて来ちゃったんだろう」
お兄ちゃんについて来なければ、お兄ちゃんは死ななかったのに。
「なんで、なんで、なんで!」
自分が憎い。僕がいなければ、僕が死んでいれば、僕がすぐに逃げていれば!
僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ。
お兄ちゃんはずっと、僕が森についてくることを反対していた。称号のためって言ってたけど、きっと僕が魔物を前にしたら動けなくなるって分かってたんだ。
だからあんなに反対してたんだ、僕の為に。
でも僕はついて来た。ついて来てしまった。
そのせいで、僕が足手まといだったからお兄ちゃんは逃げることも戦うこともできず、食べられたんだ。
あのときお兄ちゃんは、魔物の注意を引くために声を出しながら僕から離れて行った。
僕を助けるため以外に、そんなことをする必要はない。
自分だけ助かろうと思ったなら、僕を置いて[シャドウムーブ]で逃げればよかったんだ。
だけどもし逃げれば僕が死んでしまう。僕を逃がそうにも、震えて倒れた僕を担いで逃げるなんて出来ない、[アイテムボックス]で物を取り出している暇もなかった。
そして戦いを始めたら、巻き添えで僕が死ぬかも知れない。
多分お兄ちゃんはそう考えたんだ。
だからお兄ちゃんは自分が死ぬことで、僕に戦う意思を持たせたんだ。
お兄ちゃんには分かっていたんだ。僕が戦う意思を持てば、魔物を倒せるって。
「そんなこと、そんなことしなくて良かったのに!」
僕はお兄ちゃんが生きていたら、それで良かったのに!僕なんかより、お兄ちゃんが生きていた方が、絶対に・・・僕のせいだ、僕のせいだ。
僕のせいで、お兄ちゃんが・・・
滅ボセ、世界ヲ、滅ボセ、コンナ世界ニナンノ価値ガアル、兄ノイナイ世界ニ。
・・・
僕はもう死のうと思っていた。あの魔物を殺したら、僕も死のうと。
お兄ちゃんが死んでるのに、僕が生きる意味なんてない。
滅ボセバイイ、全テヲ、滅ボセ。
だけど、それはダメだ、お兄ちゃんは僕を生かすために死んだんだ。僕に生きていて欲しかったから、犠牲になったんだ。
だから僕は生きないといけない。
お兄ちゃんのいない世界で。
・・・お兄ちゃんのいない世界に、なんの意味があるんだろう?
お兄ちゃんがいなければ、こんな世界になんの価値があるんだろう?
僕はどうやって生きればいいんだろう?
何ノ意味モナイ、何ノ価値モナイ、消シ去レバイイ、滅ボスンダ、世界ヲ!
・・・そうだ、そうしよう。
僕が、お兄ちゃんになればいいんだ。
それで、お兄ちゃんの夢を僕が代わりに叶えるんだ。
だって、僕のせいでお兄ちゃんは死んだんだ、僕がいなければ、お兄ちゃんは死ぬことなんてなかった。
そして絶対に夢を叶えていた。
それを、僕を助けたから、僕を生かしたから、夢を叶えられなくなってしまった。
だから僕がお兄ちゃんになって、お兄ちゃんの夢を叶えるんだ。
お兄ちゃんの名を世界に刻む。
お兄ちゃんを世界最強にする。
お兄ちゃんのハーレムを作る。
そして人々を救って感謝されるんだ。
この世界にはお兄ちゃんが救うはずだった人たちがいる。
お兄ちゃんが生きていたら救われる人が沢山いるんだ。
だからその人たちを僕がお兄ちゃんの代わりに救おう。
今日死んだのはお兄ちゃんじゃない、僕が死んだんだ。
「アルター・カイは死んだ、今日から僕は、いや、俺はイーシス・カイだ」
僕は、兄となる。僕はイーシス・カイだ。
僕は生きなくてはならない。だから[ステイト・フィクスト]の揺り戻しで死ぬわけにはいかない。
発動してどれだけ時間が経ったのかは分からない。
だが今解除したら餓死することは確定だ。
それはあの魔物が餓死するほどの時間が経っているからだ。
今の僕の体はスキルを発動したときの状態に固定されているが、今解除したら、何も食べないで寝ないで何日も経過した状態に一気になる。
だからスキル使用中に今まで経過した日分の飯を食べておく。
そうすれば、一瞬で餓死することはなくなる。
だがこのスキル使用中に眠ることはできない為、解除したら何日かは眠り続けることは確定している。
だから少し多めに食べておこう。水も忘れずに飲もう。
ん?僕の背後に[生物感知・魔法]の反応があった。
なんだ?まだ魔物も動物も寄ってこないはずだが?
ああ、そうか。
「ピィ」
振り返ると青色の兎がこっちに駆けて来ていた。
「ピィ!?ピ、ピ、ピィィィィィ!??!!?」
そして近寄ってきた青兎は、突然立ち止まり、10秒ほど叫び続けた。
突然どうしたんだろう?
青兎が落ち着いた。なんで?
分からない、特に何があるわけじゃなさそうなんだが、ああ、魔物の死骸を見て驚いていたのか?
「俺が殺したから大丈夫だぞ」
「ピィ?」
違ったか?じゃあさっきは何を叫んでいたんだ?周りにはこの魔物くらいしかないけど?
まあいいか、とりあえずまずはこの魔物を[アイテムボックス]にしまっておこう。
「[アイテムボックス]」
まず僕は死骸を[アイテムボックス]に入れた。
死骸は[物]だ、だからアイテムボックスに入れることができる。
「ピィ!?」
青兎は、黒い空間に魔物の死骸が飲み込まれたことに驚いているんだろう。
次に僕は[アイテムボックス]から食料と水、[アイテムボックス]、ついでに[リライト]の魔法陣が書かれた紙を取り出した。
「ピィ!?」
また青兎が驚いて黒い空間を見ている。
多分青兎は物が出たり入ったりで驚いているんだろうな。
まず僕は取り出した水を飲み、飯を食べ続けた。
それにしても、この青兎は何をしに来たんだろう?
「なんで戻ってきたんだ?」
「ピィ?ピィピィ!」
何を言っているのか分からない。
なんだろう、僕に殺されて飯の一品になりにきたのかな?
でも、HPを削って殺した場合、[生物]なら体の一部をランダムにドロップするけど、それが毛とか皮とか眼とかだと食べられないから飯の一品にならないかも知れない。
[魔物]なら魔石と、稀に体の一部をドロップする。
物理的に殺した場合は、[生物]、[魔物]共に体の全てが残る。
僕にはこの青兎を物理的に殺すすべは、餓死させるぐらいしかないから、兎肉を食べられるかは運次第だ。
いや、お兄ちゃんは[生物]をむやみに殺しちゃダメだって言ってた。
僕はお兄ちゃんになったんだ。お兄ちゃんのように行動しないと。
だから飯の一品になりにきたのかもしれないが、それはできない。
ん、青兎は僕が食べているものを食い入るようにじーっと見ている。
もしかしてお腹が空いているのかな。
こんな時、お兄ちゃんならきっと分けてあげるだろう。
まあ、沢山あるからいいかな。
「食べるか?食べていいぞ」
「ピィ?ピィ・・・ピィ!・・・ピィ!?ピィピィ!」
最初は不思議そうにしていたが、食べていいとわかると、青兎は匂いを確認してから勇気を出して噛み付いていた。
そして青兎が驚いた後、美味しそうに食べ始めた。
「そんなに美味しかったのか?」
「ピィピィ!」