外伝3 アメイリア・ランリッツェル 5
「・・・何でここに?」
「ん?」
街の方から、エルフの女性がやって来た。この人はなんでここに来たんだろう?
主を探して来たのなら、何でここにとは言わないと思う。
だから主を探しに来た人じゃなさそうだった。
なら何をしに来たのだろうか?
「・・・早く逃げて」
「・・・」
そう!そうです!私がずっと言いたかった言葉はそれです!
早くあのドラゴンから逃げないと!
「逃げる?何からだ?」
でも主には伝わってなかったようだ。
ドラゴンしかないじゃないですか!
「・・・」
エルフの女性はドラゴンを指さしてくれた。
そうです!ドラゴンです!
「ドラゴンしかいないぞ?何から逃げるんだ?」
ドラゴンからに決まっています!それ以外になにがあるんですか!?
「・・・ドラゴン」
「?何で逃げる必要がある?」
危ないからです!
「・・・危ない」
このエルフの女性は、私が言いたいことを全部言ってくれた。
「俺は空を飛べるから大丈夫だ」
・・・えっと?空を飛べるから大丈夫?え?なにが大丈夫なのでしょうか?
というより、空を飛べる?見た所翼もなさそうですし、主は人間では?人間は空を飛べないもののはずでは?
仮に空を飛べてもドラゴンも空を飛んでいますし、飛べるから危なくないというのはおかしいのではないでしょうか?
「・・・何言ってるの?」
「ん?」
「・・・早く逃げて」
そうです!早く逃げましょう!ってええええ!?
エルフの女性はドラゴンに向かって走っていこうとした。
危ないですよ!そっちにはドラゴンがいるんですから!逃げないと!
もしかして、エルフの女性はドラゴンと戦おうとしているのだろうか?
無理、無理ですよ!一人でなんて!ドラゴンは最強の魔物なんですよ!一人で戦って敵うわけないじゃないですか!
待ってください!
でも、私は話すことができない。エルフの女性が死地に向かうことを止められない。
「あ、待ってくれ!」
だけど、私の思いが通じたのか、主がエルフの女性を止めた。
良かった、流石に主もドラゴンに、死に向かって行く人がいたら止めますよね。
「いつもここに立っている人を見なかったか?」
・・・えっと、何で今それを聞いたのでしょうか?
「・・・もう逃げた」
当然ですよね?ドラゴンが迫って来ているのに、この門に戻ってくるわけないじゃないですか。
「え?」
だけど主は心底驚いたような顔をしていた。
「・・・じゃ」
そう言って、エルフの女性はドラゴンの方に走って行った。
・・・え?あの、エルフの女性がドラゴンの方に行きそうだったから止めたのでは?
門にいた兵士がどこに行ったか知りたかっただけ?
あ!行っちゃいますよ!エルフの女性がドラゴンの元へ!主!止めなくていいんですか!?
でも主は何か深刻なことを考えているような顔で俯いてしまった。
・・・え?行かせて良かったんですか?
・・・って主!こんなところで考え込んでいる場合じゃないですよ!早く逃げないと!
・・・エルフの女性は、その、残念ですが、でも自分で選んだ道です!自己責任です!だから早く逃げましょう!
でも、主はその場で考え込んでしまい、動かなかった。
私は奴隷だから、どうすることもできない。
ドラゴンはどんどん迫ってくる。
怖い、ドラゴンが迫ってくる様子は、まるで死が迫って来ているかのようだった。
しばらく時間が経って、やっと主が顔を上げた。
考え事は済んだのかもしれない。
これで逃げられる、やっとだ。
1分1秒がとても長く感じた。ドラゴンはもう結構近い。
だけど自分たちが標的にされていなければ、まだまだ逃げられる距離だ。
だから早く逃げましょう!
「よし、見に行こう」
そうですそうです、早く見に行きま、ってええええ!?
主はドラゴンの方に歩き出した。
待って待って待ってください!?何で!?ドラゴン近いです!まずいです!何を見に行くんですか!?死んでしまいますよ!
でも、私は主を止められない、奴隷の私には主の決定を覆すすべはない。ただついて行くことしか私にはできない。
ああ、私は今日死んでしまうんだ。
そう、思っていた。
ドラゴンの近くまで来た、来てしまった。
そこではまだドラゴンと戦うエルフの女性の姿があった。
いや、どうやらもう決着は付いているようで、ドラゴンはそのまま飛び去ろうとしていた。
良かった、ドラゴンはこちらを見向きもしていない。
このままなら、ドラゴンは私たちを無視して通り過ぎてくれるだろう。
「逃がさない、逃れられない戦闘へ、[フォースコンバット]、[アディション][ホーミング]」
だけど、主はドラゴンに何かをしようとしている。
やめてください!何もしないでください!主!せっかくドラゴンが私たちを見逃そうとしてくれていたのに!
そんな私の願いは届かず、主から光の球のようなものがドラゴンに向かって飛んで行った。
光の球がドラゴンに当たった瞬間にその光が広がった。
ああ、もしこれでドラゴンが私たちを敵と認識してしまったら、ああ。
「・・・なに、これ」
「[フォースコンバット]だ、対象を光の空間の範囲内から出られなくするスキルだ」
何ですかそのスキルは!?
