六十一話 「やるべきこと」
今日はメトロが家に来ている。子どもたちのまだ解決していない悩みについて、僕たちが手を出すべきかも含めて話し合うためだ。それがいつの間にか、僕のどこが普通じゃないかという話になった。
「お前のいう評価主義もそうだ。何で褒められて素直に喜べないんだよ。まあ、俺の評価が他人の評価より大事だって言ってくれたのは嬉しいけどな。お前は自分が評価している人から評価してもらいたいんだよな」
「後で考えたら、それだけでもないな」
「へえ。他には何だ?」
「何度でも同じように評価してくれるってことだよ。最初は感謝の気持ちを示していても、同じことを何度かしてもらうと慣れてきて、それが当たり前だと思うようになる。最初に大げさな評価をする人ほどそんな態度は続かない」
「何度も評価して欲しくないんじゃなかったか?」
「1回のことで何度も評価する必要はない。でも相手が惰性や義務感じゃなく心を込めてしてくれたことには、こちらもその度に何度でも評価するべきだ。いつでも何度でも繰り返せるような評価が、正しい評価だと僕は思っている」
僕の言葉に対してメトロはため息で返した。
「何だよ。反論があるなら聞くぞ」
「反論ってわけじゃないが、それならお前がキャンプ中にしていたことはどうなんだ。お前、子どもたちにあの3人のことをアピールしてただろ。数え切れないくらい何度も」
「アピール?」
「作業が上手くできない子を手伝う時にわざわざ歩原に頼まれたと言ったり、頑張っている子に歩原が褒めていると伝えたり。歩原の話が多かったが他の2人についても言っていた」
「そのどこがまずいんだ? 嘘じゃないだろ。歩原は全体を見る役割があったから直接子どもたちと話をすることが少なかった。みんな等しく評価されるべきだ」
「じゃあ聞くが、お前のしたことは彼女たちに評価してもらったのか? 評価されないことはしないんじゃなかったのか?」
「小学校の頃も入れたら、評価の収支はまだまだ僕の黒字だよ。彼女たちが僕を評価しないのは、そのことに気付いてないんだからしょうがない」
「俺がうんざりするほど聞いたんだ。その場にいなかった本人はともかく、他の2人が気付いてないとは思えないんだがな」
今はそんなことを言ってもらえる立場じゃないんだよ。僕はそう言いたくなる気持ちを飲み込んだ。
「この際だから言っておくが、お前が自分や他人の気持ちに何でも理屈をつけようとするのも俺は気に入らない。お前はそうしないと不安なんだろ。前に言ってたよな。理解できないまま相手の気持ちが離れてしまって、どうにもできなくなるのが怖いんだろう。あいつらにこだわらなければ、お前はもっと自由に、もっと実力を発揮できるはずだ」
言いたいことは分かった。だがそれはあくまでメトロの意見で僕の考えとは違う。僕が言い返そうとする前にメトロは言葉を続けた。
「だけど今回のキャンプでお前を見ていて悪いことばかりじゃない気もしている。あいつらは俺が思っていたよりいいやつらだったからな」
ようやく理解したか。僕にとっては彼女たちと出会えた幸運を実感したキャンプだった。
「もしあの3人の誰かに付き合ってほしいと言われたら、アミならどうする?」
突然のメトロの言葉に、それまで無駄話をしながらも考えていた子どもたちのことが頭から消えた。どういうつもりだ? まさかこいつ……
「なんだよ、その目は。俺の話じゃない。アミならどうするかって聞いたんだ」
あくまで僕の話だと言うんだな。だったら決まっている。
「もちろん付き合うよ」
「え? 即答かよ」
メトロは意外だという顔をした。
「僕がその子に必要とされていて、他の2人ともそれなりに和解した後ってことだろ。キャンプで一緒にいて実感したけど3人とも僕が思っていた以上にいい子だった。断る理由なんて無いだろ」
「ほう。なるほど」
メトロが面白そうに相づちを打った。
「お前って、自分にとって相手が必要かじゃなく、相手にとって自分が必要かって所にこだわるよなあ」
「でもまあ、実際にそんな告白をされたら嬉しいだけじゃないけどね」
「どうして?」
「女の子から言わせちゃダメだろ、そういうことは。告白されるということは前からそういう雰囲気があったはずだから、それを察して男の方から告白しないと」
「……へえ~。雰囲気を察してねえ。なるほどなあ。すごく参考になるよ」
メトロは明らかに嫌味な口調でそう言った。悪かったな。女に縁のないやつが偉そうなことを言って。でもそんな僕に聞いたのはお前だからな。
「じゃあさ。もし2人以上から同時に告白されたら……。だからよせよ、その目は。お前だったらどうするかって聞いてるんだよ」
そのありえない仮定に何の意味があるんだ?
