第4話 勝利への状況整備
早速場を整えよう。
「[アイテムボックス]」
僕は服に書いてある[アイテムボックス]の魔法陣を使用し、[フォースコンバット]と[アヴォイドアニマル]、[ステイト・フィクスト]の魔法陣が書いてある紙を1枚ずつ取り出そうとした。
しかし、スキルが発動しなかった。
「え?なんで」
っ!そうだ、僕は1度[アイテムボックス]を使っている。
怒りに身を任せて、何も考えず攻撃系の大規模魔法陣スキルが書かれた巻物を取り出しただけだった。
本当ならその時に新しい[アイテムボックス]の魔法陣が書いてある紙を取り出すべきだったのに!
怒りで我を失って、馬鹿な行動をしてしまっていた。
本当に、僕は馬鹿だ、せっかく道が見えてきたのに!
どうしよう?新しく[アイテムボックス]の魔法陣を書く?
いや、まず最優先で[フォースコンバット]の魔法陣を書くべきだ。
僕は[マーカー]のスキルを使用して、魔法陣を書き始めた。
その時、あの魔物が大きく口を開いた。
「ん?なんだろう」
あの魔物の口の中に、岩が生成されていっている。その岩は、だんだん大きくなっていっている。
一瞬、何かの魔法かとも思ったが、あの魔物はMPが0なため、魔法は使用できない。
それに技巧スキルに、口に何かをためるモーションのスキルはなかったはずだ。
いや、確か一部の魔物が、ブレスを放つときに口に何かをためる動作をする。
その魔物は、ドラゴンだったはず。
ん?まて、あの魔物の種族は、
「・・・グランド、ドラゴン、!?やばい!」
僕は全力で右方向に[ジェット]で飛んだ。
次の瞬間、あの魔物の口から巨大な岩が放出され、僕が元々いた位置をものすごい速さで通り過ぎていった。
その時の風圧で僕は[ジェット]での空中制御が難しくなり、バランスを崩した。
だから僕は一度、あの魔物から離れた地面に降り立った。そして[ジェット]の出力を最大限まで弱めた。
切ると緊急避難が難しくなるからだ。
油断していた。あの魔物には空中に浮いているこちらに対して攻撃手段がないと思っていた。
もし、あの攻撃が当たっていたら、最悪死んでいたかもしれない。
HPは残るが、物理的にだ。あの速度であの巨大な岩がぶつかったら流石に死ぬだろう。
あのスキルに見た目ほどの物理的な力がないことを祈ってもいいけど、流石にリスクが高すぎる。
避けられるなら避けるべきだ。
あれはおそらくドラゴンの種族スキル、[ブレス]だ。[ブレス]はそのドラゴンによって効果が変わる。サンダードラゴンの[ブレス]なら口から雷を放ってくるだろうし、ポイズンドラゴンなら毒の息を放つ[ブレス]を使ってくると思う。
グランドドラゴンはあの岩の砲撃が[ブレス]なんだろう。MPの消費がない特殊な[ブレス]ということか。
スキルにはクールタイムがある。強いスキルほど連続しては使えない。
だがとあるアイテムを使うか、ある称号を持っていればクールタイムは減少する。
アイテムはないだろうが、あの魔物はクールタイム減少の称号を持っていた。しかも極だ。
連続は無理でも、短時間でクールタイムは終わるだろう。
空に浮いた敵に対しての攻撃を持たない魔物が、お兄ちゃんがいう最強の魔物の一角なはずがなかった。当然攻撃してくると思っておくべきだった。たまたま避けられたが、今ので死んでいた可能性もある。
「気をつけないと」
そう気を引き締めた時、世界が揺れたと錯覚するほどの揺れが起こった。
「っなに!?」
地震?いや、技巧スキルの[アースクウェイク]か!なんて揺れだ!
その振動で、木が倒れ、大地は割れ、それに巻き込まれそうになる。
技巧スキル[アースクウェイク]は、スキルモーションのあるスキルだが、地面に降りて魔物の姿が見えなかったから気づかなかった。
効果は重量が重ければ重いほど、攻撃力と震度が上昇する技巧スキルだ。
技巧スキルはMPの消耗がないスキルで、逆にMPの消費があるスキルを魔法スキルって言う。
攻撃範囲は自身から半径300メートルまでの地面に触れている敵だ。
ただし揺れが大きすぎるため、ダメージはないが多分10キロメートルくらいまで揺れは届いているだろう。
僕にダメージは関係ないが、この揺れはきつい。
すぐに僕は[ジェット]で木々を避けながら上に飛んだ。
上から森を見て見ると、森が崩壊していた。
木々が倒れ、大地は裂けている。
そして、またあの魔物は[ブレス]を放とうとしていた。
僕が上に逃げるだろうと読んでいたのだろう。
そして本格的に僕を殺そうと、僕を敵と認識しているのだろう。あの魔物、かなりの知能がありそうだ。
どうする?一度引くしかないのか?こんな状況では魔法陣を書く余裕なんてない。
・・・一度引こう。どの道、フォースコンバットは一度引いてから使わないとダメだ。
さっきまではあの魔物に空中に対しての攻撃がないと思ったからあそこで書いたが、空中に対しての攻撃を持っているなら話は別だ。ここで書いても魔法陣を破壊されて逃げられる。
僕は上後方向に下がっていった。
岩が飛んできたが、それは距離を開けていたから難なく避けられた。
あの魔物からかなり距離をとった。
僕は後ろを振り返り、下を見てあの魔物を発見した。
かなり距離があるが、あの魔物はかなり大きいし、さっきの[アースクウェイク]であの魔物の周辺の木が全て倒れているから、見つけるのは容易だった。
そして識別の魔眼の追加効果で遠くまで見えるようになっているから、あの魔物を視認できる。
この距離なら、多分大丈夫。でも他からの攻撃で破壊されたら意味がない。発動させた魔法陣には[ミラージュ]を被せておこう。
そのためにも、[アイテムボックス]を書かなきゃ。
僕は時間をかけて[アイテムボックス]の魔法陣を書いた。
あの魔物は何故か今だにあそこを動いていない。
僕としてはそっちの方が都合がいいからいいんだけど、何をしているのだろう。僕を探しているのか?
