第一章 山奥の名もなき集落
この作品は粗筋を先に章立てして、合間に肉付けをしていくという小説家になろうではおそらく非標準的な書き進め方をします。そのため、常にネタバレ状態が続くことになることを初期の読者の皆様にはご了承願います。肉付けをするときに、各箇所のディテールも随時変更を加えていきます。一つの作品を読むという意味では、フラストレーションの募る方法だということも意識しています。
古い古い武家屋敷の一番奥まった場所にある道場へと続く長い長い廊下を真央は忍び足で歩く。鬱蒼とした竹林を右に見ながら。林を抜ける風の音に合わせて運ぶ足は、遅々として進まない。なんて長々しい廊下なんだ。住民も10人ほどしかいない、こんなに小さな山奥の集落になぜこんなに沢山の部屋が続く武家屋敷がなくてはならなかったのかは謎だ。これだけの距離を歩いても人っ子一人出くわさないのだから余計に不思議だ。
やっとこ、道場の広い入り口とそこに座禅を組む幼馴染の後ろ姿が見えるところまで来た。真央の幼馴染は不思議な人だ。まるで背中に目がついているかのように、常に身の回りが見えているかのような行動を取る。誰かが音もなくなにかを投げつけようとしても、そよ風に揺れる羽毛のようにすんなり自然に身を躱してしまう。
ところが、何故か彼にとって真央だけはまるで存在していないかのように感じるらしい。それが可笑しくてたまらないので、こうやってときどき彼に忍び寄ってはいたずらをするのを日課にしている。
手に持っているゴムボールを彼の頭上に弧を描いて投げた。ボールはテンテンという音を立て床をはずむ。ボールに顔を向けた彼の背にその瞬間「わっ」と言って跳躍し彼の背中に体重を預けた。一瞬びくっという反応はあったが、抗う様子はない。抗われては僕が困る。いたずらをするのに痛い目にあいたくはない。
「もうっ、真央ちゃんはいつもいつも。僕がここで座禅してるのが分かっちゃうのはどうしても不思議だよ。」
腕を首に回し、彼の背中にもたれ掛かりながら、
「ううん、なぜなんだろうね、タケちゃんがどこで何をしているのか、いつも分かっちゃうの。幼馴染だからだろうか。」
「どうでもいいけど、離れてよ。なんだか変な感じがする。」
「いや。もうちょっとだけ。せっかくお気に入りのカシミアセーター着てきたんだから、タケちゃんにおすそ分け。」
冷え冷えとしたタケルの体が、自分の体温で少し温まるのを感じる。首に回した腕にぎゅっと力を入れて離れたくないと意思表示をした。
この人口10人程度の小さな集落で、子供はずっとタケルと真央だけだった。物心ついたときにはすでに二人は同じ場所にいた。学校というものもなく、タケルの母がずっとホームスクーリングをしてくれている。しかし、その教科といえば文部科学省の学習指導要領から遠くかけ離れているものであることを二人が知る由もない。
そんな二人だが、10代にもなって思春期に入り、子犬がじゃれ合うような接し方は徐々に変化しはじめていた。その理由はまだわからないのだが、真央はそのことにうっすらと寂しさを感じていた。
少し顔を赤らめたタケルは、真央の腕に前腕を合わせてくるりと身体を回すことでやさしく真央の抱擁を逃れた。
「もうタケルってば。」
「ごめん」と恥ずかしそうに微笑んだ。