魔王! 船に乗る!
ぼくは魔王国の唯一にして最高のエンジンで動くボートに乗り、海向こうの町へ向かっていた。
今日はパジャマではなく、召使いが用意してくれた冒険者系の服に着替えている。こうして、それっぽい格好をしていると、なんだかこの世界に受け入れられたような気がしてくる。
一方で、明らかにぼくの住んでいた世界とは異なる外の風景をいざ目の前にすると、本当に異世界に来てしまったのだという実感も湧いてくる。
昨晩なんかは外出が恐ろしくて、ひたすら護身術について検索してしまった。なんだかんだ言っても見知らぬ土地だ。何か行動を起こすには常に不安がつきまとう。
とか言いながら召使いに連れられるがままに気付くと船上の人となっていた。
「陛下の格好、なかなかお似合いですよ!」
魔王国の誇る最先端エンジンこと、風帝が言った。
彼は船尾から後方へ向かって風の魔法を放ち続けているのだ。ぼくはこの時はじめて魔法というものを目にしたが、なるほど原理は不明だ。しかし、原付で走る程度の速度で船は確かに走っている。
「なんか魔法の無駄遣いって気がするなあ」
というのが正直な感想だった。
「帆を張ると目立ちますので。あまり堂々と我が国との往来を示してしまうと向こうもやりづらいということで、風帝様に協力頂いているのです」
「これほど安定して風をコントロール出来るのは、このワタシぐらいのもんですからね!」
風帝は得意げだが、四天王って……。
「ここは波も荒いですし、昔は何人もの奴隷が漕いで、もっと時間をかけて渡っていたようですよ」
四天王は奴隷の代わり。ぼくは記憶にメモをした。
周囲の海は大きく波がうねっているが、その奴隷……風帝のおかげで船は波の上を滑るように走る。揺れも少なくて快適だ。我が国が誇る最高のエンジンだけのことはある。
「そういえば、昨日のハンバーグなんだけど、この世界でもああいう料理あるの?」
風景も見飽きてきたので、ぼくはインターネット盗聴疑惑について鎌をかけてみることにした。
「お口に合いませんでしたか? 魔界の料理に近付けようとしたのですが……」
「いや、味は最高だったよ。でも、どこでその料理を覚えたの?」
「それは……特に最近なんですが、頭の中に突然設計図が閃くことがあるのです。私はこれを、魔界のレシピと読んでいます。設計図とだいたいの材料があれば魔法で組み立てができますので、まず一度作ってみて、その後、同じ味になるように料理しなおしているんです」
さらっと魔法の話が出てきたが、彼の話を信じるならば意図的な盗聴ではなく、ぼくの通信がたまたま混線してしまったということだろうか。
「魔法で作れるなら、わざわざ料理しなおさなくていいじゃん」
「一つの設計書から作った物は同時に一つしか存在できないのです。ですから、その味を元にして皆さんの分の料理を作り直しているのです。それに、魔法に頼っていてはいい料理が作れないでしょう?」
召使いの魔法には色々と制限があるみたいだし、料理人としてのこだわりもあるらしい。
「そいつ、今の魔王城も建てたんだよ! 一瞬で!」
風帝が振り返りもせずに口を挟んだ。
「設計図は代々受け継がれていますし、私の頭の中に入ってますから。材料も粉々になった前の城がありましたし」
魔王城はいつも勇者に破壊されると聞いていたが、今は何事も無く再建されているのは、彼の魔法によるものだったということか。
「その魔法ってめちゃくちゃスゴくないか?」
「いえ、私はしょせん設計図通りに作ることしかできませんから、自在に魔力を操れる四天王の皆さんとは比べものになりませんよ」
あの魔王城が魔法で作られたという事実には驚いたが、この世界の魔法の力をぼくはまだよく知らない。これくらいの魔法なら皆が使えるのかもしれない。だとすれば、ぼくが魔法も何も使えないことに氷帝がガッカリしてしまうのも仕方がない気がする。
「まー、そんな変な魔法使えるのはそいつだけなんだけどね!」
「あ、そろそろ着きますよ」
港町はもう目の前だった。