四十九話 「キャンプ #3」
夜になって、僕とメトロは彼女たち3人とサーバーの置いてあるテントに集まった。今年参加する子どもたちに関して集めた情報を共有するためだ。
集団の活動では他人と同じ行動をするように求められることが多く、今回のように初対面の人間が集まった場合は他人に合わせた行動がとれない者は集団から排除されやすい。しかしそんな考え方ではこの無人島キャンプは成功しない。
同じことを言ったとしても、子どもがそれをどう捉えてどう行動するかには個人差がある。それには子どもたちがこれまでにどんな経験をしてきたかが大きく影響している。今回参加している子どもの多くは平均的とは言えない経験をしてきている。
最初から全員に対して同じ対応をしていたのでは、子どもたちの気持ちはつかめない。相手を子どもの集団としてではなく、一人ひとりの子どもとして指導するためには、子どもたちに関する情報が必要だ。
今年から保護者に対して、参加する子どもについての詳細なアンケートを求めることにした。これは単に子ども自身の情報を得るだけでなく、保護者の子どもに対する意識を知るためにも役に立つ。このアンケートの内容は僕たち以外のスタッフにも公開されているが、僕とメトロはそれ以外の方法でも情報収集を行ってきた。
今回の参加者の半数以上は僕たちの出身校に通っている児童だ。メトロは在学中の活躍によって未だに先生や後輩からの信頼が厚く、参加者の学校生活での言動についてはかなり詳しい情報を得ている。
児童養護施設からは女子3名と男子1名が参加している。去年のキャンプに参加した2名は僕たちの関与もあってその後の環境が大きく変わり、1人は施設から出て家族と暮らせるようになった。その時に僕たちに協力してくれた施設職員から、今年の参加者の詳細な情報を提供してもらえた。
次に参加者の多い小学校では昨年ちょっとした不祥事があり、僕たちはキャンプ参加者への対応と絡んでその問題の解決に協力したことがあった。メトロはそれを利用して今年の参加者の情報を手に入れた。
不登校の4人はいずれもネット依存症だ。不登校になってからネット依存になった子もいる。僕はネット上でこの子たちと知り合いになり、内弁慶な性格を利用してこのキャンプに参加させた。子どもの扱いに困っている親にプレッシャーを与えずに参加を勧める方法を伝えることもした。
ここに来て僕から短い説明を受けたイチカは、僕が揃えた39人分の資料に次々と目を通した。その中には僕がネットの非公式な場所から拾い上げた家族構成や経済状況の情報も入っている。
「集まったところで、キャンプの参加者それぞれについて簡単に説明しようか。その後で班ごとにどう組合せるかを決めよう」
メトロの言葉にイチカが資料から目を離した。
「待てよ。歩原の意見は参考になる。資料を読み終わるのを待とう」
僕がそう言うと、イチカはすぐに資料に目を戻した。何か面白いことでも書いてあったのか、さっきより口元が緩んで見える。
「お互いの呼び方だけど、同じ学年かそれより下なら名字の呼び捨て。年上のスタッフは名字にさん付けと決めておこう。使い分けると子どもたちに名前が分かり難くなるから」
「分かった。子どものいない所では今まで通りでいいんだよな」
「あたしはちょっと言い難いかな。でもそうする」
「ところでさっき言ってた班の組合せって? 名前順とかじゃダメなのか」
陽向が僕に尋ねた。イチカなら聞かなくても理解しているだろうから、今の内に2人に説明しておいた方がいいだろう。
「キャンプの参加者がそれぞれの長所を生かせるように班のメンバーを決めるってことだよ。例えば常雷と優祈が初対面で同じ班になったら、何でもまずやってみる常雷が班としての行動を決めてしまって、よく考えてから行動しようとする優祈の意見は班の行動に生かされない」
「そんなことはないよ」
「優祈のことをよく知っている常雷なら意見を無視することは無い。今言ったのはお互いに初対面だった時の話だ。でもそこに歩原が加われば、常雷が無茶をしない程度に行動を抑えて、優祈の意見を引き出そうとするだろう」
