第5話 ジャイアントキリング 1
そこから、長い、長い戦いが始まった。
基本的にあの魔物は岩の砲撃、[ブレス]で攻撃し続けてきた。
僕はあの魔物の届かない空中に常にいるため、あの魔物には攻撃手段がそれしかないのかも知れない。
僕は[フォースコンバット]の範囲から出てはダメなため、距離をそこまで開けられない。
だからギリギリを避けてきた。
もう風圧でバランスを崩しても、[ジェット]の操作にだいぶ慣れてきたから、すぐにバランスを取れるようになった。
だけど、だんだんあの魔物の[ブレス]が上手くなってきた。
あの魔物は、僕の行動を先読みして偏差撃ちしてくるようになった。
今はまだ急発進、急停止、急旋回をしてフェイントでなんとか躱せているけど、いつかそれも読まれて当たりそうな気がする。
何か対策を考えなきゃ。
「どうしよう」
ダメージは受けても良い。死なないから。
だけど物理的なものは躱さないとだめだ。
例え岩の砲撃で死ななくても、確実に吹き飛ばされはする。そうして吹き飛ばされれば[フォースコンバット]の効果が切れる。
僕の[アイテムボックス]の中には、[アイテムボックス]
と、移動系の魔法陣以外は基本的に1つしか入れてない。
つまり[フォースコンバット]の効果が切れたら、また新たに書き直さなければならなくなる。
だから吹き飛ばされる訳にはいかない。
「どうしよう、躱す方法」
この魔物相手は[アースクウェイク]があるせいで[イモーバル]は正直使えない。
[イモーバル]は僕の服に書いてある残り1つの、最後の魔法陣スキルだが、このスキルの効果は不動だ。
手と眼と口以外は動かしてはならず、その間は重力以外のいかなる力もこの身体にかからなくなる。
手と眼と口も、動かしていない間は力がかからない。
たとえあの魔物に噛みつかれようと、噛みちぎられることはない。
ダメージは入るが。
一応このスキルには多少のダメージカット効果もある。
とは言っても、他の防御スキルに比べたら全然少ないが。
スキルの効果が切れるのは、自ら解除した時か、手と眼以外を動かした時、もしくは位置が変わった時だ。
空中で発動しても、重力以外の力、つまり[ジェット]の力もかからなくなるため、すぐに下に落ちるため、位置が変わり、効果が解除される。
だから空中では使えない。
地上で使っても、[アースクウェイク]で僕のいる位置をずらされたら効果が切れる。
[アースクウェイク]によって横にズレるということはスキルの効果でないけど、下に少しでも沈んだ瞬間にスキルの効果が切れるから、使ってられない。
このスキルは、たしか魔法職の者が、攻撃されながらも魔法陣を書くためのスキルってお兄ちゃんがいっていた。
魔法陣はノックバックして仕舞えば消えてしまう。
それに空間に書いているため、後ろに吹き飛ばされたら魔法陣が途中で途切れてしまう。
そうならないようにするためのスキルで、魔冬ちゃんにこのスキルを使われた瞬間にほぼ敗北が確定するってお兄ちゃんがいってた。
魔冬ちゃんって誰だろう?今は考えなくて良いか。
他の方法を考えよう。
「どうしよう、空中であの攻撃を躱すスキル、何かないかな」
・・・ん?技巧系スキルの[円月蹴輪]なら行けるかな?このスキルの当たり判定は身体全てだ。
だから[トランスペアレント]のパッシブスキルの効果で、うん、行けるはず。
お兄ちゃんは、[円月蹴輪]は突撃大車輪の大車輪部分だって言っていた。
突撃大車輪はなんかすごい技らしい。
あの魔物は、次の[ブレス]を準備している。もう直ぐ発射してくるだろう。
僕は空中で止まり、次のブレスを待った。
あの砲撃が飛んできた瞬間に[ジェット]をうまく使って回転しよう。
大丈夫、よく遊びで[円月蹴脚]は使ってきた。失敗はしない。
そう考えていたが、あの魔物は先読みをしてか、僕がいる位置より左に少し外れた位置に岩を飛ばしてきた。
だから僕に当たらず、横を通り過ぎていった。
「・・・ふっ、ははっ、深読みしすぎて外れてる、アハハハハ!」
僕の心に黒い感情が浮かんできた。
あの魔物は僕が左に避けるとでも思っていたんだろう。
「バーカだねー!僕はもうお前の攻撃を避けないよー!だって、もうお前の攻撃じゃ、僕は死なないからー!アハハハハ!」
僕はあの魔物を、全力でバカにした。
黒く、ドス暗い感情を抑えられなかった。
殺す方法が見つかって、そして空中での回避方法も見つかって少し余裕が出てきたのかもしれない。
「グッ、グガァァァァアア!!!」
あの魔物が怒っている。ものすごい叫び声だ。
「アハハ!今まで避けてあげてたのは、単なるお遊びだよー!わざわざ遊んであげてたんだー!感謝してよねー!アハハハハ!」
「グ、グ、[グガァァァアア]!!!」
別にそんなことはないけど、この魔物をイライラさせたい。この魔物が苦しむ姿を見たい。
・・・モガケ、クルシメ、フハハハハハ!
