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三十四話 「無人島キャンプ」

 キャンプで彼女たちが僕に厳しく当たってもそれを責めたりしない。そうメトロを説得していると、逆にメトロから僕への説教が始まった。


「どうしてアミは、そんな風に自分だけが悪いと思い込みたいんだ? どう考えても、悪いのはあいつらの方だろ」

「もうその話はいいだろ」

「キャンプでは6日間、朝から晩まであいつらと一緒なんだぞ。そんなネガティブな考えで上手くいくはずがない。ちゃんと相手に自分の気持ちをぶつけろよ」

「メトロが言う通り、僕は悪くなかったとしよう。だとすると、僕は何も悪くないのに彼女たちに嫌われたわけだよね。その場合僕はどうすればいいんだ?」


 今まで何度も考えて、答えが出なかったことだ。


「自分に悪い所があるから関係が壊れたのなら、仲直りするにはそれを正せばいい。過去にやってしまったことでそれが簡単じゃないとしても、何か方法はあるはずだ。でもね。悪い所が無いのに嫌われたとしたら、それは僕の行動じゃなく、僕そのものが彼女たちに否定されたということだ。お前はそうだと言いたいのか?」

「どうしてそうなるんだよ」


 メトロはイラついたように頭を掻いた。僕が復讐のために書いた計画書を彼女たちに読まれたことは、メトロに話していない。そのことを教えれば、メトロも彼女たちが僕を嫌うのは仕方がないと認めるだろうが、その後で僕のために状況を解決しようとするはずだ。

 その場合、あいつは話術で彼女たちを懐柔しようとするだろう。彼女たちに自分にも非があると思わせてしまうかもしれない。メトロにはそういう才能がある。僕は彼女たちにはそういうことをしたくない。たとえ時間はかかっても、彼女たちが素直に聞いてもらえる状況を作り上げてから、僕の気持ちを伝えたい。


「僕と彼女たちとの関係については、全て僕自身で対応する。メトロは子どもたちのことだけ考えていればいい」

「本当に大丈夫か? 大人がいがみ合うのを見たら、去年みたいに傷つく子もいるぞ」

「……大丈夫」

「即答しなかったな。まあ、去年と同様に俺たちがフォローしていれば問題ないか。今年もそうするつもりだろ?」


 去年のキャンプでは、メトロは子どもたちとすっかり打ち解けて、親にも話せないような悩み事を色々と聞き出した。メトロと僕はキャンプの後に話し合って、その悩み事を解決するための計画を幾つも立てた。メトロが子どもたちの住んでいる場所まで行ってその話術で情報を集め、それを元に計画を具体化することで、子どもたちの悩みを解決していくことができた。

 子どもやその親に責任がある問題については、自らも解決のために行動してもらった。僕たちが関わったことは他人には話さないようにと言っておいたが、参加者数が去年の倍になったことを考えると、噂が広まるのは防げなかったようだ。


「今回は事前に参加者の情報を集めている。キャンプ中に解決できる問題も幾つかあるはずだ」

「去年の参加者にも協力を頼めるだろうな」

「そこはメトロに任せる」


 子どもたちから見れば、彼らを助けたのはメトロで僕じゃない。


「お前からも頼めよ。あいつら、きっと喜ぶぞ」

「ん? どうして」

「そりゃあ、すごく感謝してたからな。今年はお前の役に立ちたいと思っても不思議じゃないだろ」

「感謝してた?」

「俺があの子たちに説明したから」

「僕のことを説明する必要なんてなかっただろ」


 メトロはニヤリと笑って言った。


「手柄を一人占めすることに、俺が納得したと思ったのか?」

「いいじゃないか。ほとんどお前の手柄なんだから」

「俺が気付いていないと思ったのか? 俺が子どもたちのために動いていた時、関わってた金融業者が検挙されたり、親の就職先が見つかったり、学校側が急に態度を改めたりしたけど、あれは全て偶然か?」

「偶然だよ。そんなことがあったのなら」

「……まあいい。あいつらに話したのは、俺が知っていることだけだ」




 以前からの予定通り、イチカとの対戦とその後の感想戦を行った後、イチカはチャットで僕=アイナスに、しばらく連絡が取れなくなることを告げた。まだ僕は半信半疑だったのだが、本当にキャンプに参加するようだ。


--------

アイナス> 旅行のご予定でしょうか。連絡がとれないというと海外ですか。

イチカ > たくさんの子どもたちと無人島でキャンプするんです。

アイナス> そうですか。良い経験をしてください。

イチカ > アイナスさんは、このようなイベントに参加されたことがありますか。

アイナス> 子どもたちの指導員としての参加ですね。ありますよ。

イチカ > 経験者としてアドバイスをいただけませんか。

アイナス> 子どもといっても千差万別です。

アイナス> 集団として扱うのではなく、一人ひとり、別の人間として向き合うことです。

--------


 ……こんな言葉では参考にならない。


--------

アイナス> 漠然として、意味のないアドバイスでしたね。

イチカ > お聞きしたいのは、他の指導員とトラブルがあった場合です。

イチカ > 嫌悪していてもそれを見せないようにするべきですか。

イチカ > 建て前ではなく、アイナスさん自身のご意見をお願いします。

--------


 さっきもメトロと話したが、子どもたちは大人の態度に傷つけられやすい。両親の不仲を自分の責任だと思ってしまう子どももいる。


--------

アイナス> 私なら、少なくとも子どもたちにはそういう姿を見せません。

アイナス> 理解できない大人の争いは、子どもにとってストレスです。

イチカ > わたしも同じ意見です。

イチカ > でも、嫌っていることを態度に出さないというのは難しくありませんか。

アイナス> 相手が自分に不愉快なことをしたのは理由があると考えれば?

アイナス> 自分に納得できる理由を想像するんです。

アイナス> 例えば罵倒されたのなら、誰かに嘘を吹き込まれたと考える。

イチカ > それで上手く行きますか。

アイナス> 一度は仲が良かったのなら、その時のことを思い出して。

イチカ > アイナスさんなら、それができますか。

アイナス> 私は思い込むのが得意ですから。変でしょうか。

イチカ > いえ。素晴らしいと思います。私もそうしたいと思います。

--------


 おお。話がいい方に進んでいる。


--------

イチカ > もし相手がなれなれしい態度に出たらどうしますか。

アイナス> どうもしません。そういう関係だと思い込むわけですから。

イチカ > そうですか。分かりました。

イチカ > とても参考になりました。

--------


 イチカがチャットから抜けた。なんとかキャンプでは子どもたちにストレスを与えないで済みそうだ。イチカの考えを僕の都合がいい方へと誘導したことに対しては、少し心が痛むけど、キャンプでのイチカの態度次第ではメトロが動き出しかねない。


 僕の言葉が誘導なら、メトロの話術は洗脳だ。経験を積むほど言葉のキレが増している。僕なら決して言わないようなことを口に出して、それでも相手を怒らせない。相手がどう反応するかが、その人のギリギリの所まで読めるからだ。

 強い言葉で相手の心を揺さぶって、それによって見えた心の隙にさらに手を伸ばしていく。攻めるだけでなくその緩急も絶妙で、計算して言っているわけではなく、天然のキャラとその無神経さから出た言葉だと相手に思わせる。実際、メトロの言葉は計算というより直感から出ているようで、僕はそれを才能と言っている。


 イチカは確かに聡明だけど、メトロにかかればその聡明ささえ利用されてしまうだろう。そう考える十分な根拠もある。あり得ない条件で彼女たちをキャンプに参加させたことだ。

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