外伝5 ミルタ・ウィンター 5
ドラゴンの弱点は分からない。
名前や見た目からでは想像も出来ない。
だから、まずは私の得意な氷魔法を当てる。
「[アイスジャベリン]、[アディション][インラージメント]」
私は氷の槍をドラゴンに放った。
その槍はドラゴンに直撃した。
だけど、ドラゴンのHPは減らなかった。
「・・・え?」
いや違う、確かにHPはほんの少し減った。
でもすぐに回復され、HPが満タンになった。
レベル差が開きすぎている。
飛んでいるドラゴンは私を一度一瞥したあと、興味がないかのようにそのまま飛び去ろうとした。
攻撃をしたのに、魔物から無視される。
・・・諦めない、私は立ち向かう!
もしかしたら氷がダメなのかもしれない。
「[ファイヤジャベリン]、[アディション][インラージメント]」
「[サンダージャベリン]、[アディション][インラージメント]」
「[アースジャベリン]、[アディション][インラージメント]」
「[ウォータージャベリン]、[アディション][インラージメント]」
でもどの攻撃をしても、HPをほとんど減らせなかった。
ドラゴンは私の攻撃を避ける気配がない。ただ街の方に向かって飛んでいる。
私のことを微塵も脅威に思っていないんだろう。
このまま同じような攻撃を繰り返していても無駄だ。
ならもう、最大火力をぶつけるしかない。
私はマナポーションを飲んで、MPを回復した。
このスキルは、後先を考えれば使うべきではないスキルだ。
だけど、そんなことを言ってる場合ではない。
普通の戦闘ならこのスキルは当てられない。確実に避けられる。
だけど私を敵と認識していないドラゴンになら、当てられる可能性もある。
だから奥の手、私の全力で倒す!
MPを全て回復した私は、私の最大火力のスキルを使った。
「・・・ァァァァアアアアア!!!![マナ・レイジ]!!!」
このスキルは空間を指定してから約十秒後、その空間が爆発する。つまり、かなりのタイムラグがある。
こんな攻撃、普通は避けられる。
範囲も狭いし、一目見てその空間に攻撃が来るって分かるから。
だけどきっとドラゴンは私の攻撃を避けない。私を脅威に思っていないからか、何か急ぎの用でもあるのかは分からないけど、そのまま街に向かって飛んでいくはず。
だから攻撃が当たるようにドラゴンの飛んでいく方向、速度を予想して仕掛けた。
私の計算通りなら、スキル発動とその空間をドラゴンが通るのは同時だ。
「・・・当たって」
私はもうほとんど動けない。ただ祈るしか出来ない。
私の祈りが通じたのか、私の計算が正しかったのか。
とにかく攻撃はドラゴンに直撃した。
「ガァァ!?」
私の攻撃で、ドラゴンはノックバックした。
私はドラゴンのHPを大きく削ることが出来た。
・・・つまり、1撃で倒しきれなかったということだ。
ドラゴンのHPを確認すると、ものすごい勢いで回復している。
私もMPやHPは時々、ゆっくりだけど自動的に回復する。
でも、そんなものとは比べ物にならないほどの回復速度だ。
ドラゴンは私の方を振り返った。
ドラゴンがこちらを敵と認識したようだ。
だけど、もう私は動けない。
[マナ・レイジ]は、自分の全MPを消費して発動できるスキルで、攻撃力は消費するMPが増えれば増えるほど増していく。
当てることは難しいけど、当たれば絶大な威力を発揮する私の奥の手だ。
だけど、このスキルを使用後はしばらくの間、体が重くなったかのように、かなり動きにくくなる。
つまり外したり倒しきれなければ、相手に大きな隙を晒し続けることになる。
「ガァァ!」
ドラゴンの近くに、何か変な形の模様が浮かび上がってきた。
何かの攻撃を仕掛けてくるのかもしれない。
でも、この動きにくい体じゃ避けられそうにない。
そして、ドラゴンから七色の光が飛んできた。
その攻撃を私は避けられず、貫かれた。
パリン!
何かが砕け散った音が聞こえてきたのと同時に、私は膝をついた。
「・・・え?」
私のHPが、たった一撃で吹き飛ばされた。
私のHPが1になっている。
さっきの砕け散った音は、身代わり人形の魔道具が壊れた音だ。
身代わり人形とは、自分のHPが0になる攻撃を受けた時、自分のHPを1残して代わりに人形が壊れる効果を持っている。
今のは魔法攻撃の筈なのに、私はエルフで魔法防御力は高い筈なのに、たった1撃で私のHPは全て削られるところだった。
こんなにも、こんなにも差があるなんて。
私は強くなったはず。だけどそれでも届かない。
先程ドラゴンに与えたダメージも、いつのまにかほとんど回復されている。
「・・・くっ」
それでも私は諦めない。諦めるわけにはいかない。
確かに今、私はほとんど動けないけど、それでも使えるスキルはある。まだ戦える。
戦えるなら、勝てる可能性だってある。
・・・いや、本当はもうわかっている。私がドラゴンを絶対に倒せないことなんて。
それでもここで諦めたら、何かが終わってしまう気がした。
それに、少しでもドラゴンの足止めが出来れば、街の人たちの避難が間に合うかもしれない。
だから私は、戦える限り戦い続ける。
でもそんな覚悟とは裏腹に、ドラゴンはこちらに背を向け飛び去ろうとしていた。
「ガァァ」
「・・・ま、待て」
ドラゴンに逃げられる。もう私に興味がなくなったのか、私に情けをかけているつもりなのかは知らないが、認めない。まだ私は戦える、戦う!
