第52話 欲を制す?
「己が欲求、欲望を制すことすら出来ずして、全てを斬るなど夢のまた夢、たとえ目の前に美味しそうな料理を並べられ、三日三晩何も食べておらずとも、強靭な意志の力のみで、耐えられてこその武士よ!」
この人はどうしたんだろう?お腹が空いているのかな?
「お腹が空いているのか?食べてもいいぞ?」
僕は女性に料理を差し出した。
「くっ!なんとゆう悪魔の誘惑!拙者の強靭な意志を持ってしても体が勝手に動き出しそうだ、しかし、耐えねばならぬ、拙者は耐えてみせる!」
でも女性は小声で何かをぶつぶつ呟きながら、料理に手を伸ばしたり引っ込めたりしているだけで、食べようとはしなかった。
どうしたんだろう?いらないのかな?
「いらないのか?まあ、構わ」
バシン!
僕が差し出した料理を引っ込めようとした瞬間、女性が物凄い速さで、料理の皿をかっぱらっていった。
「だが、差し出された物を受け取らぬというのも相手に失礼、ここはこの者の好意を無駄にしない為にも、料理をいただくとしよう、いただきます!」
ガツガツガツガツ!
いただきます!という言葉だけは聞こえた。
女性はそう言った後、一心不乱に料理を食べ始めた。
物凄い速度だ。みるみる料理が減って行く。
そして数十秒と経たないうちに料理が無くなった。
僕なら多分10分ぐらいかかる量なのに、すごい!
「はふぅー、大変美味であった、まさかこのような森の中で、これほど美味な料理を食すことができるとは、誠に人生とは不思議なものよ、・・・ふむ、しかし、まだ食い足りぬな」
食い足りぬって言葉だけ聞こえて来た。
まだまだ食べたいのかな?女性の目線は、ピィナーの机の料理に真っ直ぐ注がれている。
「食べたいなら食べてもいいぞ」
「それは誠か!あ、いやしかし、拙者は修行の身、精神鍛錬の為、己が欲を制しておるのだ、それに他人である貴殿から施しを受ける義理もなし、故に結構、拙者は食欲などには負けん」
うーん?結局いらないってことだよね。
じゃあ、ピィナーの机に置いた料理はアイテムボックスの中にしまっておこう。
「そうか、わかっ」
バシン!
女性が物凄い速さで、ピィナーの机の上の料理の皿をかっぱらっていった。
「だが、どうしても食べて欲しいというのであれば、その願い、叶えぬわけには行くまい、貴殿には料理を分けてもらった恩がある故な、それに拙者が食べなければおそらくこの料理は余ってしまうであろう、であれば拙者が全てを食すのみ、食物を残すことなど言語道断、勿体ない、故に拙者が、いただきます!」
ガツガツガツガツ!
結局欲しかったのかな?
でも美味しそうに食べてくれているし、いいんじゃないかな。
相変わらず食事を食べる速度が速い。
もう食べ終わっちゃったよ。
「ご馳走様でした!まさかこれほどの美味だとは、っくっ!」
え!?いきなり女性が苦しみ出した。
どうしたんだろう?
「お、お腹が裂ける、食べ過ぎた」
お腹が裂ける!?え!?嘘!?
「だ、大丈夫か!?」
ど、どどどどうしよう!?お腹が裂けるって、物理的に裂けるんだよね!?物理的に裂けちゃったら、僕には治せないよ!
お医者さん!お医者さんを呼んで来なきゃ!
「待っていろ!すぐに医者を呼んでくる!」
あ!でも僕はお医者さんの知り合いがいないどころか、お医者さんを見たこともないや。
どうしよう!
「イリア!ミルタ!この女性のお腹が裂けてしまう!すぐに医者を呼ばなければ!医者に知り合いはいるか!?」
「あ、あの、主様?多分この方がおっしゃったことは比喩表現で、実際にお腹が裂けるわけでは無いと思いますが」
「・・・ただの食べ過ぎ、大丈夫」
「そう、なのか?お腹が裂けないのか?大丈夫なのか!?」
「あ、ああ、すまぬ、大袈裟が過ぎた、拙者のお腹は裂けぬ故、安心してくだされ」
「そうか、それなら良かった」
「しかし、よくこの森の中でこれほどの料理を作られた、素晴らしいの一言に尽きる」
「いや、料理は街で作られたものだぞ」
「ふむ?であれば何かしらの手段により暖かいまま保存されていたのか、もしくはここで暖めたということであったか、何にしても感謝する」
またブツブツと何かを言っている。
これ、しっかり聞き取ったほうがいいのかな?
そうだよね、他人の話はちゃんと聞かないとね。
「ふむ、そういえば自己紹介がまだであったな、拙者はシノノメ・カグラ、いや、確かこちらではカグラ・シノノメと名乗るべきであるか、未だになれぬな」
ん?シノノメが名前?カグラが名前?どっちなんだろう?
「え、シノノメ、嘘、」
「・・・大丈夫?」
ん?イリアの様子がおかしい、顔が強張り、体が震えている。
その様子は、何かに酷く怯えているようだった。