鬱な少年は嘘をつく
「あんたを、私が更生してあげるわ!」
「…………………………はぁぁああああああああああ!!?」
何を言ってるんだこの女は。
更生? 僕を? この女が?
「……待て待て待て! 僕はお前に更生されるほど落ちぶれちゃいない!」
「いいえ。あなたは私が更生させるわ。これは漢と漢の誓いよ!」
「誓ってないしお前は女だしいちいち硬派な言い方にしなくてい……い…………」
迂闊だった。
僕は目立ちたくなかった。
浮くのはしょうがない。でも、浮くと目立つは別物だ。
浮く、とは認識でありキャラ設定だ。だが、目立つというのは注目されるということ。
もしこれ以上、この女と話すと、僕の居場所が……。
「何よ。言いたい事があるのならはっきり言いなさいよ」
「………………」
僕はゆっくりと前に向き直し、読書を再開した。
「あんた。何をしてんのよ。今私が話してるでしょ」
「………………」
落ち着け。無闇に喋ってはダメだ。
最低限の受け答えをするんだ。そうすれば僕は被害者。人の噂も七十五日。少しの間我慢すれば、注目からも解放される。
「僕は、そういうの望んでないから」
「はぁ? 何よそれ」
言いたい事はいっぱいあった。
お前の方が更生されるべきだ。
喧嘩してた奴に更生されるところなど持ち合わせていない。
これは僕の望んだ結果だ。
世界には僕のような人種もいるんだ。
切りが無い。
そのぐらい思いつく。
でも、こういうタイプに何を言ってもダメだ。
我慢して、耐えて、飽きるのを待つしかない。
「……ふーん。あっそ。でも、私はしつこいわよ」
そう言って、炎火は自分の席、僕の後ろの席に座った。
少しして、教室もざわざわとし始める。
見て見ぬ振り。
陰口。
触らぬ神に祟りなし。
表立っては誰も動かない。それが普通だ。
だから、数秒で元に戻ったこの教室の雰囲気のように、僕のこの居心地の悪さも、どうにかなってほしい。
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昼だ。
とりあえず炎火はいつものようにパンを買いにいった。
この静かな時間のうちに、僕もご飯を食べるとしよう。
「いただきます」
レタスにウインナー。チキンナゲットにホッケの塩焼き。ご飯には振りかけがついている。
……僕も早起きして手伝いたいな。
い気持ちとは裏腹に全く結果にはつながっていないのだけれど。
「……うまい」
肉でご飯を進め醤油をレタスにかけて食べる。後味を少し堪能したあと、一緒に持ってきたお茶で口の中もリフレッシュさせる。
「ごちそうさま」
ふう。美味しかった。
本当に昼飯は心のオアシス。母さんには今日も感謝だな。
「あれ? もう食べ終わったの?」
さーて、本の続きを読むか。授業が始まってキリのいいとこまで読めなかったんだよな。
「まあいいや。じゃあ私も椅子持ってそっちで食べるわね」
えーと、ページはたしか……お、ここだここ……だあああああああああああ!!?
「おま……えは、どうしてここで食ってる」
「言ったでしょ。私はしつこいって」
「言ったけど……目立つだろ」
そう。
目立つ。
注目されている。
周りがあまりのあり得なさに驚いて、こちらに視線が集中していた。
胃がキリキリする。
やばい、早退したい。
「ここで食べなくていいだろ!」
声を抑えながら必死に怒鳴る。
こいつの行動は意味不明過ぎる!
「私がどこで食べようが勝手でしょ」
「勝手じゃない。ここは僕の席だ。僕の許可なく僕の机の上で食べるな。自分の席に戻れ」
早口でまくしたてる。
しかし、“ぼっちが緋色 炎火と会話している”話題性は僕の想像以上にあった。
今や、教室内の人の全視線がこちらに集中している。
慣れない。
「……やっぱ変ね」
「……何がだ」
「私はあなたに似たタイプと話した事があるけど、そっちの方は私が話すだけで逃げ出したわ。視線が集中しただけですぐに喋れなくなった。でも、あなたは慣れないようではあるけど、結構普通に振舞っている」
「……別に、このぐらい普通だろ。そっちの方が重度過ぎるんだよ」
たしかに、僕は過去によく注目を浴びていた。“元・親友”のせいで。
だが、そこに気づかれたのは予想外だった。
「……ここじゃ目立つわね。ちょっと来なさい」
すでに手遅れだと思っていた。
というか、ちょっと来なさい、とはどういうことだ。おい、やめろ! 掴むな! 痛い痛い痛い!