それでも私の体は思ったように動いてくれない。
私はドラゴンが飛び去るのを、ただ見ていることしかできないのか。
そう心に諦めの感情がよぎった時、どこからか声が聞こえてきた。
「逃がさない、逃れられない戦闘へ、[フォースコンバット]、[アディション][ホーミング]」
何か光の玉のようなものが飛び去ろうとするドラゴンにぶつかった。
そしてそこを中心に光の空間が広がった。
ドラゴンは、光がぶつかったことも光の空間ができたことも気にせず飛び去って行こうとしていた。
でも、ドラゴンが光の空間から出ようとした時、ぶつかったように止まった。
光の空間から出られなくなっているのかもしれない。
「・・・なに、これ」
こんなスキル、今まで見たことない。
「[フォースコンバット]だ、対象を光の空間の範囲内から出られなくするスキルだ」
声がした方を見てみると、そこには新人未満がいた。
ドラゴンを見るために発動していた[ディテクション]で、新人未満、イーシス・カイのステータスが見えた。
「・・・!?、なんで?」
なんでここに!?逃げてないの!?
「あのままでは逃げられていただろ?」
もしかして、あの光の空間は新人未満が?確かに新人未満の声だった。
いや、でもそんなはずはない。
新人未満はレベル1、絶対にMPが足りるはずがない。
[フォースコンバット]?そのスキルの消費MPがどれくらいかはわからないけど、[アディション]なんて出来るMPがあるはずがない。
なら後ろの人、イリアという女性?いや、彼女にはMPが無いようだ。なら違う。
それなら青い兎?でも兎がそんなスキルなんて使えるはずないと思う。
どう言うことなんだろう?わからない、いや、今は考えている場合じゃ無い。
「・・・なんで、ここにいる」
私はなんで逃げていないのかを聞いた。
「安心しろ、経験値の分散ならしない、確かにスキルを使ったが、俺は[レベルカーズ]状態だ、だから経験値の分散はない」
けど、変な言葉を返された。レベルカーズ?経験値が分散しない?
「・・・な、何を言ってるの?」
言っている意味がわからない。
「ガァァ!」
ドラゴンはこちらを振り返った。いや、私じゃない、新人未満を見ている。
もしかしたらドラゴンは新人未満を敵とみなしているのかもしれない。
「おい、お前の相手は俺じゃないだろ?ミルタ、そんなところに突っ立ってどうしたんだ?戦わないなら俺が倒してもいいか?大丈夫、経験値は全てミルタに入る」
また、新人未満は大言壮語を吐いていた。まるでドラゴンを敵ではなく単なる獲物と捉えているような言い方だ。
それに、私の名前。
「・・・呼び捨て、ううん、あなたに倒せるはずない」
レベル1で倒せるはずがない。
「やって見ないとわからないだろ?」
そう言って、新人未満は私に笑いかけた。
その姿が、かつてのリーダーと重なって見えた気がした。
ドラゴンが新人未満に直進していく。
ダメ、ダメ!死なないで!
「・・・逃げて!」
私は咄嗟にそう叫んでいた。
それは目の前で人が死んでほしくなかったからなのか、リーダーと重なって見えた為かは分からない。
でも、新人未満は逃げなかった。その場を一歩たりとも動くことはなかった。
「我は何人たりとも揺るがせぬ、不動の砦なり![イモータル]!」
新人未満は何かを叫ぶと、ドラゴンにぶつかられた。
そして新人未満は死・・・んでない?
それどころかその場を一歩たりとも動いていなかった。
あのドラゴンの巨体で、あの速度でぶつかられて、一歩たりとも動いていない。
「・・・え?なんで」
新人未満は死んでいない、それどころかドラゴンを殴っていた。
その後、ドラゴンは慌てるように羽ばたき、空に逃げて行った。
何が起こったのかが分からない。
新人未満のステータスを確認すると、HPは2になっていた。
HPが2、ギルドでも見た数値だ。
一瞬、私と同じように身代わり人形を持っていたのかとも思ったけど、HPが2だから違う。
それに身代わり人形を持っていたって、吹き飛ばないなんてありえない。
・・・吹き飛ばない?これもギルドで見た。
もしかして、何かのスキル?確かにドラゴンにぶつかられる前、何かを叫んでいた。
その効果?でも新人未満はレベル1でMPが全然ないのに、そんな強力な効果を持つスキルを発動できるの?
ドラゴンに突撃されてもビクともせず、HPが2になって耐えて、消費魔力がレベル1で発動できる程度。
ありえない。分からない。
「[ジェット]」
そんなことを考えていたら、また新人未満から声が聞こえて来た。
そして、新人未満は空を飛んで行った。
空を、飛んで?
人間って、空を飛べるんだ。
私は分からないことが多すぎて、考えることを諦めた。