「ああ。そう説明されたらなんとなく分かる」
メトロが資料を読み続けているイチカを見ながら僕に言った。
「ずいぶん彼女のことを買っているんだな」
「適切な評価だよ。メトロにもすぐ分かる」
10分ほどでイチカは資料を読み終えた。
「じゃあ、説明を始めてもいいかな。これはアミと俺が子どもたちの情報を分析して簡単に現した図だ」
白い布にプロジェクターで映した図には、子どもの名前がバラバラの位置で配置してある。
「名前の位置がそれぞれの性格を現している。まずこの図は、自分がリーダーになろうとするタイプを上側に、逆に他人に従おうとするのを下側にしてある。左右の位置にも意味があって、まず行動してみようとする子は左側で、よく考えてからという子が右側だ」
メトロは他の図にも切り替えながら説明を続けていった。
「主観的な情報が多いからこれはあくまで暫定的なものだ。自分たちの目で確認してから必要があれば修正する」
「歩原は資料を読んでどう思った? 考えを聞かせてくれ」
「そうね。細川くんはもっとリーダータイプじゃないかな。福井くんとの違いは親の評価だと思うけど、この2人は同じ先生から同じような評価を受けてる。アンケートを読んだ印象では細川くんのお父さんは子どもの評価が辛いんじゃないかと思った。次は関さんで、友だちから聞いたエピソードだと……」
イチカの説明を聞き終わってから、メトロが僕に耳打ちをした。
「すごいな。ざっと読んで全部覚えただけじゃなく情報の整理も済んでいるんだ。将棋が強いだけの事はあるな」
「いくら将棋に強くても、将棋以外では他人と変わらないって人もいる。僕が歩原のことを特別だと思う理由の一つがこういう所だけど、昔よりさらにレベルアップした感じだね。僕が歩原の意見も参考にしたいと言った理由が分かっただろ。今回のキャンプでも頼りにしているんだ」
自分の口調が楽しそうだと分かる。歩原のことを目の前で褒めたり他人に自慢したりするのは久しぶりだ。彼女たちの方を見ると、イチカは驚いたような表情をして目は空を向いている。イチカを見ているマナミと陽向の顔には笑みが浮んでいた。
「アミだって覚えるのは得意だろ」
「僕の場合は覚え方に癖がある。理論や技術として何かに応用できそうな知識、すでに覚えていることに関連する知識については、分類整理した状態ですぐ頭に入る。でもそれ以外の知識だと無意識に整理されて、細かい部分が抜けてしまうことも多いよ」
「それはそれで凄いんじゃないか」
「だけど今回のキャンプで必要なのは歩原の力だ。歩原、ちょっとこの動画を見てくれないか。子どもたちが何をしているのか、例えばペグを打っているとかテントを支えているとか、そういうことを確認して欲しい」
歩原に見せたのは去年のテント設営中の動画だ。ポールの先端に付けた監視用の高解像度カメラで作業風景全体を撮っている。1分ほど再生してから動画を消して、作業前の全員が整列している静止画に切り替えた。それぞれ胸と背中には名前を書いたゼッケンがある。
「それぞれの子が動画で何をしていたか分かるかな」
イチカは画面に映っている子を指差しながら説明を始めた。
「ペグを打っていたのはこの子とこの子、この子、この子。この子は最初に2~3回叩いただけで後は休んでた。テントを支えていたのがこの子とこの子、それにこの子。この子は溝を掘っていて途中でこの子と代わった。この子は地面から何かを拾い続けていた。たぶん石ね。この子とこの子は話をしていた。この3人も別の場所で話をしていたけど、1人は途中で画面の外へ歩いていった。この子は1人でずっと座っていた。この子とこの子はいなかった」
「すごいよ。さすが歩原だ」
「驚いたな。映像記憶ってやつなのか」
「いや。後で絵が描けるような詳細までは覚えていないと思う。そうじゃないか歩原?」
「ええ」
「観察したものを短時間で必要なレベルの情報にして記憶する。これは歩原が日常の努力によって得た能力だよ。努力だけでできることじゃないから歩原の才能でもある」
「大したものではあるけど、これがキャンプとどう関係があるんだ?」
