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五十六話 「キャンプ #10」

 風呂場で騒ぎがあったと聞いてメトロと共に様子を見に行った。スタッフに話を聞くと脱衣所の棚にカモフラージュされた小さなデジカメが仕掛けてあったということだ。風呂場から出てきた三沢さんが手に持っていたのは僕のデジカメで、倉庫用のテントに置いたまま最近使ってなかったものだ。他人から見て所有者の僕が一番怪しいといえるが、それだけで犯人扱いするほどではない。誰かが就寝時にタグを外してから、トイレにでも行くふりをしてカメラを盗んだ可能性は十分ある。


 デジカメのインターバル撮影機能を使って、指定した時刻から数十秒ごとにシャッターを切る設定になっていた。シャッターを切っても音はせず、僕が精密ドライバーで外装を開けるとスピーカーの部品が押し潰されていた。この方法では目的の写真を撮れる確率が低すぎる。画像が300枚ほどメモリカードに残っていたが、女性の東屋さんに確認してもらうと公開できない姿の画像は数枚程度だった。そのことが僕が犯人ではないという裏付けになった。

 盗撮防止のため普通の製品ならカメラ単体ではできないが、この僕のカメラはファームウェアをいじってカメラの赤外線センサーに何かが反応した時だけシャッターを切る機能を追加している。シャッター音もその機能でオフにできる。ただしメニューにその機能が表示される訳では無く、僕しか知らない特殊な操作が必要だ。去年は貴重品を置いたテントへの出入りを記録するためにこのカメラを使っていた。もちろんスタッフに頼まれてのことだ。


 このデジカメによる盗撮がいつから始まったのかは分からない。撮影を開始したときに満充電たっだとすると、この設定と撮影枚数にしてはバッテリーの減りが早すぎる。昨日かそれ以上前に盗撮された画像がすでに抜き取られたかもしれない。誰かが1人で更衣室に入ったという情報はサーバーに記録されていないが、入浴の前後に人目を盗んでカメラから写真を読み出すぐらいは誰にでもできる。その日は少し遅くまで盗撮についての状況確認と今後の対策についての打ち合わせを行った。




 翌日の夜、自分のテントに戻ると出した覚えのない金属探知機がテーブルの上に置いてあった。僕は2台のスマホを交互に充電しながら使っているが、充電のためにテントに残していた僕のもう一台のスマホでビデオ通話のアプリが起動されていた。本来なら通話相手が表示される部分に解像度の低い静止画で裸の女性が写っている。僕が近寄ると、画像下のメッセージ枠にこんな文字が表示された。


『体から全ての機械を外せ。このスマホのカメラの前で金属探知機を使ってそれを証明しろ。カメラに自分を映し続けて夜9時に浜辺のテントまで来い。移動中も自分を映し続けることを忘れるな。お前が怪しい行動をしたと私が判断したらこの写真を公開する』


 画面では3枚の写真が切り替わりながら表示されている。ビデオ通話の画像は解像度が低くて顔がはっきり見えないが、おそらく彼女たち3人の写真だろう。写っている場所は脱衣所だった。普段の僕がこれを見たら焦るところだが、怒りが逆に僕を冷静にさせた。周到さから考えて通話相手のスマホが犯人の所有物ということはないだろう。後で全員の所有物を確認して写真を抹消できるだろうかと考えて、それは難しいと判断した。小さなメモリカードは抜いてしまえばどこにでも隠せる。写真が公開されれば彼女たちの被害は甚大だ。僕はその指示に従うことにした。




 スマホを持って自分を撮影しながら浜辺まで歩き、指示通りの時刻にテントに入る。その途端に画面のメッセージが変わった。


『そこで待て。自分を映し続けろ』


 僕は疲れた手を休めるために時々スマホを持ち変えながら、指示通りにそのまま待ち続けた。20分ほど経ってスマホからメールの着信音が聞こえたが、ビデオ通話は切れないのでスマホでメールを確認できない。サーバーのモニター電源を入れて警報メールが出ていることが分かった。発信元は大野見のタグで場所はこのテントだ。

