外伝1 シスター 2
イーシスが帰ってきた、だけど、アルターは帰って来なかった。
イーシスとアルターは私の教会で拾った孤児だ。村の前に捨てられていた。
誰が捨てたかなんてわからない。
だから私は2人の双子を自分の子供のように育ててきた。
「アルター、なんで死んじまったんだい」
私がもっとキツく教えておかなきゃならなかったのか。
私の教育が悪かったせいで、イーシスは森に行って、アルターは死んじまったのか。
イーシスは昔から訳のわからない子だった。
間違いなく子供のはずなのに、中に大人が入ってるんじゃないかって疑うこともあった。
イーシスは私ですら知らないことを知っていたりした。
どこでそんなことを知ったのかって聞くと、商人のガーナックから聞いたって言ってたけど、ガーナックは教えてないって首を振っていた、本当不思議な子だ。
それによく教会の紙だったりペンだったりを勝手に持って行って変な模様を描いていたり、まあ、そこは子供らしくもあったか?
アルターは本当にイーシスに懐いていて、何をするにも、どこに行くにもイーシスにくっついている子だった。
イーシスがしたことはアルターもするからイーシスがいたずらするとアルターもする、本当この双子には手を焼かされた。
そしてイーシスもよく変なことをしてるけど、イーシスの影響をかなり受けているアルターも時々変なことをしでかす。
アルターが空中でくるくる回っているのを見たときは、夢でも見ているのかと思った。
アルターとイーシスは間違いなく天才だ。
これは別に我が子のように思っているから可愛いとかじゃなく、本当に天才だ。
イーシスは訳のわからないことを色々知っているし、アルターはその訳のわからないことを理解する。
それにアルターはかなり飲み込みが早くて教会の分厚い聖書を1日で覚えちまったくらいだ。
イーシスは全然覚えられなかったが。
口では覚えた覚えた言ってたけど、間違いなく覚えてなんていなかった。
だけどイーシスは口が回る、いつも気付けば納得させられていた、そして後で気づくんだ、また騙されたって。
そしてアルターはそのことに気づいている様子はないから、きっとアルターの中ではイーシスはすごい存在になっていると思う、イーシスは見栄っ張りだったから。
アルターは間違いなく天才で、イーシスは天才だけど、アルターほど頭の出来はよくなかったから、多分後何年もすればアルターはイーシスの嘘や虚言を発見して、勝手に兄離れして行くだろうって思っていたんだけど・・・。
それが、こんなことになるなんて。
イーシスはあれから部屋に入ったまま出て来ない。
いつも変なことばかりやってるし、言動も大人顔負けなんだけど、よく考えたらイーシスだってまだ6歳の子供なんだ、私は忘れていた。
まだ子供なんだから、自分がしたことの重大さを理解できていない、いや、理解したくないのかもしれない。
自分のせいで弟が死んだなんて、6歳の子供には到底受け入れられない事実だろう。
それを私たちは寄ってたかってイーシスを攻めちまった。
「私は親失格さね」
イーシスが部屋から出て来ないのは、自分を責めているからかもしれない。
口では自分は悪くないって言ってたけど、きっと認めたくないだけで、イーシスならわかっているんだろう。
今一番辛いのはイーシスだ、自分の責任で、誰よりも自分を慕っていた弟が死んだんだから。
「やっぱり様子を見に行こうか」
イーシスが心配になってきた私はイーシスたちの部屋に向かった。
「イーシス、いるかい?」
・・・返事はない。寝ているのか?
「入るよ」
部屋に入ると、ベッドでイーシスは眠っていた。
イーシスは魘されているようだった。
そして、ベッドの近くに、青い色の毛玉が転がってた。
「ん?なんだい、この毛玉は?」
「ピィ?」
毛玉が動いた。
「ヒィ!、な、なんだい兎かい、驚かせるんじゃないよ、ったく、イーシスが森で拾って来たのかい?私は動物が苦手だって言ってるのに勝手に連れて来て、うちはペット禁止だよ」
「ピィ」
「それにしても、青い毛の兎なんて珍しい、なんだろうね、[ディテクション]」
名前
種族 妖精
LV 30
HP 16437/16437
MP 31042/31042
「・・・は?」
・・えっ?何だこいつ、LV30!?ありえない、こんなレベル見たことない。
私はLV15だ、今はシスターをやっているが、昔は冒険者だった。その冒険者の中でも中堅より上の実力を私は持っていた。
勿論、私より強い奴なんていくらでもいたけど、それでもLV30なんて敵でも味方でも見たことがない。
そして、妖精だって?動物じゃ、兎じゃないのかい?
