二十七話 「延長戦」
今の僕は、袋叩きにされている状態だ。しかも両手をロープで縛られた状態で。
彼女たちは、僕がいくら友好的な態度を取っても警戒を解かないだろう。というより、友好的な態度を取るほど警戒するだろう。できるだけ干渉しないようにしていると、彼女たちの方から僕に質問をしてくる。それに答えようと無視しようと、彼女たちからは厳しい言葉が送られてくる。
僕自身は自業自得だけど、彼女たちの僕への言動が他の人にも知られるようになったら、努力して築き上げた彼女たちの評判を落とすことになりかねない。僕はもう、この学校での僕の評判が地に落ちることを受け入れよう。彼女たちに傷をつけないために、僕は彼女たちに罵倒されて当然なやつになることにした。
僕が小学校の頃に彼女たちに卑猥なことをして、それで彼女たちが怒っている。僕はそういう噂を立てた。この学校には他にも小学校の時の同級生がいる。あの登校日に彼女たちが話して僕もそれを認めた、シャワー中の覗き行為について知ってる者もいたから、その噂はかなりの真実味を持って広がった。
ところが、この噂を知った常雷が烈火のごとく怒ったのだ。それはもう凄まじかった。僕が焦らなかったと言えば嘘になる。
「ふざけんな! あんたたちが傷つけようとしてるのが何か、分かってんだろうな! アタシの大切なモノを汚すようなマネをするやつは、地獄の底に叩き落としてやる!」
それから、他の二人も協力して噂の出所を調べ始めた。僕は万が一にも知られることがないように手を打っていたから、結局彼女たちが僕にたどり着くことはなかった。
卑猥な噂が立てば、傷つくのは加害者だけでなく被害者もだ。そんなことも分からないほどあの計画書のことで動揺していたのかと、僕は自分が情けなくなった。
ところが、この話はそれで終わらなかった。
僕たち一年は入学してまだ4ヶ月ほどだが、もういくつか人間関係のトラブルは起こっている。中学の時のイジメを高校になってもまだかかえている生徒がいれば、なかなか友だちができないといったような周囲からは些細で本人にとっては深刻な悩みを持つ生徒もいた。
噂の調査をする中で、そういう問題があることに気付いた彼女たちは、そういう子たちの相談に乗るようになったのだ。この町では揃って有名人の彼女たちだ。その誰かにあこがれている子も多い。
彼女たちを中心に交友グループが生まれ、上級生も交えて拡大していった。その中で、趣味が合う者同士がまた小さなグループを作る。年長者に対する敬意は別として、彼女たちはグループ内に変な上下関係ができないよう見守った。
おかげで三人の評判は、僕に関する噂ぐらいでは左右されないほど高くなっていった。今日も廊下を歩いていると、外から常雷が女の子たちの相談に乗っている声が聞こえた。
「これからも、困ったことがあったらどんどん相談してよ。他の子にもそう言っといて。困ってる人がいたらつい助けたくなる人がいるけど、女の子のことならアタシたちの方が上手く解決できるから。ノーモア大沢! え? いや。それはこっちの話」
常雷の言葉は何かを僕の頭にひらめかせたが、僕はすぐにそれを否定した。僕の口から苦笑が漏れた。あんなことがあったのに、僕は相変わらず彼女たちの言葉を自分の都合のいいように理解しようとしている。
もしかすると彼女たちは勘違いしてるんじゃないか。僕はそう思うようになった。僕に対して嫌悪を感じていても、当面は自分たちの身に危険が無いと分かれば、少しは彼女たちの敵意が和らぐかもしれない。
昼休み。僕はいつものように集まっている三人のところへ歩み寄った。歩原と優祈は僕が声をかける前に気が付いて緊張した表情になった。それに気付いて常雷も振り返って僕を見た。
「修学環境改善についての署名活動に協力してもらえないかな。もちろん、内容を呼んで賛同してもらえたらの話だけど」
