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五十九話 「キャンプの終わり」

 騒ぎが片付いた後、僕たちは当然ながら子どもたちに真相を教えたりはしなかった。しかし事件の前に大野見の姿が消えていたことや、キャンプ場に戻った時に僕を見る周りのスタッフの様子がおかしかったことから、何かあったんじゃないかといううわさが立った。島神様にそのうわさを確認しようとした子には、メトロとマナミが適切に対応してくれたようだ。

 この件に関しては矢野も僕を守ろうとしてくれた。大人しかった矢野はこのキャンプで以前より積極的になり、他の子からの信頼も得られるようになった。その矢野がみんなの前であの紙を受け取った時の話をして、僕なら絶対にそんなことはしないと断言してくれた。後から宮原がそう教えてくれた。


 このキャンプの間には、子どもたち同士の友情だけでなく、子どもたちのスタッフに対する信頼感も深まっていった。何でも話し合える友達がいて、いざという時に頼れる大人がいれば、もう悩みに押し潰されるようなことは無いだろう。


 特に彼女たちとメトロの4人は人気が高く、子どもたちが集まっている中には必ずそのいずれかの姿があった。4人に比較すると僕の周りには子どもたちの姿が少ないが、別に嫌われている訳では無く、僕の考えを尊重してあまりおおげさに評価しないよう4人が子どもたちに頼んでくれたのだ。宮原たちも僕との正しい接し方について他の子たちにアドバイスしてくれていた。

 僕が何か作業をしていると、1人か2人の子どもが何か手伝うことが無いかと近付いてくる。それが毎回違う子なので、どうも子どもたちの中で順番が決められているようだ。先日僕が浜辺に流れ着いた人工物のゴミを拾っていると、いつの間にか子どもたちが集まってきてあっという間にゴミが無くなってしまった。


 豪雨のあった翌日に風呂場の前の液晶モニターがおかしくなり、僕は交換するために別のモニターを持って行った。また豪雨になっても故障しないように防水対策を強化する必要がある。


「脱衣所の中に置いてある小さなビニールシートを1枚持ってきてくれ」


 今は女子の入浴時間だ。ビニールシートは突然の雨で脱いだ服が濡れないように大小数枚が置いてある。僕の近くにいた2人が脱衣所へ取りに入ると、すれ違うようにバスタオルを巻いただけの子がビニールシートを持って出てきた。


「おい! 戻れ!」


 僕の声にその子は慌てて引き返した。


「手伝ってくれようとしたのはありがとう。でもそんな姿で表に出るな」

「この時間なら男子が近くにいないと思って」

「そんな恰好の子と一緒にいるのを見られたら、網矢さんに迷惑でしょ」

「あ……。ごめんなさい」


 問題はそこじゃない。さすがに変に思って子どもたちに問い質してみると、島神様から『網矢の力によって自分は復活した』と言われた子がいたそうだ。もちろんメトロの仕業だろう。子どもたちにが僕と島神様を同格だと思ったのならまずい。僕はメトロを非難した。


「知ってたか? こういうのを洗脳って言うんだぞ」

「島神様の言葉で説明した時に、復活の時にアミの協力を受けたのはアミの心に邪なものが無いからだと言っただけだ」


 メトロはそう言い訳をしたが、その子にしか聞こえない島神様の言葉だ。僕たちから訂正はできない。




 最終日の午後。荷物をまとめテントを片付け終わった子どもたちは、帰りに乗る船が到着する時間までテントのあった広場で待っていた。名残惜しさにもう涙を流している子どもたちもいた。


 忘れ物の中に大野見のスマホがあった。僕はそれを預かって大野見の所へ持って行った。大野見は僕が差し出したスマホを見て受け取るのをためらった。手にしたスマホを操作して、今度は露骨に嫌そうな顔になった。


「本当にいいの?」

「あいつらが真剣に考えて決めたんだ。僕には止められない」


 6日間一緒にいて僕が彼女たち3人から感じたのは、怒りよりも悲しさだ。彼女たちは一見明るく振舞っていて、実際に楽しんでいると感じる時もあったが、その悲しさから解放されたとは思えない。救われたいと思う気持ちから救いたいと思う気持ちが生まれる。誰もがそうだとは言わないが僕には心当たりがあった。


