魔王! 歴史を知る!
「あの、これはその……」
女の子は激しく動揺して落ち着きを無くしている。あまりにも大げさなので、つい心が和んでしまった。彼女には癒し手の素質があるのかもしれない。おかげでぼくは余裕を持って対処することができそうだ。
「昨日は突然ごめん。あれは」
「その! 私、この町には来たばかりなので、町のことを知らなきゃと思って! ここに!」
先手を打たれてしまった。
「えーと歴史、歴史の棚は、と。歴史! 調べに来たんですよね?」
なぜか強引に別の棚へと移動させられる。
「まずは、この世界の歴史からおさらいしましょう!」
明らかにごまかした様子だが、ちょうどぼくも歴史は調べようと思っていた。聞ける時に聞いておこう。
「この世界では定期的に魔王が復活して、勇者に倒される、だっけ?」
自分で言って、あまりいい気はしないな……。
「そうです! この年表を見てみましょう」
癒し手は本棚から取り出した一冊の本を開いた。
その本によると、昔は各国間での戦乱が長く続いていたらしく、資料も散逸してあまり残っていないらしい。年表も五百年ほど前から始まっていた。ぼくの世界なら戦国時代頃だろうかと、なんとなく納得する。
ちょうどその頃に最初の魔王が現れ、勇者を旗印にした各国連合との戦いが始まった。その後、勇者と魔王の戦いが繰り返されたことから後世のための資料保存が行われるようになり、こうして年表が残されているようだ。
「魔王を倒した勇者は特別な力で魔王を封印するんだって」
癒し手が言う。本にもそのような事が書いてある。封印の力は勇者が生きる限り続くらしく、勇者が亡くなってしばらくすると、封印が解けて新しい魔王が生まれるのだそうだ。つまり、ぼくがいるということは、最近、先代の勇者が亡くなったのだろう。
「それで、魔王国に近いこの町は物価が安くなって、私も、あなたもここに来たんでしょ?」
「まあ、そんなところかな」
「私達、同じだね!」
気が付けばぼくと癒し手は自然に会話をしていた。つまり、昨日の事は水に流してくれたと言うことだ。
「私の家は、この町で花屋を始める予定なんだ」
「家族かー。ぼくも結婚したら家族が」
「次はこの町の歴史を学びましょう!」
あ、やっぱりダメらしい。
「この町は確かに魔王国に近いけど、これまで実際に被害にあったことはほとんど無いんだよ。だから大丈夫」
「大丈夫だろうね」
当の魔王がろくに仕事もせずにここにいるのだから、この町が被害に遭うはずがない。
しばらく安全神話で盛り上がっていると、突然横から声を掛けられる。
「そろそろ閉めますけど、何か借りて行きますか?」
受付にいた紫髪の女の人だ。司書と呼ぶんだっけ。本棚へ戻そうとしていたのか、何冊もの本を抱えている。ぼくはその中に「千年の戦い」という本があることに気付いた。例の「魔王著」だ。
「無いですけど、その魔王の本って何ですか?」
「これ? なんかみすぼらしい格好の男の子が無理矢理置いていったのよ。お金は払えないって言ってるのに押し付けてきて……。でも、つい読んじゃいましたけど」
司書はニコニコと笑う。たぶん、本が好きで仕方ないんだろう。
「どういう内容なんです?」
「何代か前の魔王の自伝らしいけど、女々しい言い訳って感じの内容で正直つまらなかったわ。魔王はなぜ勇者に敗れる運命なのか? って、それは魔王だからと決まっているのに」
当然とはいえ、魔王に対する風当たりは冷たい。
「では、また来て下さいね。可愛い彼女さんともご一緒に」
司書はぼく達を図書館の入り口まで見送ってくれた。癒し手は顔を真っ赤にしていた。
外はもう陽が落ちかかっていて、空の半分が黒く染まっていた。
「あの……、明日また会える?」
癒し手が小声で言う。もちろん! と言いたい所だが、明日も風帝を使うと過労死してしまいそうだ。
「広場の噴水前で、待ってる。それじゃあね!」
それだけ言うと、癒し手は昨日のように返事をする間もなく去っていった。
魔王城の皆に負担をかけず、彼女とのデートを実現するためにはどうすれば?