ああ、確か妖精は姿形がそれぞれ違ってて、人間の前に現れることなんて滅多にない種族だったはず。
その妖精が、イーシスを守るように私の前に立ちふさがった。
「ピィ!ピィィ!」
私に対して妖精は威嚇をしている。
見た目はこんなちゃっちい兎なのに、戦えば確実に私は負ける。それだけ、レベル差っていうのは大きいものなんだ。
・・・ああ、そうか、なんでイーシスが生きているのかが分かった、あの森で何日間もどうやって生き残っていたのか。
きっとこの青い毛の兎がイーシスを守ってくれていたんだ。
「ありがとね」
「ピィ?」
「イーシスを守ってくれたんだろう?ありがとう、アンタのおかげでイーシスが生きていてくれたんだ、本当にありがとう」
「ピィ?」
私の感謝は伝わっていないようだ。
くぅー。
青い毛の兎のお腹が小さくなった
「お腹空いているのかい?今食事を持ってくるから、ちょっと待っててな」
私は兎に食事を与えた。
その日はアルターは目を覚まさなかった。
次の日の朝、私はイーシスの様子を確認しに行った。
「・・が悪・・だ、・・が・いん・」
部屋からイーシスの声が聞こえる。どうやらイーシスは目を覚ましたようだ。
「・・が悪いんだ、・・が悪いんだ」
まだ自分の非を認められていないのか、それとも本当にイーシスは悪くない?
いや、自分が悪いって言ってるのか?
部屋に近づくにつれて、だんだんはっきり聞こえるようになってきた。
「・・が悪いんだ、僕が悪いんだ」
やっぱり、イーシスには分かってたんだ、でもそれを受け入れることができ・・・ん?僕だって?
私は部屋の前まで来て、聞き耳を立てた。
この教会の壁は薄い、だから部屋の隣まで声が聞こえる。
「全部、僕が悪いんだ、僕がお兄ちゃんについて行ったから、僕がすぐに逃げなかったから、僕が震えているだけで何もしなかったから」
僕?お兄ちゃん?何を、何言ってるんだ、イーシスは自分のことを俺という、それにイーシスには兄なんていない、僕っていうのは、そして兄がいるのは・・・それだとまるで、
「お兄ちゃんが死んだのは、全部僕が悪いんだ」
・・・!?あ、ああ、まさか、まさか!
・・・アルター、だったのか?
「だから僕は、お兄ちゃんの夢を叶えるんだ、僕がお兄ちゃんになって叶えるんだ、僕は、いや、俺はイーシス・カイだ」
・・・アンタはアルターで、死んだのはイーシス・・・村に帰ってきた時、アルターが悪いって言ったのは、全部自分を責めていただけだったのか?
「・・・私は本当に親失格さね、自分が本当の子供のように思っている子を見分けることすらできないなんて」
そしてイーシスが死んで悲しんでいるアルターに、私たちはイーシスが悪いって言った、アルターにとっては自分が怒られるより兄を悪く言われる方が嫌なはず、だからあんなことを言ったのか。
誤解していた。私達は誤解をしていた。責任逃れをしていたんじゃない、アルターは寧ろ自分しか責めていなかったんだ。
アルターはきっと、イーシスが死んだことに耐えられなかった。だから自分がイーシスになることで誤魔化しているんだ。自分を殺してイーシスになることで。
でもそんなの間違っている。
それだと自分が、アルターが幸せになんてなれない。
でも、イーシスになることをやめろって、自分の人生を生きろって言って大丈夫なのか?
いや、きっとアルターは耐えられない。
アルターにとってイーシスは誰よりも親しく、誰よりも信じていて、イーシスがアルターの全てだったんだ。
今はダメだ、もっと時間が経って、傷が癒えてからじゃないと、最悪アルターが自殺しちまいかねない。
私もしばらくはイーシスと思って接しよう。
これでいいのかなんてわからない、本当に親っていうのは難しい。
私は部屋から離れて行った。
食事の用意が出来た頃、アルターが部屋から出て来た。青い毛の兎を連れて。
「おはようシスター」
「ア、イーシス、おはよう」
「コイツ飼うぞ、いいよな」
イーシスは唐突にそんなことを言い出した。
「ああ、構わないさね」
「ん?シスターは動物苦手じゃないのか?」
「確かに苦手さ、だけどその子は特別だよ」
イーシスを、いや、アルターを守ってくれたんだ。息子の命の恩人を無下にはできない。
「ありがとうね」
「?お前、俺が寝ている間に何かシスターにやったのか?」
「ピィ?」
「・・・お前、言葉話せるようになれよ、俺に何も伝わって来ないから」
・・・自分を守ってくれた妖精に対してすごい言い草だ、もしこの妖精が怒り出したらどうするんだ。
「ピィ!」
「ま、ゆっくりでいいさ」
良かった、この妖精が暴れ出したら村の誰も止められないから、気にしていなさそうで本当に良かった。
今のやりとりを見ていると、どちらかというとイーシスの方が兎より発言力が高そうに見えるけど、まあイーシスなら変にへりくだったりはしないか。
きっとアルターもそれを真似しているんだろう。
この妖精が寛容で助かった。