確か[深淵の森の守護竜]の効果で深淵の森の中なら見通せる筈だから、それで探しているのかもしれない。
だけど僕は今空高く浮かんでいるから、見つかっていないと思う。
「[アイテムボックス]」
僕は[フォースコンバット]、[アヴォイドアニマル]、[ステイト・フィクスト]、それと[アイテムボックス]と[ミラージュ]の魔法陣が描かれた紙を取り出した。
「[フォースコンバット]、[アディション][ホーミング]」
早速僕はスキルを発動した。
「[ミラージュ]」
そして、発動した[フォースコンバット]の魔法陣と、新たに発動した[ミラージュ]の魔法陣を幻影で隠した。
[フォースコンバット]は魔法陣スキルで、このスキルを使った際に出てくる光の玉に当たった対象がその場所から一定範囲内しか移動できなくなるスキルだ。
その範囲内にスキル使用者が居なくなるか、スキル使用者が意識を失うか、魔法陣を破壊されたら効果が切れる。
このスキルの魔法陣は使用した場所に留まり続ける。これはスキルの効果が無くなるか、魔法陣が破壊されるまで永遠にだ。
だからこの魔法陣が破壊されないように、幻影を被せておいた。
魔法陣スキル[ミラージュ]は指定した空間に幻をかけることができるスキルだ。効果時間は自分から解除するか魔法陣が破壊されるまで続く。
このスキルの幻影は空間固定の幻影なため、動かすことはできない。
魔物のすぐ近くで[フォースコンバット]のスキルを使っても、破壊されたら行動範囲制限がすぐに切れるため意味がない。だから遥か上空のこの場所で使った。
この魔法陣は、スキルの効果範囲内になくても大丈夫だから。
僕は飛び出して行った光の玉を追いかけた。ここであの魔物の一定範囲内にスキル発動者が入っておかないと、スキルが不発で終わるからだ。
あの魔物が、こちらの接近と、光の玉の存在に気づいた。
魔物は光の玉をかわそうと横に飛んだが、また[ホーミング]を付加していたため、魔物に当たった。
その瞬間光がある一定のところまで広がった。広さは大体半径1キロくらいかな。
「よし、まずはこれで大丈夫」
あとは僕がこの範囲内から吹き飛ばされて出たり、魔法陣を破壊されない限りこの魔物は逃げられない。
次だ。
「[アヴォイドアニマル]」
この魔法陣スキルは、[アミュレット]の魔物よけの効果が、動物よけになったバージョンだ。
このスキルも[アミュレット]と同様に、自分から解除するか意識を失うまで効果を発揮し続ける。
最後に、このスキルを使う。
「[ステイト・フィクスト]」
この大規模魔法陣スキルは自身の状態を固定するスキルだ。
このスキルを使用中は、状態異常にかからなくなる。
というよりも、今の状態で固定される。
例えば[ポイズン]状態でこのスキルを使用すれば、スキルを解除するまで[ポイズン]を治すことができなくなるということだ。
そして睡眠、食事、トイレなども必要なくなるし、気絶にもならない。
ただし、HP、MPが自然回復することがなくなって、物理的な成長も止まる。そして、経験値は獲得できるが、LVアップはスキルを解除するまで起こらない。
HPは[エンデュアガッツ]のスキルと[ダメージヒーリング]のパッシブスキルで死なないから自然回復はしなくていいし、MPは[マナインテーク]のパッシブスキルで回復すれば良い。
そして[ステイト・フィクスト]は、使用が長ければ長いほど、スキルを解除した際に揺り戻しが大きくなる。
最悪、スキルを解除した後に眼を覚ますことなく餓死する。
だけど構わない、あの魔物を殺せるなら、死んだっていい!
これで準備は整った。識別の魔眼は邪魔だからもう解除しよう。
今、もうこの場には魔物も動物も寄り付かない。そしてあの魔物はもうこの光の中から出さない。
つまりもう、ここには食べられるものが木しか無くなるわけだ。
だが、魔物は基本的に肉食だ。つまりあの魔物の食べられるものはもう僕しかない。
僕はもうずっと睡眠も食事もトイレもいらないし、気絶することもない。
これで、僕の勝利条件はあの魔物に殺されず、この光の空間、[フォースコンバット]の範囲から出ず、逃げ回ることだ。
そして、もし僕以外にあの魔物の食料が現れたら、絶対に食べさせないようにする。
それであの魔物が餓死をしたら僕の勝ちだ。
逆にあの魔物の勝利条件は、餓死する前に逃げ回る僕を殺すか、この光の空間から僕を弾き飛ばす、もしくは、遥か後方の上空にある魔法陣を破壊することだ。
魔法陣は[ミラージュ]で分からないはず、そして[フォースコンバット]の条件なんて知らないだろう。だからきっとこの空間から出られないことがわかれば、全力で僕を殺しにくると思う。
「もう逃がさない、準備は整った、さあ始めよう、僕の勝利で終わるゲームを」