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四十二話 「彼女たち -反復-」

-------- 優祈まなみ --------


 キャンプの連絡でヒナちゃんから返信が無い。あたしが電話をかけてもなかなか出ない。ようやく電話に出たヒナちゃんはとても落ち込んでいた。妹のマーヤちゃんがドゥクスに迷惑をかけたことと、そのことでドゥクスに厳しいことを言われたからだ。

 あたしの思うドゥクスは、マーヤちゃんのことをそんな風に怒る人じゃない。あたしがヒナちゃんに大丈夫と言うと、ヒナちゃんはすこし気が楽になったようだった。


 マーヤちゃんが生まれたのは綾香さんが亡くなった日だ。恩人と思っていた綾香さんの突然の死でショックを受けたのか、ヒナちゃんのお母さんはマーヤちゃんを早産した。マーヤちゃんのことをあたしが知ったのは、ドゥクスがあたしたちの所から去って、その日記を読んだ次の日だった。




 日記を読んでから、あたしはパパとママに頼んで作曲の勉強をすることにした。自分だけのものを作り出すことも大事だけど、それを相手に伝えるためには知識が必要なこともある。そうドゥクスが言ってたから。ドゥクスのためと思って何かをしているときは、ドゥクスのいない寂しさを少し紛らすことができた。


 それから2ヶ月以上過ぎたある日、守川のお兄ちゃんがドゥクスに会いに行くと聞いた。その日は土曜だけどドゥクスの学校では父兄参観のため授業がある。もちろんお兄ちゃんが授業を見れるわけじゃなく、ドゥクスが学校から帰る時に会うつもりらしい。

 あたしはこっそりお兄ちゃんの後をついて行くことにした。ドゥクスの姿をまた見たいという気持ちが抑えきれなかったからだ。




 マスクをつけ、眼鏡をかけ、ニット帽を耳まで被って変装をした。最近急に寒くなったからあんまり怪しくないと思う。行先は分かっているから、先に切符を買って駅のホームに入り、お兄ちゃんが現れるのを待った。お兄ちゃんは人に付けられるとは思っていないから、あたしは簡単にその後を付いて行くことが出来た。


 お兄ちゃんは目的地で電車を降り、駅を出た所にあるバスステーションに立った。あたしは少し離れた所でバスが来るのを待って、お兄ちゃんより少し遅れてバスに乗り込んだ。バスは10分ほど走って小学校前のバス停に止まり、そこでお兄ちゃんは降りた。あたしは次のバス停で降りてから、バスが通った道を引き返した。

 校門の近くでは、児童と一緒に帰るために何人かの父兄がいた。お兄ちゃんはその大人たちに混じってドゥクスが出てくるのを待っていた。児童と同じ年のあたしがここにいるのは変だと思って、その近くにあったファミレスに入った。大きな窓から校門のあたりがよく見えた。


 しばらくすると、授業が終わった児童が校門から次々と出てきた。お兄ちゃんはなかなか動かない。かなり時間が経ってから出てきた児童の一人にお兄ちゃんが近づいた。なかなか出てこないドゥクスのことを尋ねているんだろうか。お兄ちゃんはかなり長い間その子に話しかけていて、それからその子を連れてこのファミレスに入ってきた。

 お兄ちゃんとその子があたしから少し離れた席まで来たとき、ようやくあたしは気が付いた。お兄ちゃんと一緒にいたのはドゥクスだった。


 あたしはどんなに離れていてもドゥクスをすぐに見つける自信があった。運動会でも校庭の反対側にいる子の中からドゥクスを見つけて応援した。でも今は、それよりずっと近くにいたドゥクスが分からなかった。あたしはそのことに自分でも驚くらいショックを受けた。


 あたしが知っているドゥクスは、いつも何かをしているか何かを真剣に考えていた。あたしや普通の子のように、ただボーっとしていることはなかった。上手く説明できないけど、ただ座っているだけでもドゥクスからはエネルギーのようなものが伝わってきていた。

 今のドゥクスからはそれを感じられない。お兄ちゃんの前に座ってるドゥクスはただそこにいるだけだ。悲しいとか辛いとかだけじゃない。ドゥクスの中の何かが壊れたんだと思った。


 ううん。壊れたんじゃない。あたしたちが壊したんだ。




 お兄ちゃんはドゥクスにいろいろ話しかけていたけど、ドゥクスはほとんど返事をしなかった。お兄ちゃんが頼んだ料理にも手をつけることはなかった。二人のその様子を横からずっと見ていたあたしは、窓の外の少し離れた場所から二人を見ている男の子がいることに気付いた。


「じゃあな。また来るよ」


 そう言うと、お兄ちゃんはレシート持ってレジの方へ行った。あたしは今、どうすればいいんだろう。ドゥクスの前に出て行って謝っても、あたしに壊れたドゥクスを治せる力があると思えない。あたしの気が済むだけで、余計に傷つけてしまうだけかもしれない。