 灯りをつけて周囲を見回したが普段通りだ。何かがあるとしたら棚の裏側だろう。見に行くと棚と壁の間に工事などで使うコーンが置いてあった。元々このテントの別の場所に置いてあったものだ。コーンの底が固定されて動かせなかったので、僕は横をすり抜けて奥に入った。

 おそらく大野見だろう女子が、裸で体を丸めた姿勢で倒れていた。両手と両足はテープが巻かれていて口もテープでふさがれている。


「大野見! 大丈夫か!」


 声かけても目は閉じたままだ。近付いてみると大きな怪我をしている様子はないが、腕や脚に細かい傷がいくつも付いていた。手のテープは手首から肘の近くまで何重にも巻かれている。首筋に触れると大野見の体が震えた。脈はしっかりとしていて普通より早いぐらいだ。命に別状は無さそうだがそれ以外のことは判断できない。思ったより早く誰かが着いたようで、テントの床を踏む音がした。


「大野見さん!」


 東屋さんの声だった。最初にここに到着したのが女性だったことに僕は少し安心した。




 大野見の体調が回復して僕に会うと言ったので、本部テントに対面の席を設けることになった。話の内容を考えて、僕と三沢さん以外は女性スタッフだけを集めた。倉橋さん。沢木さん、そして彼女たち3人だ。しばらくして、大野見と彼女を抱えるようにした東屋さんが入ってきた。大野見を僕と三沢さんから最も遠い席に座らせる。


「もう一度、何があったか話してもらってもいい?」


 大野見は一瞬だけ僕を見るとまた下を向いた。しばらくしてからうなずくと、昨夜の出来事を話し始めた。


「わたしがご飯の後にテントに戻ったら、置いていたわたしのスマホの代りに別のスマホがあって、その画面にわたしのお母さんのことで大切な話があるから夜9時に浜辺のテントに来てくれって書いてありました」

「どうして誰かに相談しなかったの?」


 イチカが大野見に質問した。


「誰かに言ったらもう連絡はしないって書いてあって……」

「ありがとう。先を続けて」

「わたしが言われた通りにテントに行ったら中は真っ暗で、そしたら誰か大きな人が急に抱きついて来て、……それから……」

「分かった。もういいから」


 東屋さんは大野見の肩に優しく手を置いた。大野見はうつむいたまま言葉を止めた。大野見の説明通りなら怪しいのは圧倒的に僕だが、彼女の説明には明らかに矛盾がある。放っておくと大野見が僕が犯人だと言い出しかねないので、その前に僕は説明をしておくことにした。


「最初に大野見を見つけたのは僕だけど、その時の僕の行動は記録されているんだ。僕のスマホはテントから出ると背面のカメラで自動的に動画を撮り始めるアプリを入れている。僕が少し前に作ったアプリでその時に他のアプリを使っていても動作し続ける。ちょっと事情があって僕は自分の行動を常に記録しておく必要があったんだ」


 僕の言葉を聞いて大野見の表情が少し厳しいものに変わった。


「僕の服は胸ポケットの所に小さな穴を開けていて、外出時にはスマホをポケットに入れてレンズとその穴がピッタリ合うよう両面テープで貼り付けている。あの時はスマホをずっと手に持っていたから、そんなことはしなくても僕が何をしてたかはスマホに動画で保存されている」


 大野見の表情はそれ以上変わらないが、この状況をどう説明したらいいのか考えているだろう。東屋さんは僕が犯人じゃないと分かっているだけで、彼女の説明と映っていた動画の矛盾には気付いていないようだ。


「スマホはすぐに東屋さんに渡したけど、その動画を確認したのは女性スタッフだけだ」


 大野見は覚悟の上で僕に裸を見られているから、他の男性スタッフに見られても気にしないかと思っていたが、その言葉を聞いた大野見は少し安心したような表情を見せた。


「つまり誰かがこの島に入りこんでるってことでしょう。他のスタッフも警報メールの前から大野見さんがいないと聞いて探していて、それぞれどこにいたのかは確認済みだから」

