魔王! 城を散策する!
ぼくが魔王城と呼ぶこの建物は、だいたい巻き貝のような形をしており、その頂点には四方を見渡せる見張り台がある。ここから見た魔王国の領土は薄暗く、遠目に見ても荒れ果てていた。
「たしかに、ここは異世界だな」
反対側を覗くと、そちらの眼下には海が広がっている。海を挟んで対岸には港町があるように見えた。
「あの町は我が国との唯一の貿易港です。滅ぼすのは後にしたほうが良いですよ」
召使いが恐ろしいことを言う。
魔王国の領土は一つの島のようになっていて、それを取り囲むように大陸が連なり、そこには魔王国と敵対する三つの国があるという。領土の北端に位置する魔王城とは正反対の南端が大陸には最も近く、そこは遠浅となっていることもあり、往来が最も多い。つまり、大陸との争いの最前線となっている。
一方で魔王国は海軍力を持たないことから、北方の海を挟んだ対岸との関係は敵国とはいえそれほど険悪でもない。向こうに見える港町では小規模かつ正当な取引であれば黙認されているという状況であるらしい。
「もし興味をお持ちでしたら、今度お連れしますよ」
滅ぼす気は無いので、遊びに行ってみよう。
さて、この見張り台だが、その他の居住ブロックとは独立しており、一度一階まで降りなければ他の部屋に行くことはできない。見張りの兵が居住ブロックをうろついていては落ち着かないので、快適な住環境のための配慮だろう。
一階へ下りると城の入口付近に出る。この大きな扉の向こうでは見張りの兵達が日々監視を行っているそうだが、
「外はヤバイです。うかつに出歩くのは危ないですし、迷います」
との召使いの助言により、この外へ出たことはない。振り返って城の奥へ進むと大広間に出る。ここはぼくが目を覚ました玉座のある場所で、いわゆる謁見の間となっている。この世界に来てもう十日ほどになるが、未だ謁見者が来たことはない。四天王ともだいたい食堂で謁見する。
玉座の左右の扉から奥へ進むと螺旋状に廊下が延びており、地下の大浴場や、二階の食堂へと進むことができる。食堂のドアをスルーして三階へと進むと、召使いの作業場に通じる道や、なんだか分からない小部屋へと枝分かれしており、その先にぼくの部屋がある。
ぼくの部屋の手前は書庫になっているようで、書棚には鎖につながれた書物が何冊か置かれていた。
ふと目に付いた「千年の戦い 魔王著」という書物を手にして開いてみる。
春風は微かなれども夏の梢に宿りて幹へと至りしが。今、勇みたる者襲い来たりて我が国へ至る。違わず風の如し。余、魔の国にて幾年かを過ごしつ。悠遠の昔より脈々と継がれたる戦火の因縁なれども、いささかの疑念ありて闡明の不軌を企まんとす。抑も余の望みし国体なるは皇国の如きを以て――
うーん……。ぼくはそっと本を戻した。
その日の食卓にはハンバーグらしき物体が並んでいた。そういえば昨日、レシピを検索した記憶がある。ちょっと嫌な気分になりつつも、好物の登場には素直に喜ぶことにした。今日は珍しく四天王も全員揃っている。
「ところで、書庫にある本なんだけど」
読むのダルいし、内容を知ってたら教えてもらおうかなと、ぼくは軽い気持ちで尋ねた。
「お読みになったのですか!?」
突然、氷帝が険しい表情をする。ぼくは思わず首を横に振った。
「気になさらない方がよろしいですよ。あれは先代の王子――先代魔王の息子から寄贈されたものです。無下にもできませんので、ああして置いているだけです」
なにか、とても忌々しいことを思い出したといった風だ。
「あの腰抜けの話はやめてくれ、飯がまずくなる」
炎帝も露骨に嫌な顔をしている。
「そんなことより女の一人でも連れ込んだらどうです? 何ならサラってきましょうか!」
「誘拐ならおれに任せてくれ。陛下はどんな女が好みだ?」
風帝が明らかに話を逸らし、雷帝はそれに乗った。先代の王子には触れてはならないようだ。
「誘拐とかそういうのはちょっと」
だいたい、そうやって羽目を外して返り討ちに遭うのは勘弁である。
「それなら明日、海向こうの町に買い出しに行きますので、陛下もいかがです? ここよりは華やかですよ」
召使いまで話に参加する。確かに城内には飽きてきたし、それには是非ご一緒したい。
しかし、先代の王子とは何者で、なぜこれほど嫌がられているのだろうか。
謎が一つ増えてしまった。