「……どういう関係なんだ。あいつら」
後ろからポツリと誰かが呟いた。
……そんなの、僕が聞きたい。
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「ここなら誰もいないわね」
「いろいろアウトだ!」
別校舎の空き教室。
僕と炎火はそこに移動していた。
しかし、僕は炎火に手を(強引に)引かれてここまで来た。
はっきり言おう。かなり注目された。おかげで明日からどんな噂が立っているか、気が気でない。
「まあ、いいわ」
「よくない。何もよくない」
「私があなたに絡む理由。知りたくない?」
「知りたくない」
「そうよね。知りたくないよね……て、違うでしょ! そこは聞きたいと言い返すとこでしょうが!」
「そんなテンプレ知るか!」
本が読みたい。今すぐ心理シェルター生成したい。
「もういいから話すなら話せ! 授業に遅れたら注目されるだろ!!」
「いいじゃない授業ぐらい。さぼっても」
「それが人を更生させるとか抜かした奴のセリフか!?」
「にしてもあんたよく喋るわね。そっちが素なの?」
「………………」
しまった。いろいろとテンパり過ぎて、素の方が出てしまった。
「へー、そうなんだ。そっちが素なんだ」
「……うるさい」
これ以上、僕の中をかき乱すな。
僕はただ、静かに暮らしたいだけなんだ。
「まあいいわ。私があんたに構う理由はね。まあぶっちゃけ報復ね。見捨てた」
「帰る」
「しかし回り込まれてしまった」
「回り込むな!」
こいつはドラクエのモンスターか。というか、どうしてそういうネタがわかるんだ。
……は!
「お前、隠れオタクか!?」
「違うわよ。というか、普通にゲームとかネットやってればこの程度の知識入るでしょ」
たしかにそうかもしれない。
それに、周りに使う人もいればそれで覚えることもできる。
「昨日、あんたに見捨てられたせいでさらに傷が追加されたわ。おかげで痛いのなんの。だから、あんたの事をどうにかしないとこのドス黒い感情はどうにも出来ないと思ったわけよ」
「随分と低い沸点だな」
「でも、まあいろいろあって暴力良くないと思った私はここ数年間、ずっとやり返さないようにはしたのよ」
「は? やり返さない?」
「そうよ。昨日も一方的に殴られてただけだし」
「そ、そうだったのか」
と、口では言っておく。
そんなの、信じられるわけがない。
こいつの言葉は、嘘だ。
「だから、その誓いをこんなとこで破るわけにはいかない。だから思いついたのよ。あんたを漢にしちまえ、と」
「どういう結論だ!」
「そういう結論よ!」
「開き直るな!」
とりあえず事情は理解した。
どれだけ事実が混じってるかはわからない。だが、こいつは何と無くバカっぽいし、嘘だけってのは無いだろうし、事実の方が多分多いだろう。
……どうするか。
とりあえず、ここは従っておくが吉かもしれない。
更生なんかさらさらするつもりは無いが、これ以上抵抗して変な噂が立つよりだったら、ここで一度納得しておいた方がいい。
「……わかったよ。お前のそれに乗ってやる」
「本当?」
そんなわけない。
「ああ、本当だ」
「へぇ、結構聞き分けいいのね。じゃあ、明日の放課後から活動開始ね!」
活動開始というのが果てしなく不安定だが、今は耐えるしかない。
「それじゃあよろしく炎……緋色」
「よろしくね。……えーと」
「刃山だ」
「よろしくね。刃山」
「ああ」
危ない。昔の名残で名前を呼ぶところだった。
とりあえず、どうやってこの関係を終わらせるか。
キーンコーンカーンコーン
『あっ』
……終わらせなければ、僕の学園生活がやばい。
“嘘"次回予告
剣「ついに始まった剣漢化計画終了のお知らせ。炎火は転校し、さらには転校先で通り魔に会う。やったー万々歳。僕は元の日常を取り戻したぞー。
次回【炎火、死ね】
さて。明日のラノベでも選ぶか」
炎火「…………(ニコニコ)」
剣「あ」