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彫像シリーズ(冬の童話祭まとめ)

水晶の彫像

作者: サトム

 私、世間一般の皆様には『幻の彫刻家』と呼ばれております。世界の全てを知る(と言われている)七賢人の一人ですが、知名度は目の前に座る美女の足下にも及びません。もちろん世界の全てを知っているわけがなく、私が彼女に勝るものがあるとすれば造詣の技術と寿命だけでしょうか。

 その目前の彼女の緩くウェーブの掛かった長い髪は真紅。蒼い切れ長の大きな目とすっと通った鼻梁、少し肉厚な唇は異性を惹きつけて止まず、肌は抜けるように白く染み一つありません。丸みを帯びた肩から下は残念ながらローブに覆われていますが、一緒に温泉に入った私は知っています。そこには見事な肉体美が存在することを。

 そんな完璧を絵に描いたような彼女ですが、残念ながら今は形の良い眉を下げて申し訳なさそうにこちらを見ています。その理由は同じくテーブルに着いている金髪の男性です。私の事は判らなくとも世界で指折りの魔導師である彼女を前に不機嫌さを隠そうともしない豪儀な彼は、この国の王子様。私をここに呼んだ張本人。

「ホント、ごめんね。まさかそんな依頼で私に借りを返せというとは思わなくて」

 謝罪する彼女の声は鈴を鳴らしたように軽やかです。あの声で歌うように呪文を紡ぐのですから、その姿を一度見た人々が虜になるのが判ります。

「赤の魔導師など所詮人族だろう。一国の王に借りを作るなどおこがましいにも程がある。私はお前の恥を早いうちにそそいでやっているのだ。感謝してもらいたいくらいだよ」

 不遜な物言いに『赤の魔導師』の異名を持つ彼女の指が小さく反応したのを見て、私はため息を吐きながら自分がここに呼ばれた理由に目をやりました。

 部屋の中央に置かれていたのは水晶の彫像。幸せそうに微笑む女性の姿をしたソレは私が過去に彫ったもので、今回呼び出されたのはこれに瞳を彫り込めというものだったのです。

 しかも赤の魔導師である彼女は、とある事件の際にこの国の王族の一人に作った借りがありました。その王族はすでに亡くなっていますが、血縁でもある彼がそれを返せという名目で『幻の彫刻家に瞳を彫らせる』という契約を無理矢理させられたのです。魔術師の契約は絶対です。破れば契約の程度によりますが面倒な呪いが降りかかります。それがこの世の理だからです。

 ですが私はこの彫像に目を彫りたくはありませんでした。これを彫った経緯を考えれば結末が見えていたからです。ですから目を彫れば彫像が自分の意志で動き出してしまうと丁寧に説明したのですが……

「目を彫ったくらいで彫像が動くのなら重畳。逆に望みたいくらいだよ」

 この水晶の彫像に深い『愛着』と『愛情』を持っていらっしゃる、ちょっとマニアックな王子様はこちらの説得に耳を貸さないばかりか、赤の彼女を使って脅しまでかけてくる始末。契約中の彼女も動くに動けない状況に、私はこうなることを見越してこれを彫らせたのではないだろうな……と、この彫像を彫るように依頼してきた彼の顔を思い出したのでした。

「拒否し続けるのならお前を一生牢屋に入れて他の彫刻師に命令するだけだ。それに幻の彫刻師などと大袈裟な通り名だな。ただの生意気で嘘つきな小娘だったと言いふらしてやる」

 なにやら傲慢に言い放つ王子様ですがその辺はどうでもいいのでスルーすることにします。話し方に多少むかつきを感じますが権力を持つ人間というのは多かれ少なかれ変人なのです。そして彼の言葉も水晶の彫像に恋をした哀れな男のものだと思うと、不思議と生暖かい目で見ることができるのですから。

 問題は契約で縛られている赤の彼女です。古い友人でもあり、深い理解者でもあり、同じ七賢人と呼ばれている彼女を放って帰ることなどできません。第一赤の魔導師と呼ばれる存在が本気で引き留めようと思えば、私がこの城から出ることは一生できないでしょう。

 そういうわけで選択の余地はないようです。一応警告はしたのだし、目を彫った後にどうなろうとも私の知った事じゃありません。命を吹き込んだら、その後はこの女性の自由なのですから。