魔物を空から見下していると、何故か魔物が驚いている様子だった。
?あれ、どうしたんだろう?もしかして今、何かしたのかな?
「ねぇ、今何かしたの?僕にはなんともなかったけど、今何かしたの?そんなに驚いて、どうしたの?」
あの魔物は、一度首を下げて叫びながら首を上げた。
「グ、[グガァァァアア]!!!」
うーん?何をしているんだろう?
また魔物は驚いた顔をしている。
あの魔物は本当に何をしているんだろう?早く[ブレス]を吐けばいいのに。
それとも今何か攻撃技をしていたのかな?
あ、あー、そっか。
「まさか、[ハイパーボイス]を使っていたの?ごめんねー、そんな攻撃、痛くも痒くもなかったから、気づかなかったよ」
[ハイパーボイス]はスキルモーションのある技巧スキルで、その叫び声を近くで聞いたものに少しのダメージを与える範囲攻撃だ。
威力と範囲は声が大きければ大きいほど増す。
人間の声の大きさだと精々数十メートルくらいだけど、あの魔物の声の大きさなら、500メートルくらいまで範囲があるかもしれない。
この攻撃は耳を塞ぐと防御できる。
今の僕には意味がないから、防御する気なんてないけど。
僕のHPはもうずっと2だから、ノックバックも起こらないし全然気づかなかった。
「[グガァァァアア]!!!」
また同じことをやっている。
[ハイパーボイス]は[ブレス]ほどクールタイムが長くないから、[クールタイム減少 極]の称号の効果で連発が可能なんだろう。
「ねぇー?そんなに叫んでどうしたの?頭がおかしくなっちゃったのかなー?アハハ、アハハハハ!頑張ってるねー!そんなに叫んで、哀れだねー!アハハ!」
フハハハハハ!サイコウダ!
あの魔物を煽るのは楽しい、心が黒くなっていく。
これから、あの魔物は食べるものがなく、餓死によって苦しみながら死んでいく所を考えるだけで身体に歓喜が駆け巡る。
あれだけのステータスとレベルを持っていながら、最後は何もできずに餓死で死ぬんだ。
アハハ、アハハハハ!
・・・ああ、ダメだ、何を考えているんだ、僕は。
油断なんてしちゃダメだ。
あの魔物に負ける可能性だってまだまだいくらでもあるんだから。
落ち着こう、僕の目的は何だ、あの魔物の苦しむ姿を見ることか?
アア、ソウダ。
あの魔物の無様な様を見ることか?
アア、ソウダ!
いいや違う、僕は復讐をするんだ。
お兄ちゃんを殺したこの魔物を、僕が必ず殺すって。
ニクイ、ウラメシイ!
