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四十八話 「キャンプ #2」

 僕は陽向とキャンプ場へ歩きだした。予想以上の進展で気分が良い。僕はさっそく普通の口調で陽向に話しかけた。


「常雷は学校で噂を流したやつを殴りたいって言ったけど、そういうのは殴ればスッキリするのか?」

「本当は、犯人を見つけて嘘だと証明したかった」

「悪かったな」

「何で網矢が謝るんだ?」

「あれは本来は僕への悪口だろ。常雷は巻き添えになっただけで。裸を見たっていうのは本当だから」

「あれは網矢のせいじゃない。アタシは網矢が戸を開けそうなのに気付いてた。……驚かせようと思ったんだ」

「そうなのか。確かに驚いたけど」

「……軽蔑する?」

「え、何で? 女の子の裸を見て軽蔑する男なんていないだろ。でも他の男にそんな理由で見られたくないとは思うかな」

「分かった。見せない」


 陽向の返事を聞いて、僕はなんだか気まずい気分になった。


「ド……」


 陽向が僕に話しかけようとしてやめた。


「どうした」

「どうしようかな、と思って」

「何を?」

「えっと、その……。そうだ、今聞いた話を2人にも言っていいかな」

「え?」

「ダメかな?」


 陽向にだからこんな遠慮のない話をしたけど、あの2人にそのまま伝わるとまずいかもしれない。でも陽向の気持ちは嬉しいからがっかりさせるようなことは言いたくない。何か問題があっても僕が責任を持ってフォローすればいい。


「分かった。常雷がいいと思うようにやってくれ」




 キャンプ場に着くと、スタッフのリーダーである三沢さんに挨拶をした。50代の男性だ。陽向も三沢さんに自己紹介した。


「話には聞いていたけど、本当に美人さんばかりなんだねえ」

「そうなんですよ。男子だと二枚目なキャラに反感を持つ子もいますけど、女子の場合はどうなんでしょう」

「ボクにもちょっと分かんないな。藤沢さんはどう思う」

「女としての自分を意識しすぎてる人だと嫌われることもありますけど、そうじゃなければ大丈夫だと思います。年も離れてるし」

「だったら大丈夫ですね。なあ、常雷」

「あ、ああ」


 返事をした陽向の顔は、少し照れているように見えた。


 スタッフ用の大型テントの一つでメトロが機材の梱包を解いていた。この機材に必要な電力は4日前に設置してもらった計500Wのソーラーパネルシステムから供給する。確認すると6kWhの住宅用電池ユニットは満充電になっていた。多少の悪天候があっても、機材の運用に支障はないはずだ。


 係留の作業を終えた船長がキャンプ場まで上がってきた。明日子どもたちを連れてくる2人を除いて、それ以外のスタッフ13名が全員揃った。僕たち5人と船長以外のメンバーは、男性がスタッフのリーダーである50代の三沢さんを始めとした社会人4名。女性が社会人2名と大学生1名だ。

 他にある同様のキャンプと比べて、このキャンプでは家庭や学校で問題を抱えている子どもたちの参加が多い。これは児童相談所による不登校児童を対象としたイベントが起源となっているからだ。スタッフにはある程度の経験が求められ、スタッフ自身の社会性や自立を促すことは目的ではないから、例年なら学生の参加はあまりない。


 大雑把に言うと、キャンプで子どもたちに例年通りの指導をするのが僕たち以外のスタッフで、僕たち5人は僕とメトロで考えた特別プログラムを実行する。昨年の実績があるおかげで僕たちにはキャンプでの大きな権限が与えられている。僕はスタッフ全員に集まってもらうと、今回用意した機材についての説明を始めた。


 まずは島の7ヶ所に設置した無線LANレシーバによる位置確認システムだ。子どもが手の中に握れる大きさのタグと呼ばれる装置を、スタッフを含めた全員が体の見える所に着ける。タグは防水・防塵で電波の発信器と加速度センサーが入っている。

 レシーバはそれぞれのタグからの電波を受信することで距離を確認し、その情報を集めたサーバーが各タグの位置を計算する。位置の精度はそれほど高くないが、加速度センサーがあるのでタグが動いたかどうかは小さな動きでも分かる。

 サーバーのアプリケーションがその情報を監視して、何か異常があれば無線LANで接続したスタッフの携帯にメールを送信する。異常と判定するのは例えば以下の条件だ。


・タグの装着部が外れるか強い衝撃を受けた時。

・設定された島の活動範囲から出た時。

・タグの信号が途切れた時。

・就寝場所以外で、周囲に人がなく一定時間以上動かなかった場合。


 このシステムのことは子どもやスタッフの参加募集の資料にも記載されて、保護者にキャンプの安全性をPRすることになった。明記していないが他にも色々な判定条件があり、状況に合わせて追加することもできる。それぞれの位置情報はスタッフなら誰でも過去にさかのぼって確認できるが、誰がいつ確認したかも記録には残る。


 無線LANはあってもインターネットへのアクセスはできない。この島と外との連絡は、低速の衛星電話と船舶無線だけだ。今回のキャンプには子どもたちをネットから隔離する目的もある。当然子どもたちだけでなくスタッフもネットとは隔離された生活になる。


