外伝7 情報屋 2
「ドラゴンだー!この街にドラゴンが迫ってきてるぞー!みんな!逃げるんだ!」
「きゃー!助けてー!」
「何言ってんだ?街に魔物が来るわけないだろ?ましてやドラゴンだなんて、・・・うおおおおおお!?マジかよ!?ヤベェェェェ!?マジじゃねぇか!?この街はおしまいだ!」
「どけ!邪魔だ!俺が先に逃げるんだよ!」
「あー!カッコいー!何あれー?」
「早く逃げるのよ!」
街中が大騒ぎっすね。
かく言う自分も騒ぎたい気持ちでいっぱいっすけど、情報屋としてはできるだけ情報を集めてから逃げるべきっすよね。
でも正直怖いっす。命の危機っすからね。
だからってなにもしないっていうのは情報屋の矜持が許さないっすから、とりあえず、ドラゴンのステータスが確認できる位置までは近づくっすかね。
もしレベルの低いドラゴンだったなら、この街には今、ウィンターさんがいるはずっすから、撃退してくれるかもしれないっすからね。
それにステータスを確認できる位置まで近づいても、逃げるだけならなんとかなるはずっすから。
通常、魔物は街には寄り付かないっす。
明確な理由はいまだに判明していないっすけど、魔物は基本的に生まれた地域内から移動しないっすから、その地域と地域の間の空白に街を作っているとか、はるか太古の昔の結界がいまも街を覆っていて、それによって魔物が寄り付かなくなっているとか、そんな風に言われてるっす。
なんで、ドラゴンがこの街に向かってきているのは異常なことっすけど、ドラゴンは他の魔物と比べると知性を持っているっすから、何か明確な目的のようなものがあって街に向かってきていると予測できるっす。
その目的が街を滅ぼすことなのか、人を滅ぼすことなのかは不明っすけど、自分を標的にしていないなら逃げるだけならなんとかなるっす。
自分、逃げ足だけは誰にも負ける自信はないっすから。
情報屋なんて修羅の職っすからね。
一人魔物の巣に潜り込んで情報を集めたり、盗賊団のアジトを突き止めるために山に篭ったり、自分よりレベルが10は高い魔物と追いかけっこしたりと、色々経験してきてるっすからね。
流石にドラゴンが向かって来ているなんて状況は初めてっすけどね。
「[ディテクション]っす」
名前 相殺する審判竜
種族 エンシェントドラゴン
LV 40
HP 733942/733942
MP 326089/326089
「あ、無理っすね」
これは誰も勝てないっす。
ただでさえドラゴンは同レベルでもステータスに開きがあるっすのに、40レベルなんて、逆立ちしたって誰もかなわないっす。
この一匹が暴れたら国なんて余裕で滅びるっすね。
それによりにもよって相殺する審判竜っすか。
とっとと逃げるしかないっすね。
ドラゴンから逃げるため、街の中を走っているとき、自分はたまたまパン屋の前を通ったっす。
その時、クロスくんがまだパン屋にいたのが目に入ってきたっす。
「え?」
正直目を疑ったっす。でも自分の見間違いではなく、間違いなくクロスくんがパン屋の中にいたっすから、自分は慌てて店に入ったっす。
「いらっしゃいませ!」
クロスくんは平然としていたっす。まるでこの街にドラゴンが迫って来ていることに気づいていないかのようっした。
「何やってるっすか!?」
「え?何って、店番だよ?お爺ちゃんとお婆ちゃんに今日の店番を任されてるんだ、お爺ちゃんがお婆ちゃんに連れていかれちゃったから」
あー、昨日のことで説教されてるっすかね?
って、そんなこと今考えている場合じゃないっす!
これ、やっぱりクロスくん、ドラゴンが来てることに気づいていないっすね。
「ドラゴンが来てるっすよ!早く逃げるっす!」
「え?ドラゴン?でも僕今日初めて一人で店番をやるんだ、だからここから離れられないよ、だって僕が離れちゃったらパンを買いに来た人が困っちゃうでしょ?」
「みんなもう避難してるっすよ!だから誰も店に来ないっす!」
「そうなの?」
「そうっすよ!早くクロスくんも逃げるっすよ!ドラゴンがこの街に向かって来てるんすから!ここも危ないっす!」
「危ないの?」
「そうっすよ、さっきステータスを確認して来たっすけど、あのドラゴンはレベル40っす、この街の全員が束になったって敵わないくらい強いんすよ!」
「じゃあ、この街はどうなっちゃうの?」
「・・・ドラゴンの目的が不明っすから、どうなるかはわからないっすけど、最悪の場合、今日このレアルガルフは滅びるっす」
「・・・なら、僕は逃げないよ」
一瞬、自分は耳を疑ったっす。
「街が滅びるってことは、このパン屋も無くなっちゃうかもしれないんだよね?だから僕は逃げないよ」
「何言ってるんすか!?」
「僕はこの店を守るんだ、僕が逃げたら、誰もこのパン屋を守る人がいなくなっちゃうからね」
「早く逃げないと死んじゃうっすよ!」
「そうかもしれないね」
「そうかもじゃなくて死ぬっすよ!」
「それでも、僕は逃げないよ、僕がこのパン屋を守るんだ」
クロスくんは真っ直ぐで純粋な目をしているっす。
これはなんとか説得しないとテコでも動きそうにないっすね。
まだクロスくんには聞きたいことがあるっす、ここで死なれるとかなり困ったことになるっすから、なんとしてでも一緒に逃げないといけないっす。
あまり時間はないっすけど、なんとか説得してみるっすか。
「クロスくんが死んじゃったら、お爺さんとお婆さんは悲しむっすよ」
「う」
「それに、クロスくんが死んだら、誰がこのパン屋を継ぐんすか?」
「でも、ここで逃げてもパン屋自体が無くなったら意味がないよ?」
「いや、意味はあるっす、建物はまた作り直せるっす、でもクロスくんが死んだら、クロスくんが受け継いだパン屋としての誇りも一緒に死んでしまうっす、でもクロスくんが生きているなら、パン屋の誇りも生きるっす、建物がなくたってやり直すことはできるっすよ、何事も命あっての物種っすから」
「命あっての物種」
「そうっす、だから今は安全なところまで逃げるっすよ」
「・・・うん、分かった」
よかった、クロスくんは納得してくれたっすね。
もうパン屋に来てからだいぶ時間が掛かったっす、早く逃げないと本当にまずいことになりそうっす、もう街にドラゴンが到着していてもおかしくないっすから。
「じゃあ早く行くっすよ」
「うん、ありがとう、おねーさん」
「いいっすよ、まだクロスくんには聞きたいこともあるっすからね」
「なに?聞きたいこと?」
「それはとりあえず後っす、今はまず逃げるっすよ!」
「うん!」
自分達はパン屋を出て、西に向かって走り出したっす。
自分は走りながら、ドラゴンがどの程度まで迫って来ているかを確認しようと振り返ったっす。
けど、何故かドラゴンが見当たらなかったっす。
「あれ?ドラゴン、どこ行ったっすか?」