「僕は今回のキャンプで子どもたちに点数をつけようと思っている。一日ごとにするか、作業単位にするかは子どもたちの反応を見て決める。キャンプを通しての累計は出さないつもりだ」
「点数って、どうやって?」
「詳しいことはこれから説明するけど、それぞれの子どもが何をしたかによって点数を加算する。場合によっては減算することもある。試合の採点みたいに厳格にする必要はないけど、明らかな不満が出ない程度にはしたい」
「できるのか。40人ぐらいいるんだぞ」
「位置確認システムや指向性マイクを利用するつもりだけど、やろうと決めたのは歩原がいるからだ」
僕が歩原を見ると、歩原は真っ直ぐに僕の顔を見返した。
「子どもに点数をつけることを嫌う人は僕が思うより多い。でも僕としては、その行いに応じた評価がされてこそ人のやる気は育つものだと思っている」
「評価されないことはしなくていい。そういうことにならないか」
「しなくていい。それが必要なことなら評価されないことが間違いなんだ」
打合せはさらに一時間ほどかけて終わり3人は自分のテントに戻っていった。僕が説明に使った機材を片付け終わった頃にメトロが話しかけてきた。
「お前が評価にこだわるのって、何か妙だな」
「そうかな。最近になって自覚したことだけど、僕は評価主義者だよ」
「評価主義? 成果主義じゃなくて?」
「僕の言っている評価は、単に価値を判断するというより価値があることを認めるという意味の方だ。もっと平たく言えば、誰かに褒めてもらえるかということだよ」
「褒めて欲しいのか? お前が?」
「それを行うことでどれだけ評価されるか、それによって僕は行動を決めている。僕は基本的に評価されないことには関わらない」
「……どの口で言ってるんだ?」
メトロがあからさまに不機嫌な顔をした。
「反論があるようだな」
「お前、俺に言ったよな。感謝しすぎるのは止めてくれって。俺はそのせいでお前に2年間絶交されていたんだぞ。去年子どもたちを助けた時も、そのことを子どもたちに知られるのは嫌がってたよな? それでも『評価されないことには関わらない』って言うのか」
「子どもたちのことなら、ちゃんと評価してもらっただろ。お前に」
「俺?」
「そうだよ。評価というのは僕の労力と成果に応じて適切にされないといけない。過剰だと次はもっと頑張ろうという気にならなくなる。過ぎたことでいつまでも評価され続けたら、それで満足して行動する意欲が失せる。その点、最近のお前なら僕の期待通りの評価をしてくれる。子どもたちだとそうはいかないだろ」
「……」
「それにだ。僕にとっては誰に評価されるかが重要なんだ。特にお前や父さんや峰子さんに評価してもらうと、知り合い以外の全人類に評価されるより僕は嬉しい」
「……そんな風に言われると言葉に困るな。」
メトロは僕と顔を目を合わさずに頭を掻いた。
「お前にとって、他の人とはどう違うんだ?」
「共通点があるとすれば、僕をよく分かってくれていることと僕が高く評価していることかな。お前も知ってるように、僕は自分がして欲しいことを相手にしたいと思うし、自分がして欲しくないことは相手にもしたくない。評価して欲しいと思う僕なら、相手も評価したいんだ」
「分かったような、そうでないような」
「質問するからなんとか理由を考えたんだろ。昔はあの3人もそうだった。彼女たちの評価で舞い上がってた僕は、失って落ち込んだ挙句あんな失敗をしたわけだけど」
そう言って僕は立ち上がった。テントから出ようと出入口に近付くと、その前にカバーが引かれて陽向が、続いて他の2人が入ってきた。
「忘れ物を取りに来たんだ!」
「そんな大声じゃなくても聞こえるよ」
「ん? これか」
メトロがマナミの帽子を見つけた。それを彼女に渡して僕たちはテントに戻った。明日の準備をしながら、メトロが思い出したように言った。
「昔はって言ってたけど、今はあの3人に評価されてもそれほど嬉しくないのか?」
「もちろん今でも嬉しいよ。違うのは昔みたいに評価してもらえないって方だ」




