魔王! 図書館へ行く!
魔王城の食卓では炎帝が軍の新しい制度について語っていた。
「だから、オレは兵士達の強さに応じた色の鎧を身に付けさせたい」
「一目で身分を分からせようという策だな」
「そう、より強い奴に会いに行けるのだ!」
「しかし、それでは誰が弱いかも敵に分かってしまうのではないでしょうか」
「そこでおれが最弱の鎧を着て騙し討ちにするのはどうだろうか」
「卑怯者の雷帝め! オレはただ熱いバトルをしたいのだ」
こうやって色違いの敵キャラが生まれているんだな、と、ぼくは上の空で聞いていた。
なんとなくこの世界にも慣れてきて、町にも出て分かったような気になっていたが、ここは異世界だし、ぼくの知らない暗黙のルールがあるようだ。
たまたま無礼なナンパで済んだから良かったものの、これが相手を侮辱するような事や、顰蹙を買う行為だったらどうだろうか。どんな目に遭うのかさえ分からない。
そう考えると、ぼくはこの世界で一体どうすればいいのかも分からず、ただただ恐ろしい気持ちになっていた。
「そういえば、陛下は町の図書館には行かれましたか?」
食器を片付けていた召使いが唐突に言った。ぼくが明らかに知らなさそうな素振りをしたのを見て続ける。
「この世界の歴史から礼儀作法まで、一通りの本が揃っているそうですよ」
図書館。そんなものがあるとは考えなかった。
「そういう文化は進んでるんだな」
「はい、定期的に魔王が復活しますので。それを知らせ、後世に伝えるために出版技術が重要視され、書籍は広く公開されているんですよ」
魔王の介入によって発展した文化ということか。そういえば魔王自身も小難しい本を書いていたな。
「じゃあ、明日も町に連れて行ってもらっていいかな」
「マジで! 勘弁してくださいよー!」
ゲッソリした様子で黙々と食事を続けていた風帝が声を上げた。
「買い出しの予定は無いのですが、陛下のご命令とあらば」
召使いは風帝の方に鳥仮面のくちばしを向ける。しばらく沈黙が続く。
「拒否権は無いんだよなー!」
風帝はムンクの叫び感を高めて椅子の上を崩れ落ちていった。
そうしてぼくは翌日も「はじまりの町」へと上陸した。
「とか言って本当は昨日の女性が目当てですよね。なんなら結婚なさるのですね」
召使いが何かを言っていたが、ぼくは無視した。
彼女には失礼な事をしてしまい、謝りたい気持ちはもちろんある。しかし、まずはこの世界を知っておかないと、このままでは本当に何一つ行動が起こせない。
事前に聞いたとおり、町の大通りに沿って歩いていくと、図書館はすぐに見つかった。
受付に座る紫髪のニコニコした女性の様子を窺いながら中に入る。特に入館処理とかは必要無さそうだ。
まずは気になっていた礼儀作法の本を探そう。ジャンルの棚を探すと「勇者必読! 20のマナー」というド直球な本が見つかった。「モテる男」のような意味で勇者という言葉が使われているのは魔王としては複雑な気持ちだ。
ページを開くや否や「マナーその一、名前を聞いてはいけない」と来た。魔法が使えるこの世界では、相手に真の名前を教えることは、あらゆる祝福や呪いの対象となることを受け入れる覚悟があることを示すのだという。
しかし、その二以降は意外にも、ぼくの世界のマナーと大差無いものだった。「感謝の気持ちは素直に伝えよう」みたいな内容で拍子抜けした。ちょうどピンポイントで地雷を踏んでしまったというわけか……。
本を戻し、ふと隣の棚を見ると「結婚・育児」のジャンルだった。この世界で結婚か。そのうち元の世界に戻されるのかもしれないし、気が早い気もするが、つい興味で適当な一冊を手にとってしまう。
それ婚姻たるもの、仲睦まじき男女の最上なる愛を以て生涯の伴侶となし――
どうもこの世界には小難しい本が多いらしい。さっきの本のように分かりやすい本もあったことだし、新しそうな本を探そう。
結婚ジャンルの棚に並ぶ本を追いかけていると、同じ棚の本を探していたらしい人にぶつかってしまった。
「あっ、すみま……」
言いかけて言葉に詰まってしまったのは、相手が小柄な銀髪ロングの――昨日の女の子だったからだ。