「ええ。システムの記録でもスタッフのいた場所は確認できています」

「男の人にキャンプ場の周りを見回りをしてもらっているけど、それだけじゃ心配だわ。やっぱりすぐに警察を呼ぶべきじゃなかったの」

「前にも言いましたけど、その必要はありません」


 イチカがそう断言した。


「どうしてそう思うの」

「それは今からはっきりします」


 大野見の方を見てから、イチカは言葉を続けた。


「大野見さん。わたしはあなたの口から本当のことを言ってもらいたいと思っています」

「歩原さん? 何を」


 東屋さんがイチカを驚いたような顔で見た。大野見は何も言わず表情も変えない。


「これはあなたのスマホよね。あのテントの中にあった。悪いけど中を見せてもらったわ。お風呂場でわたしたちを写した写真が保存されてた」


 イチカがそう言っても大野見は無表情のままだ。


「パスワードはHATSUNE1215。これはこのスマホで撮影した写真ね。音を消して撮影できるアプリも入っていた」


 大野見が初めてその顔に驚きを見せた。


「屋外研究で調べた結果をPCに入力してもらうとき、ログインに必要だから何でもいいと言ってみんなにパスワードを設定してもらったでしょう。その時にあなたは自分の名前と誕生日で設定したから、このスマホも名前と日付けのパターンだと思ったの。日付けの方はあなたが小森さんに初めて会った日ね。見つけたのはわたしたちの写真だけじゃなくて、これもあった」


 僕が浜辺で矢野に土下座をしている写真だった。フリックすると矢野が僕の頭を抱きしめている写真に変わった。これを第3者に見せて誤解させるのは簡単だ。


「この撮影時刻にあなたがいた場所はサーバーに記録されているけど、その場所からこの写真は撮れない。子どもたちに聞いてみたけど、その時あなたは自分の荷物を同じ班の子に預けていたそうね。トイレに行くと言って。このタグは記録する位置に2~3メートルの誤差があるから、同じ子が2つ持っていても気付かれない」

「わたしはずっとタグを付けていました。誰に聞いてもらってもいい」

「1人キャンプに来れなかった子がいるから、少なくとも1つはタグが余っているはずね。実際には予備を入れて3つ余ってるはずだったけど、それをしまっていた箱の中には2つしか残っていなかった。電池が入っているかどうかは見ただけじゃ分からない」


 大野見がにらむようにイチカを見た。イチカは表情を変えずに見返した。


「警報メールが出た時のタグの記録もおかしかった。タグはあなたのテントでスリープモードに入って、その後は移動した記録が無いのに、いきなり浜辺のテントから信号が出ている」

「どうしてかなんてわたしには分かりません。そういうことが詳しいのはその人でしょう」


 そう言って大野見は僕の方を見た。


「電池を外せば信号は出なくなるけど、タグがスリープモードから解除されないほど全く動かさずに外すのは難しい。モードが解除されてからすぐ電池を抜いても警報メールは出る。考えられる方法としては、電波を遮断するアルミホイルを敷いた上にタグを置いて、スリープモードなってからそのまま包むくらいかな」

「はがしたアルミホイルは小さく丸めてから口の中に隠して、どこかで吐き捨てれば分からないわね」

「ちょっと待って!」


 東屋さんが我慢できないというように声を上げた。


「何もかも大野見さんのせいにするつもり? よく考えて。大野見さんは11歳の女の子なのよ。そんなことができると本気で思ってるの?」


 彼女たち3人は顔を合わせてから口々に言った。


「はい」

「頭の良い子ならできると思います」

「もっとすごいのを知ってるから」


 それを聞いた東屋さんは言葉が出ないようだったが、しばらくして何かに気付いたように声を上げた。


「そうよ。あのテープ」

「テープ?」

「大野見さんの手と足を縛ってたあの丈夫なテープよ。足はともかく自分の手は縛れないでしょ。血が止まりそうなぐらい強く何重にも巻いてあって、外す時に苦労したぐらいなのよ」

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