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外伝3 アメイリア・ランリッツェル 1

 私は生まれながらにMPを持たない、欠陥品の吸血鬼だ。


 私は自らの名を名乗ることを許されていない。


 私はいないものとして扱われる。


 私の存在は、無かったことにされている。


 私が生きている意味はあるの?


 みんな私を気にかけない。


 みんなお姉様を褒め称える。


 みんなの目にはお姉様しか映らない。


 私がどれだけ頑張っても。


 私がどれだけ勉強しても。


 私がどんないたずらをしても。


 お姉様以外、誰も私を見てくれない。


 ついに私は名を、種族を、魔道具によって変えられて。


 私の翼は切り落とされて。


 家を放逐されてしまった。


 私の存在はあの家から永遠に消え去った。


 私には知識はあれど経験はなく。


 何の伝も、お金も、物も無く。


 ずっと幽閉されていて外に出たことがなかった私は。


 外で暮らすすべを持たず。


 騙され、奴隷に落とされた。






「初めてこんな上玉が手に入ったな、こりゃ高く売れるぜ、クックック、さて、売る前に味見をしないとなぁ?」


「・・・」


 私はこれからどうなるんだろう。


 ・・・分かっている、これからされることなんて一つしかない。


 嫌だ、絶対に嫌だ、でも体に刻まれた奴隷紋のせいで抵抗がほとんどできない。


 私はこれから待ち受ける自分の未来に絶望した。

 なんで、私だけがこんな目にあうの?なんでこんな地獄を見ないといけないの?


 憎い、何もかもが憎い、誰も彼もが憎い。


 私を奴隷に落としたこの奴隷商人が憎い。

 私をいないものとして扱う家の者が憎い。

 私の翼を切り落とした極東の武者が憎い。

 私の名を奪い家を追放したお父様が憎い。

 私のことを認めてくれないお母様が憎い。

 私が欲しいものを全て持つお姉様が憎い。


 MPを持たない、出来損ないの私が憎い。


 でも、どれだけ憎んでも、私にはなんの力もない。

 見返してやる事なんて、復讐なんてできるはずがない。


 私はただ諦める事しかできない。


「命令だ、[魔力抜き]をしろ」


「・・・」


「クックック、さて、お楽しみと行きますかぁ!・・・あ?おい![魔力抜き]をしろっつっただろ!早くしろ!」


「・・・」


 え?何で?・・・あ、そうなんだ。


「なんで命令を聞かねぇ?奴隷紋は正常に作動しているはず、おい!命令だ、何で[魔力抜き]をしないか話せ」


「私は[魔力抜き]が出来ません、私にはMPが無いためか魔力の存在を感じ取れず、魔力を体から抜くやり方がわからないのです」


 攫われた事による恐怖や混乱、これから先の絶望で先程まで冷静に考えられなかった。


 奴隷紋による命令はあくまでその人にやらせるものだから、その人が出来ないことは命令されても出来ないということだと思う。


 初めて、私はMPを持たない事に感謝した。

 そのおかげで、私は穢されることはないと分かったから。


 いや、でも最初からMPがあれば私はこんな目に合うこともなかった。

 少し複雑な気分だ。


「んだと!?ふざけてんじゃねぇぞ!ああ、せっかくこんな上玉が転がってんのに、指をくわえて見てるしか無いってか!?っち、中は[魔力抜き]してなきゃ破ることもできねぇし、他は真っ最中に奴隷紋に抵抗してきたら、噛みちぎられるか握り潰されちまうかもしれねぇ、俺も[魔力抜き]をしなきゃ気持ちよくなれねえってのに、ちきしょう!なんも出来ねぇじゃねえか!」


 奴隷商人は怒鳴り散らしている。


「ちっ、レベル5じゃ戦闘用の奴隷としても使えねぇし、そっち系の目的以外で使い道ねぇってのに、まあいい、容姿はいいんだ、わざわざ[魔力抜き]が出来ないなんて言わなけりゃ騙せるだろ、適当なやつから大金をせしめるか」