「無責任じゃないの。一度公開されたらずっと苦しむことになるのに」

「確かに大騒ぎになるだろうな。あいつらは学校だけじゃなく住んでる町の人からも有名だから。ただいつまでもその騒ぎを続けさせるつもりはないよ」

「続けさせないって、どうするつもりなの」

「大野見の件が一段落ついてからだけど、まずあの写真を偽物だということにするつもりだ。写真を加工してより鮮明な水着姿の画像に変える。それを公開したら元の写真は水着の写真をコラージュしたものだと思うだろう。それから誰もがちょっとダウンロードして見たくなるようなアプリを作って、普及したところで一斉に盗撮っぽい画像を削除させる。判定条件には確実にあの写真が含まれるようにする。幾つかオリジナルのウイルスを作ってファイル共用ソフトのデータからも削除する。後は法律かな。自殺した女子の中から写真や動画の公開が原因の1つだと思える子を洗い出してその犯人を一人でも多く探し出す。その情報を使ってマスコミを煽ることで写真公開に対する刑罰と社会的なペナルティを思い切り厳しくする。それと日本よりも……」


 そこまで話して、大野見が目を丸くして僕を見ているのに気付いた。


「まあ、色々とだよ。写真をネットから消すのは無理でも、彼女たちが後になって傷つく可能性を最小限にしたい」


 話している内に、僕と大野見が一緒にいるのを見つけた3人が集まってきた。大野見がイチカに言った。


「こういう写真を公開するのって犯罪じゃないかな」

「大野見が気になるなら、電話で指示してくれたらわたしが公開するわよ。大切なのは行使する権利が大野見にあるってことだから」

「写真で思い出したけど、大野見のスマホにはキャンプの記念になるような写真がほとんど無かったよな。今からでもみんなの写真を撮っておけば?」

「別にいいよ」

「そうだ。アタシたちと一緒に撮ろう。網矢、頼むよ」


 そう言って陽向は大野見からスマホを取り上げて僕に渡した。大野見に嫌がる様子が無かったので、僕は4人の写真を何枚か撮影した。


「網矢とも一緒に撮るか?」

「もういい」


 大野見は僕の手からスマホを取り上げた。照れているようなその表情はごく普通の小学生に見えた。


 キャンプの日程が終わって家に帰る途中で、僕に大野見からのメッセージが届いた。『公開しました』とだけ書かれた文字とリンクがあった。リンク先には僕が撮った4人の記念写真が公開されていた。




 キャンプ終了日の2日後、僕とメトロと彼女たち3人は大野見が預けられている児童養護施設を訪れた。思ったよりずっと早かったと彼女たちに告げた大野見は、一見無表情だったが僕には嬉しそうに見えた。


 施設の人から話を聞いた僕とメトロは、彼女たちと別れて会議室に向かった。ドアを開けると中にはロの字に並んだテーブルがあり、その一席に30代半ばに見える男性が座っていた。テーブルに肘をついて指を組み、一点を見つめたまま入ってきた僕たちを見ようともしない。


「大野見たまさんのお父さん、大野見貴志さんですね」


 僕がそう声を掛けると、初めて大野見父は僕の方を見た。


「娘さんのことで相談したいことがあります」

「……」


 返事はないが理解はしている様子なので話を続けた。


「娘さんは昨日まで無人島のキャンプに参加していました。ご存知でしたか」

「ああ……。で? あいつが何か問題でも起こしたのか?」

「ええ、そういうことです。キャンプ中にスタッフの一人に対して冤罪を被せようとしました」

「冤罪?」

「子どもたちに対していかがわしい行為に及んだ、と言う罪です。彼女の計画通りになっていれば、そのスタッフは人生が変わっていたでしょうね。とても小学生が考えたとは思えないほど綿密に組まれた計画でした」

