外伝3 アメイリア・ランリッツェル 3
私は主についていった。
主はどんなところに住んでいるんだろう。
あんな高価な魔石をポンッと手放すくらいだから、お金には困っていないと思う。
だからきっと大きな家で、そこには主のハーレムメンバーがいるんだろう。
私はそこでうまくやっていけるのだろうか?
主の他のハーレムメンバーの方々が、優しい人であることを私は祈った。
しかし、着いたのは宿屋で、大きな家とかではなかった。
それも高級な宿屋というわけでもなさそうな見た目だ。
住む場所に頓着しない人達なのだろうか?
それとも旅の途中か何かで、たまたまここに泊まっているだけで、別の街には大きな家があるのだろうか?
私は主に連れられて宿屋に入り、主が従業員にお金を払い、部屋に着いた。
この部屋に、きっと主人の他のハーレムメンバーがいる。
そして、もしかしたら私はこの宿屋で女になるのかも知れない。
私は[魔力抜き]が出来ないし、先程主は宿屋の従業員に、他の客に迷惑はかけないと言っていたけど、主ならもしかしたら、と思ってしまう。
怖い、今更恐怖が湧いてきた。
本当に今更だ。確かに私は主に少しだけ好意を抱きはした。奴隷商人や、家の者なんかよりは全然マシだ。
でも怖いものは怖い。
知識だけはあるけど、当然私には実践なんてない。
そして女の初めては、それ以外では体験することのないような激痛が走るって読んだことがある。
怖い、怖い。
私はどうなってしまうんだろう。
主が部屋に入っていった。
私も意を決して部屋に入った。
「ピィ!」
「ああ、ただいま」
「ピィ!」
「少し待ってな」
部屋に入ると、主が青色の兎さんに話しかけていた。
この部屋の中には、私と主と青色の兎さんしかいない。
他のハーレムメンバーの方はまだ帰ってきていないのだろうか?それとも一緒に生活している訳ではないのだろうか?
私は少し安堵した。
・・・それにしても可愛い。
主のペットだろうか?私は外に出ることが出来なかったため、兎さんは図鑑でしか見たことがない。
図鑑には白色の兎さんが書いてあったけど、この兎さんは青色の兎さんだ、可愛い。
こんなに可愛いんだから、実はこの青色の兎さんは主のハーレムメンバーの一員なのかも知れない。
・・・そんな訳ないか。
私はそんなバカなことを考えていた。
「ピィ?」
「俺のハーレムメンバーだ、」
・・・え?本当に青色の兎さんがハーレムメンバーなの?え?動物なのに?
主の守備範囲はかなり広いのかも知れない。
「そういえばまだ自己紹介がまだだったな、俺はイーシス・カイだ、それでこっちの兎がピィナーだ」
ピィナーちゃんって言うんだ。
「ピィ?ピィ!」
ピィナーちゃんはこちらを向いて、小さな手を挙げた。
多分挨拶してくれたのかも知れない。
随分と小さく、可愛いのに賢い子だ。
「・・・」
「ピィ?」
私は、ピィナーちゃんが可愛らしくて、ついつい抱き上げてしまった。
「・・・」
柔らかく暖かい。
毛は柔らかな見た目通り柔らかくモコモコとしている。
生き物は不思議だ。石とか鉄とかの方が触った感じは硬いのに、そんな生半可な物じゃ、このモコモコの兎さんを傷つけることすら出来ないんだから。
この兎さんを撫でていると、心が癒される。辛いことを、嫌なことを、これまでの、これからのことを、そして忘れたいことを忘れられそうだ。
「名前を確認させてもらうぞ、[ディテクション]」
っ!・・・いきなり主に私のステータスを見られた。
いや、いきなりでもないのかも知れない。
多分主は、私が言葉を話せない人か何かだと思っているから、自分で私の名前を確認しようとしたんだろう。
でも、私のステータスの名前と種族は書き換えられている。
だから主は私の本当の名前と種族を知ることはできない。
「ピィ」
ピィナーちゃんが主に向かって鳴いた。
どうしたんだろう?何かを伝えようとしているのだろうか?
すると主は懐から紙を取り出した。
「[アイテムボックス]」
主はまたあの空間魔法スキルのようなものを使った。
そして黒い空間に、先程取り出した紙を入れ、今度は黒い空間から4枚の紙とたくさんの食料が出てきた。
主はそれを机に並べた。明らかに主一人で食べられる量じゃない。4人、いや5人前くらいあるかも知れない。
もしかしたら、私にも分けてくれるのだろうか。
食事を前にしたからか、忘れていた空腹を思い出した。
「・・・」
「食べていいぞ、ピィナー」
「ピィ!」
ピィナーちゃんは机に乗って食料を食べ始めた。
あれ?兎って確か草食だと図鑑には書いてあったはずだけど、ピィナーちゃんは肉も穀物も野菜も全て大量に食べている。
明らかに体より多く食べている気がするけど、ピィナーちゃんは大丈夫なのだろうか?