 用意してあった脚立に上がると、どこからか取りだした小型の刃物をそっと彫像の目に当てます。この姿の彼女が何を想っていたのか、この視線の先に誰がいたのかを知っていますから、複雑な気持ちで『翡翠の目』を彫り込んでいきました。

 やがて彼女の目に感情が宿ります。ゆっくりと瞬きする女性に唇だけで「自由ですよ」と呟くと、私を押しのけて金髪の王子様が熱に潤んだ目で彼女を見上げました。

「ずっと、ずっと貴女を見てきました。早くに亡くなった曾祖母のお姿だとお聞きしてからもずっと。おかしいと思われるでしょうが私は貴女をお慕いしております」

 ゆっくりと、それでも柔らかく動く手足を確認していた彼女は、王子の熱烈な言葉が聞こえないかのように部屋をゆっくり見回してから台座を降ります。その姿に釘付けになっているうちにと目配せすると、赤の魔導師は内心の苛立ちを隠してゆっくりと微笑みました。

「契約は終了いたしました。私たちはこれにて失礼しますわね」

 手にした契約書の効力が消えたことを感じとって赤の彼女が手を振ると、ただそれだけで私達二人の姿が部屋から消えます。警戒していた騎士達が剣に手をかける暇もない早さだったでしょうが、王子様にとってはどうでも良いことだったようです。甘ったるい愛の言葉を囁いていた彼は、突如走り出した水晶の女性を追っていってしまいました。



「あ~あ。やっぱりそうなったか」

 道具を丁寧に片付けながら呟くと、遠見の魔導を巨大スクリーンに映していた赤の彼女が不思議そうに首を傾げる。

「こうなるの判ってたんだ?」

「うん。だから警告した」

 まるで城内をよく知っているかのように走り抜ける水晶の女性。それを追う必死の形相の王子と騎士達。まるで喜劇のような光景だが、やがて彼女は人のいない霊廟にたどり着く。続いて追いついた王子が見たのは廟に縋り付き愛おしげに微笑む水晶の彫像の姿であり、忌々しげに舌打ちすると彼は彼女の肩に手を掛ける……直前、それまでヒビ一つなかった水晶が砂の如く砕け散った。キラキラと光り輝くそれは廟の床に落ちると、やがて溶けるように消えてなくなっていく。

「どうしてこうなったわけ?」

 スクリーンの中で彫刻家を捜すように命令を下す王子と去っていく騎士達を見ながら、いつもの香草茶を自分と彼女に淹れてテーブルに座った。

「ちょっと長い話になるよ」

「どうせなら世間知らずの王子様にも聞いてもらおうか」

 赤の魔導師が綺麗な指を鳴らすと、スクリーンの中の王子がビクリと肩を揺らす。どうやら赤の彼女の言葉が聞こえたようだ。

「どうしてこの結末になったのか話してちょうだい」

 彼女の笑顔の裏に見える黒いモノを見ないようにしながら、私は自分が知っている彼等の過去を話し始めた。



 とある国に王子が二人いた。兄王子は子供の頃からリーダーシップを発揮して、それなりに聡明であり、王様に似た金髪を有していた。弟王子は何事も控えめで、それでも文武両道に秀でており、母親に似た黒髪を持っていた。将来は兄王子が王位を継ぎ、弟王子が補佐としてこの国をもり立てていってくれるだろうと誰もが期待していた。

 そんな弟王子には子供の頃から許嫁がいた。あまり位の高くない貴族の娘で、赤毛とそばかすの浮いた容姿をしていた。両親からも兄からも、もっと美しく位の高い娘を娶ったらどうかと言われたが、彼は頑なに拒み、とうとう両親を説得することに成功した。婚約の条件は弟王子が18歳になるまで婚約を公表しないこと。恐らくそれまでに心変わりをすると思われての対処だったのだろうが、意外と粘着質な気質を持っていた弟王子は5年もの月日を、ただ一途に彼女を愛し続けていた。もちろん彼女も深く弟王子を愛していた。

 やがて弟王子が間もなく18歳という頃。弟王子に会いに来ていた娘を兄王子が見かける。彼女は子供の頃からは想像できないほど美しい娘に育っていた。赤毛は艶やかな赤銅色に変わり、そばかすの浮いた面はきめの細かい白。快活だった緑の瞳は慈愛を浮かべた翡翠へと様変わりしていたのだ。

