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二十八話 「アリバイ」

継続のご希望をいただいたので、時々ですが続きを掲載させていただきます。


大きなエピソードの方は、かなり先になると思います。

 楽しくないわけじゃないけど物足りない。最近になって僕が部活で感じていることで、その理由は分かっている。僕がしたいのは誰かを喜ばせることで、その誰かは僕が好意を持つ人物だ。式にすれば「相手の喜び×自分の好意=満足感」といったところか。




「網矢さん、いいですか」


 歩原が僕にプログラミングについて質問してきた。


「ここの処理で、思った以上に時間がかかっています」

「ああ、これはね。処理の度にディスクにアクセスするのがまずいんだ。例えばこのコマンドを」「直しておいてください」

「……」

「ハードウェアに依存するコーディングレベルでの修正方法ですよね。開発環境が変われば不要になる知識を覚える必要性がありますか?」


 質問ではなく、命令でした。


 彼女たちの言葉は言い方こそきついものの、そこに僕に対する憎しみのようなものは感じない。以前はもっと張り詰めたような印象があったのだか、最近はそれが緩んできているようだ。この前の僕の話で、今の自分たちは安全だと知ったからだろう。だからといって僕が彼女たちの言葉を聞き流すような態度をとれば、より真剣な態度でより厳しい言葉を投げかけてくる。




 歩原と優祈が部活で開発しているアプリは、僕が昔、家に来なくなった二人のために作って、それぞれのPCにインストールしたものがベースになっている。彼女たちがプログラムの開発に興味を持ったときのために、詳しく解説したソースコードとフリーの開発環境もPCに入れておいたのが役に立ったようだ。どちらのアプリも機能追加と改修を繰り返していて、特に歩原のソースコードは僕が組んだ部分より追加された分の方がずっと多い。


 小学生だった僕が5年以上前のPCで動かすために開発したものなので、今の環境で開発するなら改良したい部分はいくらでもある。歩原が入部してすぐに、アプリのソースコードを見せてもらったとき、僕はモニターを見ながら気になった点を続けさまに指摘した。歩原は何も言わずに僕が話し終えるまで待ち、歩原の反応を確認しようと振り返った僕に無表情な顔で言った。


 「それで?」


 返答に困って黙った僕に、歩原は大きくため息をついた。


 「網矢さんからご指導いただいた通りにすれば、確かにアプリの動作は今より軽くなるでしょう。でもバグというわけではありませんよね?」

「はい」

「これは『私の』アプリです」


 まだ復讐計画書のことに気付づかず、少しずつでも以前の関係に戻れることを期待していた僕は、歩原の態度に少なからずショックを受けた。




 今の歩原に知られたらストーカー扱いされそうだが、僕は彼女が中学の時からその対局結果に注目していた。受験のため中3の夏以降では対局を控えていた歩原は、高校入学から棋士としての活動を再開した。

 しかし将棋では常に新しい戦法が生まれ続けていて、歩原が活動を休んでいた間に生まれた戦法に彼女は上手く対応できなかった。新しい戦法が生まれれば、複数の棋士によってその対抗策も生み出される。しかし彼女の棋風(指し方の個性)は今の将棋の世界では少数派だったため、彼女に合った対抗策もまだこれといったものは見つかっていない。


 こういう時こそ僕の出番だろう。歩原が新戦法に敗れたときの棋譜を集め、彼女の棋風に特化した条件でコンピュータにひたすら計算を行わせる。対局中と違い十分な時間をかけて、僕は彼女に伝えるべき幾つかの指し方を見つけ出した。後はいかにしてそれを歩原に伝えるかだ。


 歩原に直接伝えなくても、例えば公開されているネット将棋で僕が何度もその指し方を見せれば間接的に彼女には伝わるだろう。しかしそれでは、他の棋士に僕の考えた手を研究させることにもなる。……いや、それだけじゃない。僕が求めてるのは彼女と素直に話し合える立場だ。そのためには、リスクを覚悟した上で考えていた『手』を実行に移す必要がある。




 歩原たちは、僕以外の部員からなら愛想よく指導を受けている。つまり歩原に教えているのが僕だと気付かれないようにすればいい。ネットの匿名性を使えばそれは可能だ。しかし単に匿名で対局するだけでは、指し方のくせなどから歩原に気付かれる恐れがある。

 そこで僕はアリバイをつくることにした。歩原がネットで対局したり対局後の感想戦やチャットをしている正にその時、僕がその相手ではないことを確認してもらうのだ。


 僕はまず、部室の僕の席に偏光方式の3Dモニターを置いた。画像関係のアプリを開発するときに、プログラミング作業用のモニターとは別に必要になる。部長にはそう説明した。

 3Dモニターでは、一つの画面に右目用と左目用の二つの画像を同時に表示できる。普通は少しだけ視点を変えたほぼ同じ画像を表示するのだが、アプリで制御すれば全く異なる画像の組み合わせでも表示することができる。

 これを利用して、片方に好きな画像、もう片方にはその画像の明暗や色彩を反転させた画像を表示すれば、肉眼では見えないのに偏光フィルムを張ったメガネなら見える画像を表示できる。