そして、主も食事を食べ始めた。
私は食べていいのかわからない。
食べたいけど、少なくとも許可をもらうまでは手をつけたらダメだろう。
もしかしたら、これは全て主とピィナーちゃんの分なのかも知れないから。
もしくは、まだ帰ってきていないだけの、他の主のハーレムメンバーの方の分もあるのかも知れない。
「食べないのか?食べていいぞ」
「・・・」
どうやら食べて良いらしい。私の目の前に置かれているものは私のために主が出してくれた食料のようだ。
主に許可を頂いた私は食事を始めた。
あの黒い空間から出てきた食事だから、少し不安ではあったけど、一口食べてみると美味しくて、その不安は一気に吹き飛んだ。
料理はまだ暖かく、まるで作りたてのようだった。
もしかしたらあの黒い空間の中は暖かいのだろうか?もしくは入れたら時間が止まる?
いや、そんなすごい魔法は無いかな。
私は黙々と食べ続けた。
美味しかった。久しぶりにお腹いっぱいの食事を食べた。
奴隷商人のところでは食事は最低限だったし、かつての家では、私の分の食事は用意されなかった。
だから家にある食材を勝手に使って料理をするか、残飯を食べるしかなかった。
私は料理がそれほど得意という訳では無い。だって誰もやり方なんて教えてくれなかったから。
だから私は自分で思考錯誤しながら料理するか、残飯を食べるしなかった。料理は当然失敗ばかりで食べられるようなものじゃない物ばかりを作っては食べていたし、残飯は当然冷めていた。
だから暖かく、こんなに美味しい食事はもしかしたら初めて食べたのかも知れない。
食事中は手が止まらなかった。
私は奴隷なのにこんなによくしてもらっていいのだろうか。
私は少し不安になって、主の方を見てみると、主は先程食料と一緒に取り出して紙を持っていた。
「偽りを見破り、真実を映し出せ、[トゥルーミラー]」
いきなり、私の目の前に鏡が現れた。これはなんなのだろう?
主はまた何かのスキルを使ったようだ。
鏡を出すスキル?私はそんなスキルは知らない。
たくさんの本を読んで勉強している私はそれなりにスキルについて詳しいと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
主は一体何をしようとしているのだろうか?
先程、偽りを見破り、真実を映し出せと言っていた。
偽りを見破る?真実を映す?それがこのスキルの効果なのだろうか?
一体何の真実を映すのだろう?
「・・・」
「吸血鬼、アメイリア・ランリッツェルか」
「!?」
何で私の名前を、種族を知っているの!?
まさか、主は家の者と通じていたりするの?
「ステータスに違和感を覚えたから確認させてもらった」
「・・・」
・・・違う、先程のスキルだ、あの鏡のスキルによって、魔道具によって変えられた私の名前と種族を見たんだ。
そんなことが出来るなんて知らなかった。
そして主はまた新しい紙を手に取った。
「全てを治す浄化の光[トリートメント]」
また知らないスキルだ。
私の体を光が包んだ。
・・・それだけだった。
あれ?別に何ともない。何の効果もなさそうなんだけど、私が認識できていないだけで、何かあったのだろうか。
「話せるか?」
「・・・」
?何故ここでもう一度聞くのだろうか?命令されていないから話せないのに。
「状態異常の[サイレンス]じゃなかったのか、すまない、君の言葉を俺は取り戻せなかった、いや、必ずいつか話せるようにする、それまで待っていてくれ」
「・・・」
やっぱり主は私が主の奴隷だと分かっていないのか、もしくは主が私に命令しないと話せないことを知らないようだ。
というより、今状態異常の[サイレンス]じゃなかったのかって言ってた?先程のスキルは状態異常を治すスキルなのだろうか?
そんなスキル聞いたことない。
状態異常は時間経過で治るものと治らないものがあって、時間経過で治らないものはアイテムを使って治すしかないって本には書いてあった。
でもそんなスキルがあるようだ。
私がよんだ本の知識は、結構間違っていたのかも知れない。
初めて私は本の知識を疑った。
「・・・眠たくなってきたな」
眠たい?もしかして、今日は私は何もされないのだろうか?そのまま主が眠って何もされないといいけど。
また主は紙を手に持った。
「新規作成、身体変化、[リメイク]」
主はスキルを使うとき、紙を手に持って行っている。
だから、もしかしたらあの紙に何か秘密があるのかも知れない。
今度は何をしたのだろうか?
何の変化もなさそうな感じなのだが、何かあったのだろうか?
主は何事もなかったかのように、ベッドに寝転がった。
「イリアも自由に寝ていいからな、おやすみ」
「ピィ」
「・・・」
すぐに主の寝息が聞こえてきた。
ピィナーちゃんも主のベッドに入り込んで一緒に寝ている。
さっきのスキルは結局なんだったんだろう?
考えても仕方ないかな?多分分からないだろう。
私も疲れた。今日はもう寝よう。
横になったら、私の意識はすぐに沈んで行った。