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四十一話 「彼女たち -行動-」

 最近、ヒナの落ち込みようがひどい。ドゥクスが他人の振りまでして、わたしやまなみとネットで話すようになったのに、ヒナには何のアクションも起こさない。夏休みになれば、柔道部の練習があるヒナはほとんどドゥクスに会えなくなる。ヒナは自分だけドゥクスに見捨てられそうで不安なのだろう。


「ヒナがドゥクスに会いに行った?」

「そうよ。梅酒入りの酔っ払いチョコを持って。あたしの手作り」

「酔っ払いって、まさかドゥクスを酔わせて?」

「本当の気持ちが知りたいって」


 大丈夫だろうか。ヒナなら上手くいくかもしれないという気持ちはある。トラウマのあるわたしには無理でも、最後までドゥクスと一緒だったヒナなら、という期待はある。

 でもドゥクスが酔って自分の気持ちをそのままヒナにぶつけたら、ヒナはそれに耐えられるだろうか。心酔してるドゥクスから自分を否定するような言葉を浴びせられたら、ヒナの心は折れてしまうんじゃないだろうか。待っていられなくなって、わたしは二人のいる多目的室に向かった。


 多目的室の前まで来て、またわたしのトラウマがじゃまをする。ヒナがそばにいるなら、わたしに無関心な顔を向けたりはしないだろう。そう思って出入り口の戸をそっと開けた。




 ドゥクスはヒナを助けるために、大人でもできないようなことをした。わたしやまなみと気まずくなった時も、ドゥクスはヒナには笑っていた。ヒナはわたしとまなみが会いに行かなくなった後もドゥクスと一緒にいた。だからそういうことなんだろう。


「いっちゃん。どうしたの」


 いつの間にか、まなみがわたしのすぐそばまで来ていた。わたしの顔を見て眉をしかめる。


「ドゥクスになにか言われたの?」

「……ううん」


 まなみはわたしの次の言葉を待っていたが、わたしには何を言えばいいのか分からなかった。まなみはため息をついて、多目的室の方へ行こうとした。わたしは思わずその手をつかんだ。


「どうしたの、いっちゃん」

「今は行かない方がいい……」

「どうして」

「じゃまになるから」


 まなみはわたしの目をじっと見つめて、不意に何かに気付いたような顔をした。


「何か勘違いしてるでしょ、いっちゃん」

「そうじゃないの」


 まなみはわたしの手を握ると、多目的室の戸の方へ引っ張っていった。まなみが勢いよく戸を開けて、わたしと一緒に中へ入ろうとする。ドゥクスの視線の前に出るのが怖くて抵抗する。


「ほら。来なさいって」


 わたしは下を向いたまま、まなみに教室の中へ引き込まれた。まなみはわたしの手を離すと、ヒナと何か話し始めた。ドゥクスがわたしに近付いてくる。じゃまをしたわたしたちに怒っているかもしれない。怒っているのならまだいいけど、じゃまなモノのように見られたら、わたしはそれに耐えられるか自信が無い。ドゥクスの顔が視界の端に入り、わたしは慌てて顔をそむけた。




 ドゥクスの話を聞いてわたしは全身の力が抜けた。思わずその場に座り込む。そのまましばらく時間が経って、ようやく混乱していた頭が落ち着いてきた。そしてわたしは自分のピンチに気が付いた。

 こんな醜態をさらしているわたしを、ドゥクスが『なんだコイツは』という目で見ている。そのイメージがはっきりと頭に浮かんで、自分の視線を床から上げられない。


 わたしが何もできずにいる間に、ドゥクスの気持ちがわたしの望まない方向に向かっていた。


「何にでも手を出して掻き回すようなことはせず、現状をそのまま受け入れる。僕にはそんな謙虚さが足りないな」


 このままだと結論として、ドゥクスはわたしたちから離れることを選ぶかもしれない。でも今のわたしには、この状態から抜け出すために必要な気力がない。必死になって考える内に、自分のトラウマに対する怒りが使えるんじゃないかと思いついた。