だから、それ以上なんて望まなくていい。この魔物を殺せれば、なんでもいい。
だから憎しみに、怒りに目を曇らせるなんてダメだ。目を曇らせれば、またさっきみたいな失敗をするかもしれないから。
それに、お兄ちゃんは言ってた。いじめはダメだって。
僕はそれを忘れて、この魔物をいじめていた。
今の僕をお兄ちゃんに見られたら、きっと失望されてしまう。
僕は悪い子だ。この魔物は憎いけど、ちゃんと謝らないと。
いくら相手が憎くても、悪いことをして謝れない人間になっちゃダメだって、お兄ちゃんは言っていたから。
「ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
「弱いものいじめはダメだよね、君も頑張ってたんだよね、いくら無駄な攻撃を無駄に頑張っていたとしても、たとえ何の意味もない叫び声を上げていただけだとしても、バカになったとかじゃなくて、必死に攻撃してたんだよね、ごめんなさい、全く気づいて上げられなくて」
僕はもう、この魔物の攻略法を見つけた。
いくらステータスが高くても、この魔物の攻撃で僕のHPが0になることはない。
それに気をつけるべき攻撃の噛みつきは地上に近づかないければいいし、岩の砲撃も当たらない。
いくらHPと防御力が高くても、餓死させるから何の関係もない。
だからこの魔物は弱い。
油断なんてする気は無いけど、僕からしたらお兄ちゃん以外なんて、全員弱いんだ。
「ごめんなさい、君みたいな弱い魔物をいじめちゃって」
「グッガァ、[グガァァァアア]!!!」
また、同じ攻撃をしている。
ここはせっかく頑張っているんだ、僕もそれに答えよう。
「うわー、なんてつよいこうげきなんだー」
あの魔物が睨みつけてきている。
「こんなさけびごえをきいたらーHPがへってしまうー、あ、でももう減らないか、どうしよう、わーおおきなこえだなーすごいなー」
僕はあの魔物が嫌いだけど、それでも精一杯頑張ってあの魔物を褒めた。
あの魔物は僕から目を離そうとしない。
なんだろう、喜んでいるのかな。
「ガァァアアア!!グガァアア!!!」
あの魔物が地団駄を踏んでいる。きっと喜んでいるんだろう。
よかった、これなら許してくれそうだ。
「許してくれるよね?」
「ガァァァァ」
あの魔物が[ブレス]の準備をし出した。
うーん、魔物の言葉なんてわからないけど、きっと許してくれただろう。
よし、これで心置きなく殺せるね。
あの魔物が[ブレス]を放つと同時に、僕は[ジェット]の出力を調整して、後頭部と足先の出力を上げた。
それにより、僕の体は縦回転し出した。
そして[ブレス]により岩が飛んで来た。
僕の視界はぐるぐる回っている。
そして岩が僕に当たり、いや、僕の体をすり抜けて通り過ぎていった。
僕は回転をやめて、魔物の方を見た。すると魔物は目を見開き口を開け、凍りついたように固まっている。
これはパッシブスキル[トランスペアレント]の応用技のようなものだ。
このスキルは、当たり判定が透過するパッシブスキルだ。
スキルモーションは、基本的にそのスキルモーションの条件から少しでも外れるとスキルがそこで終了する。
だから連続技を使うとき、敵に攻撃が当たって止まり、スキルモーションが途切れることがないようにするためのスキルだ。
当然、透過していてもダメージは入る。
[円月蹴輪]のスキルモーションは空中で、前方向に一定速度で縦回転することだ。
地上に近づいたり、一定速度から外れた場合、スキルが終了する。
クールタイムは短い。
このスキルは僕が使えるスキルの中で唯一全身に当たり判定がある。
当たり判定って言うのは、その場所が相手に当たった場合にダメージが入る場所のことだ。
この技巧スキルの使用中は当たり判定が全身なため、[トランスペアレント]の効果で全身が透過することになる。
もちろんそれでダメージが防げるわけではないため、[ブレス]のダメージは入るが、物理的なものは全て透過できる。
ただし、[トランスペアレント]で透過していて、[生物]や[物]の中でスキルモーションが切れた場合、[物]や[生物]がなくなるところまで透過しながら後ろに吹き飛び続けることになる。
これが剣や槍、拳だけならいいけど、体全体が透過している[円月蹴輪]の場合、最悪、世界の裏側まで吹き飛び続ける可能性すらある。
例えば[物]か[生物]の中でスキルモーションが切れて、たまたま上を向いていて、下に吹き飛び、透過が解除されるスペースがなく下に吹き飛び続けた場合、地面に埋まって透過しながら世界の反対まで吹き飛ぶなんてことになるかも知れない。
だからそこだけは気をつけよう。
その後もあの魔物は[ブレス]を吐き続けた。
僕はそれを全て[円月蹴輪]でやり過ごし続けた。