 私は、奴隷商人に連れられて他の奴隷商人のところに来た。

 既に何軒か既に当たっているが、私を売る交渉は上手くいっていない。


 奴隷商人もバカじゃない、私にMPが無い事に気づいて[魔力抜き]ができるかを聞かれて交渉が失敗したり、容姿の割に値段を安くしすぎて警戒され、買い取られなかったりしている。


 私は、ここでも必要とされていないんだ。

 私は奴隷商人に連れられて、また別の奴隷商人のところに来た。


「よう、どうだ?うちの奴隷は美人だろ?買わないか?」


「いや、流石にうちにはこんないい奴隷を買う余裕はないですよ」


「大丈夫だ、安くしとくからよ、金貨60枚、いや、金貨55枚でどうだ?」


「金貨55枚ですか?随分と安くないですか?」


「俺はこれからこのハースブルクの街を離れて遠くに行かなきゃならないんだよ、だからそこまで連れて行くよりここで売ったほうがいいだろ?」


「う、うーん、私もハースブルクからレイルガルフに帰ろうと思っているのですが」


「・・・実はな、こいつはまだ新品なんだ、そのまま売っても高く売れるだろうし、お前が開発してもいい、想像してみな、こいつを自由に出来るってことをよ」


「・・・まだ新品なんですか?」


「ああ、おい、命令だ、これから質問する事に嘘偽りなく答えろ、お前はまだ新品だな?」


「はい」


「誰にも穢された事が無くて、誰も受け入れたことがないんだな?」


「はい」


「まだ破られていないんだな?」


「はい」


「と言うわけだ、どうだ?こんな奴隷と寝たくはないか?寝なくても金貨55枚よりももっと高く売れると思わないか?」


「じゃ、じゃあ自分で売ればいいのでは?」


「何、こっちにも少し事情ってもんがあるんだよ、まあ、無理にとは言わねえよ、俺は他の客や奴隷商人に売ってもいいからな、だがいいのか?こんなチャンス二度とないかもしれないぞ?」


「・・・分かりました、買いましょう」


「へへ、毎度ありぃ」


「・・・」


 私は別の奴隷商人に買い取られた。






 私を買った奴隷商人も、私を襲おうとした。

 だけど私が[魔力抜き]が出来ないとわかると、憤慨して私だけを別の部屋に隔離した。


 他の奴隷には食料を与えられているようだけど、私にはほとんど与えられなかった。


 お腹が空いた。私はこれからどうなるんだろう。


 慰み者にされることはなくても、奴隷になった私にはきっと悲惨な人生しか待っていないだろう。


 なんでこんな事になったんだろう?


 私にMPが無いから?

 私が吸血鬼としての欠陥品だから?

 私が家から追放されたから?


 きっとあの人たちは、私がこんな目にあっているって知っても、気にすることはないだろう。

 家の恥だと、生まれて来なければよかったと、ずっとそう言われ続けてきたから。


 私がどんな目にあっても誰の心も痛まない。


 私は唯々一人、部屋で嘆き続けた。






「なにが困っているんだ?」


 誰かが部屋に入ってきた。

 私の知らない声だ。奴隷商人じゃない。

 もしかしたら私を買いに来た人かもしれない。


「ええ、実はこの女性は[魔力抜き]が出来なくてですね、そう行った目的に使えないんですよ」


 奴隷商人も一緒にいる、そして私の説明をしているから、客なんだろう。


「[魔力抜き]が出来ない?」


「ええ、人系の種族でもですね、産まれながらにMPを持っていない一部の人は魔力の存在を一切感じられないとかで、[魔力抜き]が出来ないらしいのですよ、[魔力抜き]なんて言っているんですからMPがない人はむしろずっと[魔力抜き]の状態でもおかしくないと思うんですけどね」


 私はこの人に買われるんだろうか?