そんなスキル、家の本には書いてなかった。
本に書いていないスキル?
って、光の空間から出られなくする?それって逃さないってことでは?
「・・・!?、なんで?」
「あのままでは逃げられていただろ?」
逃げられていて良かったですよ!逃げてくれるなら逃しましょうよ!そんなことしたらドラゴンが襲って来ますよ!
「・・・なんで、ここにいる」
「安心しろ、経験値の分散ならしない、確かにスキルを使ったが、俺は[レベルカーズ]状態だ、だから経験値の分散はない」
何を安心すればいいのでしょうか?主が何を言っているのかわからない。経験値の分散?レベルカーズ?
「・・・な、何を言ってるの?」
「ガァァ!」
ああ、ドラゴンがこちらをまっすぐ見ている。標的にされてしまったようだ。
終わった。
「おい、お前の相手は俺じゃないだろ?ミルタ、そんなところに突っ立ってどうしたんだ?戦わないなら俺が倒してもいいか?大丈夫、経験値は全てミルタに入る」
それでも主はいつもと様子が変わっていない。緊張している様子も、恐怖を感じている様子もない。
何も変わらない平常心を保っていた。
まるでドラゴンを微塵も脅威に思っていないかのようだ。
「・・・呼び捨て、ううん、あなたに倒せるはずない」
「やって見ないとわからないだろ?」
主はドラゴンに負ける気は無いようだ。でも主はレベル1、何をどうしようがドラゴンには勝てないと思う。
エルフの女性がどれほど強いかなんてわからないけど、レベル1ってことはないと思うから、そのエルフの女性が勝てなかったドラゴンに、主が勝てるはずがない。
ドラゴンはこちらにまっすぐ向かって来た。
「・・・逃げて!」
怖い。
ドラゴンがまっすぐこちらに向かってくる、すごい迫力だ。
私は恐怖のあまり目を閉じてしまった。
私は、このままドラゴンにぶつかられて死ぬんだろう。
「我は何人たりとも揺るがせぬ、不動の砦なり![イモータル]!」
でも、何かがぶつかるような大きな音がしただけで、私に衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、主の前で止まっているドラゴンの姿があった。
「・・・え?なんで」
・・・え?なんで?あれほどの勢いでドラゴンはこちらに向かって突撃して来ていたのに、主はその場を1歩たりとも動いていない。
力持ちとかそう言った次元の話ではない。
ドラゴンが主の前で急停止した?でもそんなことをする意味がない。
ドラゴンは慌てるようにして空に向かって飛んで行った。
「[ジェット]」
主も空に向かって飛んで行った。
・・・え?
主も、空を飛んだ?空を、飛んでいる?主の背中に翼はない。
なのに空を飛んだ?・・・え?
訳がわからなかった。
主は空を飛んでいる、でも私の翼は切り落とされてしまっているため、いや、元々MPを持たない私では空を飛ぶことは出来なかったけど、空を飛んで主について行くことが出来ない。
私はその場から動くことが出来なくなった。
つまり、主とドラゴンの戦いを見守るしか出来なかった。
でも、よく分からないけど主はすごかった。
ドラゴン相手に一歩も引かないどころか、圧倒していた。
たったレベル1のはずなのに。
主のHPは2だ。たった2しかない。
なのにそれ以上主のHPが減ることはなかった。
もしかしたらこのまま主はドラゴンを倒せてしまうのかもしれない。
レベル1でも、主は強いようだ。
主がレベル1だと知った時、あの泣いていた子供に渡した大きな魔石を持つ魔物を倒したというのは嘘だと思っていた。
だってあれほどの魔石を持つ魔物が弱いはずがない。
でも、ドラゴンとの戦いを見ていると、実際に主が倒したという言葉も信じられる。
主は、大きな魔石を持つ魔物はそれほど強くはなかったと言っていた。
あれも実は謙遜ではなく、実際に主にとってはそれほど強くはなかったのかもしれない。
だってドラゴンを圧倒できるほどの強さを持っているから。
でも、油断をしたのか、主はドラゴンに吹き飛ばされ、その後、炎の竜巻が主を包みながら地面に落ちた。
そしてドラゴンは地に落ちた主に対して追撃を行っていた。
でも、視界の端の主のHPは2から減らない。
すごい、あれだけの攻撃を受けてもHPが減らないなんて。
私は誤解していたようだった。レベル1で、HPが低かったから、主は弱いと思っていた。
でも、本当は主はすごい強かったんだ。
そうやって、主の強さの認識を改めていると、私の体は勝手に動き出していた。
主が私の行ける場所に、地面に来たため、主について行くという命令が果たせるようになったから、勝手に動き出したんだろう。
私の体は攻撃を受け続けている主の方に歩き出した。
・・・え?あれ?これは私、巻き込まれて死ぬのでは?
いや!止まって!ッアアアアアアア!
私の体に激痛が走った。奴隷は命令に逆らうことは出来ない。
逆らおうとすれば激痛が体全体に走るからだ。
私は抵抗する意思を失い、主の元に歩き出した。
ちょうど、私が巻き込まれる前にドラゴンは主への攻撃をやめていた。良かった。
いつのまにか、エルフの女性とピィナーちゃんも私について来ていた。
私達は主の元までついた。