 お兄ちゃんとすれ違うように、外にいた男の子が店の中に入ってきた。ドゥクスに声をかけないまま向いの席に座る。


 その姿を見ていたあたしにとって、とても長い時間が過ぎた。ドゥクスが顔を上げて、その男の子を見た。


「僕は……」

「話したいか?」

「……」

「あの人、お前のことを心配して来てくれたんだろ」

「……うん」

「腹減ってないなら、食っていいか?」


 ドゥクスが小さくうなずくと、その男の子は食器を引き寄せて急いで食べ始めた。料理はすぐに無くなった。


 しばらくして、ドゥクスがぽつりと言った。


「キノコ。すごく苦手じゃなかった?」

「そうだっけ。忘れてた」


 しばらくして、二人はほとんど同時に立ち上がった。二人が店を出て行く姿を見ながら、あたしはとても感動していた。ドゥクスの近くにあの子がいたことが、わたしにはとても嬉しかった。




 家に帰ってから、あたしはドゥクスの日記を何度も読んだ。苦しくて今まで読み返せなかった後ろの方に書かれたことを、ドゥクスの気持ちになれるようにと思いながら読んだ。自分のこととして、ドゥクスが悲しんだこと、苦しんだこと、許せないと思ったことを感じようとした。ドゥクスの心がどうやって壊れたのかが分からないと、あたしはドゥクスの心を治してあげられない。


 日記のその部分を繰り返し読んでいたら、書いてあることはぜんぶ頭に入った。それからはドゥクスの声で、頭の中で数え切れないほど再生した。ずっと考え続けている内に、あたしは綾香さんが死んだ日の日記に書いてあることがおかしいと思うようになった。

 あの日のドゥクスにこんな日記が書けたはずがない。かなり日が経ってから、たぶんあの計画書を書いた時に、思い出しながら書いたんだと思う。


 日記では、ドゥクスはあたしたちの話を聞いたときに怒っている。でもあの日、あたしがドゥクスから感じたのは、『怒った』じゃなくて『あきらめた』だった。絶望って言うんだろうか。あたしがドゥクスから見捨てられたと思った時に感じたあの気持ちだ。

 綾香さんが今にも死んでしまうかも知れない。そんな気持ちに何日も何日も耐え続けていたドゥクスは、遠ざかっていたあたしたちにすがりたくなるほど心の元気を失っていた。ほんの少し残っていたものも、あたしたちの言葉で失ってしまった。


 もしあの日、ドゥクスが怒っていると感じたのなら、ヒナちゃんもあの病院から逃げ出さなかったかもしれない。もうドゥクスの心があたしたちから離れてしまって、それをつなぎ直してくれる綾香さんまでいなくなった。ヒナちゃんははっきりとは分からなくても、もう元には戻れないと感じたんじゃないだろうか。

 最後に会った日も、ドゥクスの心はあたしたちから離れたままだった。でも、ドゥクスはそのあとであの計画書を書いて、わたしたちへ復讐しようとしていた。何かがドゥクスの心を動かしたんだ。それが何かは分からないけど。


 ドゥクスは大丈夫だ。あの男の子がいる。あたしがドゥクスにしてあげられないことをあの子はできる。ドゥクスはまた、あたしたちが驚くような活躍をするようになる。でも、あたしたちが壊したものは、たぶんきれいには治らない。


 ドゥクスは、あたしたちとそれぞれ得意なことでがんばって、上手くいったことを喜び合うのが大好きだった。あたしたちを許せないと言って書いた計画書でも、そのことは変わっていなかった。ドゥクスにまたその大好きなことをしてもらう。そのためにはあたしだけじゃ足りない。いっちゃんやヒナちゃんにも一緒にがんばってもらわないといけない。




 いっちゃんがアタシの家に来て、PCの中にドゥクスのメッセージがあることを教えてくれた。いっちゃんの言った通り、すごくたくさんのことが書いてあった。


『曲作りの役に立つかは分からないけど、思いつくだけ書いてみた』


 その言葉が書いてあるページの先には、ドゥクスの考えた短いお話が幾つも書いてあった。ちゃんとまとまっている話だけじゃなく、何かのワンシーンだけというのもあった。

 幾つもある話をまとめて読んでいくと、これを書いていた時のドゥクスの心が見えてくる。日記みたいに自分の気持ちを説明しているわけじゃないから、日記より素直にドゥクスの気持ちが込められているように思えた。


 最近は、わたしの中にドゥクスがいるように感じることがある。それは日記やお話を書いた時の、あたしたちを大切に思ったり悲しんだり憎んだりしたドゥクスの心だ。

 本物のドゥクスは、あたしたちのいないところで色々な経験をして変わっていくんだろう。でもわたしの中に感じてるドゥクスの心は本物のドゥクスの中にもあって、時間が経ったとしてもすっかり消えてしまうことはないと思う。

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