 その客はしばらく考え込んでいた。


「買おう」


「え?よろしいのですか?」


「構わない」


「ありがとうございます!早速準備してまいりますね!」


 そう言って奴隷商人は出て行った。


 私はこの人に買われるんだ。なんの目的で買うんだろう?なんの役にも立たない私なんかを。

 ・・・怖い、これからどうなるんだろう、でももう諦めた。抵抗するのも疲れた。


 もう、全てがどうでもいい。


 その後の奴隷商人と客の話はもうほとんど聞き流していた。

 覚えているのは客の、いや、これから私の主になる、いや、なった男の名前がイーシス・カイと言うことだけだ。






「またのお越しをお待ちしています!」


 新しい私の主は建物を後にしてどこかに向かって歩き出した。


 私はそれについて行った。いや、ついて行かされた。


 奴隷は命令されなければ主の元から離れられず、主に攻撃をすることもできず、話すこともできない。

 そして主の命令には服従しなければならない。


 抵抗もできなくは無いけど、強い意志の力がいる。

 でもどれだけ意志が強くてもずっと抵抗し続けるなんていうのは無理だ。

 私にはそんな強い意志も無ければ逆らう気力も無い。


 だからついていくしかない。


 主は私を振り返らない、私を見ようとしない。

 まるで私の存在に気づいていないかのようだ。


 また、私はいないものとして扱われるのだろうか。

 でも、そんな扱いはもう慣れた。

 しばらく歩いた後、主からつぶやくような声が聞こえた。


「どれいってなんだったんだろう?」


 ・・・え?何を言っているんだろう?


「ん?え!?」


 主は振り返って私を見た。

 何故か私を見て驚いている。


「・・・」


 どうしたのだろうか?


「どうしたんだ?」


「・・・」


 それはこっちのセリフなのだけど。

 主はなんの事を聞いているのだろうか?

 私は首を傾げた。


「俺は何か忘れ物をしたのか?」


「・・・」


 えっと?いきなりどうしてそうなるのだろうか?主の考えが私にはさっぱりわからない。


「俺は商人のところに戻ったほうがいいのか?」


「・・・」


 商人のところに忘れ物?何故それを私に聞くのだろう?それと私に聞くなら命令で話せるようにしてもらわないと何も話せないのに。


「話してくれないとわからないんだが」


「・・・」


 え?主が話させてくれないんでしょう?

 何故私が責められているのだろう?


「もしかして、何も話せないのか?」


「・・・」


 いや、奴隷なのだから命令が無いと何も話せないんですけど?

 ああ、もしかして私が命令で話せなくなっていることに主は気づいていないのかもしれない。

 だから私は頷いた。


「そうか、俺に何の用だ?」


「・・・」


 ・・・え?話せるように命令しないの?

 命令しないのにまた何か聞くの?

 何の用って、私は主に買われた奴隷なのだからついて行っているだけで、むしろ主に対して、私をどうするのかと聞きたいくらいなのに。

 私は首を傾げた。


「君はあの商人の所に帰らなくていいのか?」


「・・・」


 私は頷いた。

 あんな奴隷商人の元には帰りたくもないし、何より奴隷紋のせいで主についていくしか出来ないのに、何故そんな事を聞くのだろうか?


「話しかけてすまなかったな」


 はい?

 ・・・ダメだ、私には主の考えていることが分かりそうもない。

 私が人とあまりコミュニケーションを取ってこなかったから分からないのだろうか?

 他の人なら主の考えていることがわかるのだろうか?


 私にはさっぱりわからない。


 そして主は、何故かいきなり同じ所をくるくる回りだした。主についていくしかない私も主の後についてくるくる回らされた。


 本当に何がしたいのだろうか?


「どうしてついてくるんだ?」


「・・・」


 何故わかりきった事を聞くのだろう?

 奴隷として貴方についていくしかないからに決まっているのに。


 私は首を傾げた。

 さっきから当たり前のことを何回も聞いてくる。

 それなのに命令をして私から何も聞き出そうとしない。


 本当になんなんだろう?

 どこかずれている気がする。私の認識と主人の認識が。


「もしかして、帰る家がないのか?」


「・・・」


 ・・・帰る家がない、そうだ、もう私はあの家に帰れない。

 確かに辛い場所だった。家から抜け出したいと思ったことは何度もあった。

 でも、私が18年間、生まれてからずっと過ごしてきた家でもある。


 いま、私の胸の中は複雑な感情で埋め尽くされている。

 でも、もう私には帰る家がないことは事実だ。


 私はゆっくり頷いた。


「ならついて来い、いや、もうついてきてるか」


 そう言って主は歩き出した。

 私は奴隷として主の後ろをついて行った。

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