「まあ当然だけど。つき合いたいと思う方とつき合うよ」
「3人の中で、誰が一番好きなんだ?」
「それは……誰かな」
「……」
「彼女たちはそれぞれ違うのに、比較してどっちが上かなんて言えないよ。肉親と親友と恋人とを比べて誰が一番かって聞くようなもんだ」
「おい待てよ。この質問に対してなら選ぶのは恋人だろ」
「それじゃあ聞くけど、恋人とそれ以外の違いって何だ?」
「そりゃもう、恋人同士でなきゃできないことをしたいかどうかじゃないか」
「そういう意味なら、彼女たちは僕にとって恋人じゃない」
「え? 好きなのは確かだよな。お前ってそんな聖人君子なキャラだったか?」
「この原因は分かっている。彼女たちを一緒にいた頃にそういう関心を持ち始めて、それを必死で抑え込もうとしたんだ。そのために調べたことを色々と試したりもした。思春期に性衝動を無理やり抑え込まれると、その後の人格形成に影響があるというのはよくある話だな」
「お前……。そういう話を聞いていると、馬鹿なところは本当に馬鹿だな」
「それは認める」
「で、どっちが好きか選べない場合はどうするんだ」
「僕がどちらに必要とされているか、かな」
「分かるのか?」
「それも分からないようなら、まだ付き合う資格がないってことだ」
「とりあえず両方と付き合ってみるのは……。だから俺のことじゃないって!」
「それは無い」
これは断言できる。
「僕は父さんを尊敬しているけどその一番の理由は母さんを幸せにしたことだ。別々に暮らしていた時でも母さんの寂しそうなところは見たことが無かった」
「ああ……。そういえば自覚のあるマザコンだったな」
「お前は知らないだろうが、別居していた頃の父さんは本当に大変だったんだ。でもいつも母さんを気遣って連絡を絶やさなかった。義務感なんかじゃなくそうすることが父さんの力にもなっていて、だから母さんも遠慮せずにそれを受け入れることができた」
「お前にとってはそれが理想の関係なんだな」
「はっきり言って、僕は付き合っている彼女が同時に他の男とも付き合っていたら許せない。その点では寛容にはなれない。だから僕も相手にそんなことは絶対しない」
「どちらかと付き合い始めてから、もう一人の方も好きになったら?」
「よく知らない相手ならともかく、今言ってるのは彼女たちの誰かとつき合う話なんだろ。一緒にいたら僕は選んだ相手のことをどんどん好きになっていくよ。その自信がある。だからもう1人との差は広がるだけで縮むことは無い」
「そういうものか。う~ん」
メトロは天井を見上げると独り言のように言った。
「早い者勝ちってことか」
それを聞いた瞬間、僕の頭に血が上った。
「メトロ!」
「!? 何だよ?」
「早い者勝ちってのは何だ? あいつらのことか? あいつらを何だと思ってんだ!」
「そういう意味じゃないって」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「だから……。ああっ、あの3人のことになると本っ当に面倒くさくなるな。お前は」
打ち合わせが終わってメトロが帰った後、僕はまた彼女たちのことを考えていた。僕が感じた彼女たちの悲しみを消す方法をだ。
陽向と話したように僕が何かひどい目に合ったとしても、怒りや恨みならともかく悲しむ心が癒えるとは思えない。それより彼女たちの僕に対する評価を一変させる方法を考えるべきだ。
僕が出会った時に彼女たちはそれぞれ悩みを抱えていた。その悩みが解決したときに僕は彼女たちからの信頼を得ることができた。彼女たちが今後の人生でまた壁にぶつかった時に、僕が手助けをするというのも方法の1つではあるが、そんな悠長な話は僕が本当に望むものではない。
理想の自分に近付こうとする彼女たちの努力を支え、そのために必要な物や環境を全力を尽くして用意する。それが僕のやりたいことだ。用意するものは、それを手にした彼女たちが僕の思いを十分理解してくれる、それだけの価値があるものに限られる。
ただし価値のあるものほど信頼していない相手からは受け取らない。その信頼を得るためのヒントはもう彼女たちから貰っている。『大好きだった、頭のいい子』のことだ。僕は子どもたちにしたように、彼女たちがその子との関係を取り戻す手伝いをしよう。こういった事に関する僕の実績を彼女たちは知っている。
彼女たちの言葉を聞いた時、もしかしたら自分のことじゃないか、そういう考えが頭に浮かんだことは確かだ。でも僕はその子と違って自分の気持ちを彼女たちに伝えていない。そもそも再会後の彼女たちの言動を思い出しさえすれば、その考えにどれだけ矛盾があるかに気が付くだろう。
その彼女に辛かった気持ちを告げられて、3人はひどく傷ついた。でも僕に言わせれば、本当に自分の気持ちを分かって欲しかったのなら彼女は3人に事情を伝えておくべきだった。言わなくても分かるはず、そんな期待は自分勝手な理想の押し付けでしかない。
ちなみにその子が彼ではなく彼女だと思ったのは、3人が同時に1人の男子と親しくなる状況が考え難かったからだ。僕の希望が若干混じっている可能性もある。
その子との関係を修復するぐらいならともかく、僕にとっての真の目的に到達するのは容易ではない。僕の考える目標の高さは、一介の高校生のまま成し遂げるのは不可能といって良いレベルだ。僕の持つあらゆる人間関係を使って社会的な立場を得る必要がある。簡単に言えば会社を起業するのだ。しかし僕が起業したことを知れば、あの計画書を知っている彼女たちにとって僕の印象が最悪になるのは確実だ。どうしても協力者が必要になる。
僕は本当に久しぶりに、自分の中から溢れ出すような気力を感じて武者震いをした。
申し訳ありません。長々と書きながら話の落ちを付けられませんでした。次はただ話を続けるのではなく、彼らの関係に決着がつく話を最後まで書けた時に公開しようと思います。
ただ今まで以上に創作の難易度が上がるので、遅筆の私が公開できるのはかなり先になりそうです。