「ふん。それで?」

「いったい誰が考えた計画でしょう」

「あいつに決まってるだろ。あいつはそういうことができるやつだよ。ガキでも俺よりずっと頭が良いんだ」

「頭が良いと言ってもまだ11歳です。大人を操るような真似ができると思いますか?」

「だから、それができるんだよ。あいつは」

「たまさんは貴方の子どもでしょう。どうしてそんなに彼女がやったことにしたいんですか」

「あいつはな!」


 我慢できなくなったかのように大野見父が叫んだ。


「あいつは親の働き口まで自分で探してくるやつなんだ」


 それだけ言うと、大野見父はまた黙り込んだ。


「大野見さんは金属加工をする工場で長く働かれていたんですよね。その工場が倒産してからは土木業に就職されて、一年ほど経ってまた別の工場に勤務されるようになった。でもそこを一ヶ月ほどで自ら退職されて、それ以降は色々な職業に就かるようになった」


 そこで言葉を止めて大野見父を見ると、彼は最初に見た時のように机の一点を見つめていた。白くなるほど組んだ指に力が入っている。


「娘さんが探してきたというのは再就職した工場のことですね。前と同じ金属加工の工場で、給料も土木業の時よりかなり増えたそうじゃありませんか。親孝行な娘さんだと思いますが」

「親孝行?」


 大野見父は鼻で笑った。


「あいつが就職先を探してきたのは、貧乏になった生活がいやだったからだよ。それに俺は、あいつの本当の親じゃない」

「ずいぶんな言い方ですね。戸籍では実父となっていますが」

「工場が倒産して金が無くなった時、あいつの母親は男を作って家を出て行った。男を作ったのはもっと前からかもしれないがな。最後にその母親が電話をかけてきた時、俺はそいつに『これからは娘と2人で生きていくからお前はいらない』と言ってやった。そしたら何て答えたと思う?」


 暗い目で僕を見返しながら、彼は言葉を続けた。


「『あんなに頭の良い子が、本当にあんたの子だと思ってたの』って言ったんだ。言われてみれば、俺もあの女も人より頭が良いとは言えない。はっきり言えば馬鹿だ。馬鹿に騙されていた俺は大馬鹿だな」


 大野見父は自嘲するかのように口元だけで笑った。


「そう言われたからといって、急にあいつを他人に思えるわけがない。10年も大切に思いながら暮らしてきたんだ。だけど平気だったわけでもない。俺はずいぶん苦しんだよ」

「お気持ちは分かります。いえ、分かるような気がします」

「しばらくして俺に再就職の話が来た。長い間やって来て、それなりに自信もある金属加工の仕事だ。その工場の社長は、前に俺がやった仕事を見て腕を見込んだと言ってくれて、いきなり部下のいるグループ長を任された。嬉しかったよ。何も知らなかった俺は」


 彼の表情に怒りが浮かんだ。その手が細かく震えている。


「だけど就職して一ヶ月くらい経った時、俺が不真面目な部下を怒った時にその部下が言ったんだ。娘に就職を世話してもらった癖にってな。あいつの友だちの爺さんが大きな会社の社長で、その社長が下請けをやってるこの工場に俺の就職を頼んだそうだ。家に帰ってあいつに問い質したら認めたよ。俺はそれでその工場を辞めた」


 話し終えると大野見父の体から力が抜けた。また顔から表情が消える。


「まあ、そういう訳だ。で、あんたはそんな男に何の用があるんだね」

「娘さんが被せようとした冤罪を、あなたに被って欲しいんですよ」

「は?」


 大野見父は、言われたことが全く分からないという表情を見せた。


「娘さんは、今回の冤罪を写真に撮ったり告白文を書いたりして雑誌社に送ったんですよ。私どもとしては、その内容は冤罪だということを雑誌社に説明したんですが、どうもその説明だけでは記事を取り下げてはくれないようです。そこで記事が雑誌に載る前に、私どもが冤罪を計画した張本人としてあなたを訴えて、あなたにはその訴えを認めてもらいたいんです」

「……頭がおかしいんじゃないか。あんた」

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