魔王! 人を助ける!
町外れの砂浜に船を着けて、ぼく達は港町に足を踏み入れた。
港には何隻かの船の帆がはためいている。ここから船旅に出る者も多いことから、この町は「はじまりの町」と呼ばれているそうだ。これは後から思い返してみれば、これ以上無いぐらいの呼び名だった。
「それでは、私は食材の方を見て参りますので」
召使いはそう告げると、露店の並ぶ通りへと消えていった。あの鳥仮面はそのままで大丈夫なんだろうか。
ちなみに、風帝は船で待機している。さすがに魔王国の四天王が町を歩いていたら大事件だ。それに、絶妙な風のコントロールは意外と魔力を消耗するようで、帰りまでに休んで回復させておきたいとのことだった。
ぼくは町を散歩することにした。どうせ知らない世界だし、可愛い女の子がいたら声を掛けてもいいかもしれない。そして魔王城に……、いや、それはまずいんだった。
露店の賑やかな雰囲気はちょっとハードルが高かったので、落ち着いた商店を眺めて歩く。
窓越しに雑貨屋の品揃えを見ると、この世界の文化レベルが大体掴めてくる。アンティークな品物が多い。町並みもテレビで見た昔ながらのヨーロッパという雰囲気だ。ゲームのような感じという理解でいいだろう。
小じゃれた画廊なんかもある。今時見ないような、この世界には却ってピッタリのレトロな丸眼鏡の女性店員が、ちょうど通りかかった女の子に声を掛けていた。
ぼくとほとんど同年代に見えるその子は、周りを珍しげに見回しながら、店員に誘われるがままに画廊の中へと入ってしまった。ぼくは嫌な予感がして、その後を追って画廊に足を踏み入れた。
「こういう名所や、知らない場所の絵を目の前にすると、なんだかワクワクしてきません?」
「んー」
黒髪を後ろで束ねた眼鏡の店員と、銀髪ロングの女の子、どちらも美人だが、別に下心があったわけではない。
「この絵の中で一番行ってみたい場所を選ぶとしたら、どうします?」
並べられた絵は、水彩画だろうか、ほとんどが風景を描いたもので、そこには必ず一人の少女が立っている。風景は露店の人混みであったり、森の中であったり、古代遺跡のような場所であったり、確かにワクワクしないでもない。
「分からないけど、この町の絵かなあ」
「よくお気づきになりましたね! それはこの町を描いた作品ですよ。思い出の記録にもなりますね。奥に専用の鑑賞室がありますから、そちらでもっとよく見てみません?」
店員はその絵を外すと明らかに怪しい店の奥へと誘う。間違いない、これは高額な絵を売りつける悪徳商法だ。
「あの、すみません」
ぼくは声を掛けた。店員は初めてぼくの存在に気付いたようで、一瞬驚いた素振りを見せた。
「ここにある絵、どれも凄く綺麗だと思います。心を動かされるというか、気持ちをこめて描いてるんだろうなって伝わります。でも、ぼくたちは用事があるので、またの機会にお願いしますね」
そう言うと、ぼくは女の子に外に出るよう促した。店員は無下に断られたことがショックだったのか、戸惑いを隠せない表情で、この手の店にしては珍しく、食い下がろうともしてこなかった。
そうしてぼくと女の子は店の外へ出た。女の子も何が何だか分からないといった風だ。
「危なかったね。あのまま奥に行ったらなんだかんだで絵を買わされてたよ。あれはああいう手口なんだ」
「んー?」
女の子は困ったような顔でぼくを見上げる。
「私、この町には引っ越してきたばかりで、よく分からなくて……」
「ぼくも今日初めてこの町に来たんだ。でも、賑やかな町には危険が多いから注意しないとダメだよ」
「そうですね……」
多分、初めての町に胸を躍らせていたのだろう。急に水を差されたせいか、女の子はしゅんとしてしまった。
「それでも、被害が無くて良かったよ! これからは気をつけようね」
ぼくが元気づけると、女の子は頷いて微笑んだ。感情の動きが激しい子なのかもしれない。ぼくはこの子ともう少し仲良くなりたいと思った。
「こうして出会ったのも何かの縁だし、名前を教えてくれない? ぼくは――」
言い終える前に、
「は、はい! 気をつけます!」
女の子は突然慌てふためいた感じで小走りに逃げ去ってしまった。
先の件もあるし、勧誘かナンパかと思われてしまったみたいだ。後者には違いないが。
「何か良いことでもありましたか?」
帰りの船中で召使いに尋ねられたので、画廊の話と、女の子に名前を聞いたら逃げられてしまった話を伝えた。
「そりゃそうですよ。相手に名を尋ねることは相手の全てを知ること、つまり結婚を申し込んだってことですね」
「はあ!?」