 このシステムに使用している機器はある企業が開発中の物だ。僕はソフトウェア開発者の集まるサイトで色々な相談に答えているが、付き合いの長い相手とはプログラミングの問題だけではなくアイデアについて話すこともある。その企業の開発者にも僕が相談に乗っている相手の一人がいて、製品化前の実地データ収集を理由に、このキャンプに貸し出すことを認めてもらった。


 他にも、子どもたちを驚かせるための仕掛けを幾つか用意してきた。いずれも音や映像をコンピュータによって制御するものだ。


 日本で発明された物に、他人の発言を強制的に止めるスピーチ・ジャマーという機械がある。仕組みは簡単で、黙らせたい相手の声を指向性マイクで録り、0.2秒遅れで超指向性スピーカーから再生して相手に返すだけだ。人は自分の声が正しく出ているかを無意識に確認しながら話しているため、自分の声が普段と違うタイミングで聞こえると混乱してしまう。

 効き目には個人差があるので絶対に黙らせるとは言えないが、話す言葉を限定すれば効果を格段に上げることができる。例えば普段は使わないような言葉だ。人は使い慣れない言葉ほど耳で確認しながら話している。


 超指向性スピーカーは別名パラメトリックスピーカーといって、人の耳には聞こえない超音波を出す小さなスピーカーを複数並べたものだ。狭い範囲だけで超音波を聴こえる音に、可聴音に変換できるので、集団の中にいる1人だけに音を聞かせることもできる。また可聴音は聞く人の周りの空間で発生するため、どこから聞こえたのかが分からない音になる。人に出せない音色で声を作って、その声で話しかければ人以外の言葉のように感じるだろう。


 プロジェクションマッピングもイベントの一つに使う。ビルの壁のような立体物にその形による歪みを計算して作った映像を投影することで、例えばその壁が本当に崩れたかのように見せることができる。とはいえ、どれほどリアルな映像でも注意深く見ている人には本物ではないことが分かる。少なくとも数十人が観て全員に気付かれないということは普通だったら期待できない。でも僕たちの計画では子どもたち全員に映像を真実と思わせるつもりだ。

 人の目の光を感じる細胞には2種類あって、普段使われている錐体の他に、非常に暗い場所で働く桿体がある。暗さに目が慣れてくると満月時の月光なら十分明るく見えるが、実際にはとても暗く一般家庭の蛍光灯と比べて千分の一しかない。それでも見えるのは桿体のおかげだ。桿体では色や細かい部分を見分けることができないため、本物かどうかを見分ける力が大幅に落ちる。闇の中でただの白い布を何か怪しい物と見間違えるのはこのためだ。

 今回のキャンプでは日没から月の出まで数時間かかる。無人島の夜は月が無い時や曇りには文字通り真っ暗になるので、普通のプロジェクションマッピングよりずっと暗い映像でも、その闇に慣れた目ならよく見える。


 これらの機材をどう使うかについてスタッフに説明していると、大学生の沢木さんが納得できない様子でつぶやくように言った。


「でも、それって子どもを騙してるってことじゃない?」


 もっともな意見だ。僕がその言葉に答えようとする前に、メトロが沢木さんに話しかけた。


「騙してると言われたら確かにその通りですね。沢木さんが気になっている気持ちも分かります。でも、子どもに嘘を言うことはどんな時でもいけないことだと思いますか?」

「……そうね。家族が治せない病気になったとか、嘘をつかないと子どもが傷つくような時には仕方がないと思うわ。でもこれはそうじゃないでしょ?」

「それでは、サンタクロースをどう思います? 親は自分で買ったプレゼントをサンタからだと言って子どもに渡しますが、最初から自分で買ったプレゼントとして渡しても子供は傷つきませんよね。沢木さんはそんな嘘を言う親をダメだと思いますか?」

「そんなことはないけど……」

「ぬいぐるみを乱暴に扱う子に『そんなことをしたら痛いでしょ』と言ったり、悪いことをした子に『お天道様が見ている』と言ったりしますよね。本当にそうだとは思っていなくても。もちろん相手を傷つけるような嘘は許せませんよ。でも、子どもたちのために考えてすることを、嘘だというだけで否定しなくてもいいと思いませんか」

「そう言われたらそうね。ごめん、変なことを言って」

「いいえ。疑問に思ったら口に出してもらった方がいいですよ。話し合うことでお互いの間に誤解を残さないようにできますから」


 メトロが代りに説明してくれて助かった。いくらかは和解のできた陽向はともかく、イチカやマナミの前でこんな言い訳のようなことは言いたくなかったからだ。彼女たちは僕が嘘つきだということや、悪意を持って彼女たちを騙そうとしたことを知っている。

 船に乗る前に話しただけで、イチカとはその後ほとんど話していない。それどころか目を合わせることも避けられている状態だ。マナミの方は僕に視線を向けることもあるが、話しかけるのはメトロばかりで僕とはほとんど会話が無かった。

 そうはいっても、スタッフの中では僕に次いでコンピュータ関連に詳しい2人だから、システムの設置や動作確認には協力してもらうことになる。僕からの指示に対して短いが的確な返事をしてくれて、キャンプでの計画に対しても批判を口にすることはなかった。今の所はこれで十分だ。

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