 日記に書かれていたあの時のドゥクスの気持ちは、思い出すたび涙がにじんでくる。そんなひどいことをしたのはわたしだ。そのドゥクスにそっけなく扱われたというだけでわたしはショックを受けて、今でもこんな情けない状態になっている。

 あたしはまだ、あれが当然のことだったと思えないのか。まだ自分が可哀想だったと思っているのか。そんなに自分だけが大事なのか。なんて勝手で愚かな女だ。


「ふ……、ふふ、ふふふふ」


 怒りがわたしの体に力を与えた。わたしは立ち上がるとヒナの腕を取った。ドゥクスと目を合わせるのはまだ怖い。


「ヒナ。ちょっと来なさい」

「な、なんだよ……」


 わたしはヒナと共に多目的室を出た。廊下の端にあるホールまできて立ち止まる。


「あせらないで。もう少ししたら、ヒナにだって……」

「4年も待てるかぁ!」


 突然ヒナが叫んだ。いつの間にか目から涙が溢れていた。


「アタシは一華やまなみとは違うんだ! ドゥクスがいなかったら、アタシは今ここにいなくて、父ちゃんと母ちゃんはバラバラのままで、マーヤだって生まれていなかった。アタシたちがこんなに幸せなのは、みんなドゥクスのおかげなんだ。なのにっ……」


 ヒナは言葉を詰まらせた。


「アタシはドゥクスのために何もしていない。それどころか、ドゥクスに変なうわさが流れたのはアタシのせいだ。みんなの前で悪口を言ったり、あの時に他の子の前でドゥクスに裸を見られたとか言ったから。あんなにがんばってもアタシは犯人を見つけられなかった。こんなんじゃ、アタシがこの学校にいる意味がない。……いない方がいい」

「ヒナ……」


 わたしはドゥクスに何かをして欲しいと思っている。でもヒナはドゥクスに何かをしてあげたいと思っている。ドゥクスにふさわしいのがどちらかと考えたら、わたしはまた自分が恥ずかしくなってきた。


「ヒナ。4年も待つつもりはないわよ」

「……?」


 暴走しかねないからまだ話していなかったけど、もうヒナにもわたしたちの考えを説明しておくべきだ。


「ドゥクスは、あの計画書ではわたしたちを契約で縛ると書いていたけど、目的を考えれば契約にこだわる必要はないの。わたしたちがドゥクスに逆らえない。そうドゥクスが思うようになればいいのよ」

「それって?」

「ねえ、ヒナちゃんもドラマとかで見たことあるでしょ。秘密をバラされたくなかったら言うことを聞け、とかいうの。つまりドゥクスに何か弱みを握られたらいいの」

「殺人現場を見られた、とかいうヤツ?」

「そう。ドゥクスが正体を隠してまで、恨んでるあたしやいっちゃんと話してるのはどうしてだと思う?」

「アタシたちの弱みを探すため?」

「ヒナ。言っておくけど軽率に動いちゃだめよ。嘘なんてドゥクスにはすぐばれるし、犯罪行為はドゥクスにも迷惑をかけるから。ヒナだけで勝手に判断しないでね」


 ヒナは無言のまま大きくうなずいた。


「それと、ヒナちゃんはもうすぐ柔道部でドゥクスに会えるはず。直接には会えなくても、ドゥクスがヒナに柔道の練習をさせるはずよ。守川のお兄ちゃんが教えてくれたの」

「……ホント? ドゥクスが柔道を?」

「本当みたいよ。ドゥクスが考えた練習方法みたいだから、ヒナがそれで強くなったらドゥクスが認められることになるわよ。つまり役に立つってこと」

「そうなんだ! うん、無茶苦茶がんばる!」

「それだとドゥクスじゃなくてヒナちゃんががんばったから、ってことになっちゃうかも。ドゥクスを意識してることは他の人に知られない方がいいよ」

「わかった。注意する」


 ヒナのテンションがいつもより高い。まだアルコールが抜けていないからだろう。酔いが醒めた後でもう一度説明しておいた方がよさそうだ。

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