 一目見て恋に落ちた兄王子は弟王子の隠された婚約者だと知っていたにも関わらず、側近の者達を使って自分の婚約者だと大々的に公表してしまった。まるで公表するのが早い者勝ちだといわんがばかりの幼稚な手段だったが、王様がそれを否定しようとする頃には周辺諸国からも婚約の祝いが届けられる程の徹底ぶりだった。

 こうなっては後に引けないのが王族だ。今更弟王子の婚約者でした、兄王子の婚約は間違いですなどと言えるわけがない。国民も大いに喜び、国はお祝いムード一色だったのだ。

 済まないと王様は弟王子と娘に頭を下げた。王様と弟王子がどうにかして間違った事実を訂正しようと動いているうちに、兄王子は結婚の日取りまで決めてしまっていた。二人で逃げ出そうとも考えたが、その罰が親類縁者に及ぶことを考えるとそんなことを踏み切れるはずもない。無邪気に笑う生まれたばかりの姉の息子を、娘も弟王子も大好きだったのだから。

 二人は涙ながらに別れることにした。そして結婚式の前の日、これで最後だと中庭に出た娘は弟王子に微笑みながら告げる。

 私の心は永遠に貴方の傍に。

 あの彫像はその姿を彫ったものだった。



「まぁ逃げ出したくもなるわね。自分を愛した人から引き離した男の子孫の傍にいたいなんて、私なら思わないし」

 権力者が目の前にいないので言いたい放題の彫刻家。スクリーンに映った王子様は何かを怒鳴っているが、赤の魔導師は音を消して無視し続ける。

「言葉通りに、あの彫像は彼女の心を宿して愛した人の元に行ったって訳よ。だから言ったのに。目を彫れば彫像の意志で動き出すって」

 自業自得だと言い放つと赤の彼女の指が鳴った。途端にスクリーンが跡形もなく消え失せる。

「結果的にはこれで良かったんだろうけど……」

 なんとなく感じる後味の悪さにため息を吐いた彫刻師は、美貌に愉悦を浮かべた目の前の女性を見て首を傾げた。今回、彼女はあの王子に対して怒りを抱いたはずだ。なのにその美貌が曇ることなく話し終えた後からやけに機嫌がいいと突っ込むと、彼女は柔らかく笑いながら艶やかな唇に笑みを浮かべる。

「これは内緒の話よ」

 紅く綺麗に形の整えられた人差し指を唇に当て、どこでも共通のジェスチャーに興味津々で肯くと、赤の魔導師は再び指を鳴らした。スクリーンに浮かび上がったのは赤銅色の髪を持つ精悍な青年と、幸せそうな笑顔を浮かべた黒髪の女性。その腕には赤子が気持ちよさそうに眠っている。

「兄王子の隠されていた残虐性に気が付いた弟王子は、ありとあらゆるコネを使って私に依頼をしたの。一つは娘を守る事。そして兄王子が自分を殺そうとするならば、『自分たち』を死んだことにして逃がして欲しいと。弟王子が処刑された数週間後、娘は急な病で亡くなっているのよ」

 その結果が今見ている幸せそうな家族というわけだ。ちなみに青年が弟で赤子を抱いた女性が姉らしい。更に彼等に似た壮年の夫婦も現れて、みんなで新しい家族を囲んでいた。

「さすが七賢人」

 手際の良さと事実の漏洩がなかった周到さを褒めると、赤の魔導師はそんなことはないと否定する。

「その時に協力を求めたのが彼等の父親だったの。だから私はあの国の王族に借りがあったのよ」

 それを今回使われたのだと悔しそうに謝罪する彼女に、彫刻家は清々しい表情で身体を伸ばした。

「すべてハッピーエンドよ。あの彫像だって弟王子の傍に行けたんだから」


今年も懲りずに参加させていただきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ストーリーがしっかりとしていて、傲慢な王子、嫌々やる彫刻家、何か知ってそうな魔導師のキャラクターの雰囲気が伝わってきます。 [気になる点]  〖誤字訂正〗 「言葉通りに、あの彫像は彼女…
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