 特殊なメガネをかけた時だけトランプの裏に文字が見えるというトリックがあるが、簡単に言うとそのモニター版のようなものだ。これで将棋盤やチャットの文字をモニターに表示していても、『特殊なメガネ』をかけていない歩原には気づかれない。


 もう一つは十数個の圧力センサーを付けた薄い手袋だ。この手袋をつけた手を何かに押し当てると、指や手のひらなど圧力のかかった部分に応じた無線信号がPCに送られ、キーボードやマウスのような入力機器の代りになる。

 押し当てる力を変えるだけなので手はほとんど動かさない。腕を組み、自分の二の腕をつかんだ状態で使うこともできるため、自分たちの席にいる歩原たちが僕の操作を確認するのは不可能と言ってもいいだろう。




 いよいよ本番だ。先に歩原がよく利用するネット将棋のサイトにログインして、歩原がログインしてくるのを待つ。リストに歩原を示すユーザー名が表示されると、僕はすぐにその名をクリックして対局を申し込んだ。歩原と僕のユーザー名は、デフォルトで付けられる英数字のままだ。不審に思う理由もなく、彼女は僕との対局を受けた。

 前に歩原が新戦法で敗れた時の棋譜を再現するように、僕はその棋譜で彼女が指した手を指していった。待ち時間なしに指し続ける僕の意図に歩原もすぐ気付いて、彼女はその時の対戦相手の棋譜を指していった。


 再現しているだけなので、あっという間に中盤に差しかかる。僕が初めて歩原の棋譜とは違う手を指したとき、サブモニターに反射して映っていた歩原が僕の方を見た。それ以降は僕の指す番になると歩原は自分のモニターから目を離して僕を見ている。予想以上に彼女の勘は鋭いようだが、これはむしろ好都合だ。僕が将棋をさせる状況ではないことが彼女に確実に伝わるだろう。


 僕が研究していた対策と対局中にPCから得た評価値により、僕はその対局に勝利した。対局が終わると彼女からチャットを求めてきたが、僕はそのしばらく前から考え事をするかのように両腕を組み、キーボードのある机から椅子を離していた。

 僕は脇の下に挟んだ指をわずかに動かしてチャットの文字を打ち込んでいく。歩原は僕を凝視し続けているが、これでは対局相手が僕とは考えられないはずだ。




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PG12081> 初めまして。いきなりで失礼ですが、今指されたのは途中までわたしの棋譜の再現ですよね?

SE21220> 初めまして。そうです。貴方の将棋には前から注目していたのですが、しばらくお休みされていた後に、残念な負け方が増えたので気になっていました。

PG12081> ご教授いただき、ありがとうございます。とても参考になりました。

SE21220> 他の棋譜でもお教えできることがあると思います。よろしければまた対局してみませんか。

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 歩原からの書き込みが途絶えて、僕は少し焦った。


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SE21220> どうでしょう。お気を悪くされましたか?

PG12081> すみません。考え事をしていました。わたしに分かるはずがないのに。

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 その言い方には引っかかるものがあったが、今は彼女が対局してくれるかの方が重要だ。

はz

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SE21220> 対局をお受けいただけるのでしょうか。

PG12081> 対局というより感想戦のようなものですね。よろしくお願いします。

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 それからの対局では、歩原は一度もこちらを見なかった。対局中は真剣な顔で、チャットをしている時はとても楽しそうだ。僕がその相手だと分かっていないことにはやはり寂しさを感じるが、彼女を笑顔にしたことは他では得られない達成感がある。




 チャットの歩原はとても素直な反応で、僕は小学校の頃に彼女に感じていた気持ちを思い出し、それを表情や態度に出さないようにするのには苦労した。歩原が対局相手を僕だと気付いたら、彼女たちは僕が計画書のために今から種を仕掛けているのだと思うだろう。そうなったらおしまいだ。


 対局を続ける内に、そろそろ下校の時間となった。


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PG12081> またわたしと対局していただけますか?

SE21220> 喜んで。明日はまた同じくらいの時間に私はここにいます。

PG12081> 名前をお聞きしてよろいいでしょうか? SE21220さんでは少し味気ないので。

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 その言葉で、昔ドゥクスと名付けてもらったことを思い出した。


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SE21220>ここで本名を名乗る人はあまりいないので、何かハンドルネームをつけましょうか。私はそういうのを考えるのが苦手なので、お手数でなければ名前をつけていただけませんか。

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 しばらく間を置いてから、歩原が書き込んだ。


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PG12081> アイナスさんとお呼びしていいでしょうか。わたしが大好きだったアニメの主人公です。わたしのことはイチカと呼んでください。

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 すぐその名を検索してみると、5年ほど前に放映されたアニメの主人公だと分かった。ファンタジーで、主人公は子どもの姿にされた男だ。さらに詳しく見ていてドキリとした。主人公は登場人物の一人からドゥクスパルヴァと呼ばれているのだ。大好きだったとすると、僕のあだ名にもこのアニメの影響があったのかも知れない。


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SE21220> 分かりました。イチカさん。また明日よろしくお願いします。

PG12081> こちらこそお願いします、アイナスさん。とても楽しみにして待っています。

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