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  作者: 橋本 直
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鳥 1

 鬱蒼とした森の中を砂利道が続いている。Tは何処までと無くジープを走らせていく。俺はその手慣れた運転に感心しながらあたりの森を眺めていた。砂利の粒は不揃いでタイヤが大きめの石を踏みつける度に前輪が軽く跳ね上がる。助手席では俺の撮影助手である吉岡が、振動を受ける度に窓ガラスに頭を打ちつけていた。車内の三人の砂にまみれた頭からは吉岡の頭のたてる軽薄そうなドラムにあわせるかのように黄色い砂埃が巻き上げられる。俺は胸のポケットに手をやって煙草のあることを確認し、ようやく気を落ちつける。

 狭い四輪駆動車の中は、熱帯の樹木が切れて差し込んでくる日差しにゆっくりと蒸しあげられて、その暑さは我慢の限界に達してきている。かといって三人とも雲のように虫が群がっているのが気になって窓を開ける気にはならない。三人の額に汗が流れ、その上に車内を舞う細かい砂の粒が粘りつき、お互いの顔が黄色く染まっていることが判る。窓ガラスは今にも曇りそうだ。

「後、少し行くと道が良くなる筈ですから、それまで我慢してください」 


 いつもは必要のない言葉を吐かない通訳兼案内人のTまでがそんなことを言って慰めてくれるのは、バックミラーに映る俺の顔がよっぽど不機嫌そうに見えたからなのだろう。吉岡は助手席の窓に顔を押付けるようにして俺と眼を合わせないようにしている。自分が言い出したこの旅の責任をそのはじめから取る気にはなれないのだろう。読みかけのガイドブックに描かれた蝶の絵だけが吉田の悲しい意図を教えてくれる。

 もう朝とは呼べない時間だった。四時間は森の中の緩やかな坂道を登り続けているはずだ。森の木が次第に疎らになってきたようで、窓に日差しが差し込むことも多くなり始めた。次々に流れていく風景が次第に立体的になっていく様を見ながら初めて俺は自分が高原の住人になったことを知った。

「もう少しで本道にでます」 

 Tはハンドルを急に切って横道に入り込む。振動が三人を襲う。俺は横に積み上げられたアタッシュケースの山を押さえる。吉岡は読みかけのガイドブックから手を離し、慌てて手すりにしがみついた。一撃、二撃。ケースの山が上滑りする度に俺の頭にぶち当たってくる。

 車体が右に大きく軋み、振動が急に止む。白い光に一瞬幻惑された後、まるでスクリーンに映し出されたような巨大な山陰が映し出される。俺は窓を開けて身を乗り出す。道が一方を断崖に、一方を低木の生える山に沿って続いている。時折向こうの山の上にちらちらと兵士の体が浮かんでは消える。土嚢を積み上げた対空砲陣地の周りでは談笑しているらしい兵士達がこちらに向かって銃を振って見せる。

「ここはDとの国境に通じる道ですから比較的整備されているんですよ」 

 吉岡は窓を開けて手を振り返した後、久しぶりの一服、煙が思い切り肺に広がっていくのがわかる。

「ここからどれくらいかかるんだ」 

 Tは何も聞こえていないかのように崖に沿って車を全速力で走らせていく。森林を抜けてから開けっ放した車の窓から入ってくる風が硝煙の匂いがするように感じるのはきっと気のせいだろう。高山の空気が少し黄ばんで見えるのは俺の眼が濁っているからに違いない、などと莫迦な空想が次々と頭をよぎる。

 ただ道は潅木の茂る崖に沿って曲がりながら伸びている。吉岡はガイドブックの下にあった漫画雑誌を取り出して読み始める。俺は俺であたりの山陰を眺めていた。塹壕から砲塔出した戦車の上で一人の兵士がぼんやり空を眺めている。俺も釣られて何となく空を見上げた。白い雲が一つだけ限りなく青い高山の空の中に浮かんでいる。俺は吸殻を窓の外へと弾いた。

 その時だった。Tが急ブレーキを踏んだ。俺の身体が運転席にたたきつけられ、その反動で一番上のアタッシュケースが滑り落ちる。蓋が開き、中からフィルムケースが足下に散る。俺は驚いて前を見た。ぼんやりと漫画本を読んでいた吉田がダッシュボードに頭を打ちつけて何やらうめいている。

「ちょっと待ってください」 

 軽く肩に向かって伸ばされた俺の手を払いのけると、Tはダッシュボードの中から拳銃を取り出した。黒く光るその銃身を見て吉岡は身をすくめる。運転席のドアが素早く開かれTの細い身体がそのあいだをすり抜けて行く。慌てて俺もドアを押しあけ、Tの後を追って走っていった。

 慣れた足どりで走っていくTの先に、何か茶色い丸いものが動いていた。射程距離まで近づいたのかTは急に立ち止まって崖下に逃れようとする影に狙いを付ける。乾いた弾丸の発射音が谷間にこだまする。弾は手前に逸れて、アスファルトの上を跳ね上がる。



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