彼女たちは互いに目で合図を送り合った。いよいよ僕が例の計画書に従って行動を起こしたと思ったのかもしれない。警戒するのは当然だ。
「どうしてわたしたちに?」
「君たちはこの学校の有名人で、みんなの信頼も得てるから。署名してもらえれば、君たちをよく知る生徒からの協力が期待できる」
「どうしてわたしたちが協力すると思ったの?」
「君たちなら、僕への反感があっても正しい判断をすると思っている」
三人は僕から署名用紙を受け取った。一読して歩原が眉をひそめる。
「ずいぶん曖昧な内容ね」
「そうかな? 十分に意図は通じると思うけど」
「この部分なんて、色々な意味に理解できそうね」
「前後の文章を読めば分かるだろ。主旨を読み取って欲しいんだけど」
「そんな不確かなものに、わたしたちが署名すると思う?」
「どうしてそんなに署名にこだわるの? ただの署名活動だよ。高校生の署名なんて悪用のしようがないよ」
「そうかしら」
「未成年者は、保護者の同意がないと法律にかかわる行為ができないんだよ。未成年者が一方的に得する場合なら別だけど」
歩原が戸惑っている。もしかしてと思った通り、彼女たちは知らなかったようだ。
「民法の第5条だったと思うよ。調べてみたら?」
これで彼女たちに、高校在学中はあの計画書が無効だと理解されるだろう。考え込んでいる歩原たちに改めて署名をお願いしてから、僕はその場を去った。
次の日の昼休み。三人はなぜか僕の隣の席の三輪さんと雑談している。彼女たちに囲まれて三輪さんはかなり緊張気味だ。どうやら和菓子店の一人娘である三輪さんから、進路について相談を受けているようだ。
というか、話を進路の方に誘導していないか? お前ら。
「ああ。これを渡しておかないと」
歩原が署名用紙を僕に渡した。僕は名前が書かれていることを確認してお礼を言った。
「網矢さんは、将来のことまで考えてコンピューター部を選んだのよね。卒業後の進路も、もう決めてるの?」
優祈が僕にそう尋ねた。意図の分かりやすい質問だ。僕は急いで彼女たちが進路として選びそうにない大学を考えた。
「僕は情報工学が希望だから、W大かな」
常雷が息を呑んだ。顔から血の気が引いて行くように見えた。他の二人を見ながらじりじりと後ずさりしている。
「無理だから。いくらなんでも……。アタシには無理……。ね? そう思うよね?」
歩原は、しばらく足元を見つめて考え込んだ後、こう言った。
「今から学部を選んで、対象科目を絞ってキッチリやれば、……アリかな?」
優祈が常雷ににっこりとほほ笑んだ。
「高校受験の時も思ったけど、ヒナちゃんはいざとなると出てくる底力があるよね。あ……、逃げた」
「自由にさせてあげてもいいでしょう。今日ぐらいは」
次の日、僕がコンピュータ部で部長から受けた仕事をしていると、歩原と優祈が僕の席に近付いてくるのが見えた。
僕はメインのモニターの他に、14インチの古い光沢液晶もサブモニターとして使っている。このモニターの背景色を黒にしておけば、振り向かなくても僕の背後を夜の窓ガラスのように映して見ることができる。
「大学だけど、W大でないとダメなの?」
「いや、正直に言うとまだ一年だし、本気では考えてない」
W大はまずいのか。二人のどちらかの志望校なのかな。歩原がさりげない感じで言った。
「情報工学ならM大とかもいいんじゃない?」
M大には柔道部がある。強豪校とは言えないけどオリンピックの選手も出している。常雷のことを考えて外したけど、僕にとってはW大と比べても悪くないはずだ。常雷が強豪校を選ぶのなら選択肢に入るだろう。早速ネットで大学の情報を確認する。
「そうだね。M大の方がいいかな」
そう言うと、心配そうな顔でモニターに映っていた歩原と優祈が、お互いの手を取って満面の笑顔を見せた。昔の面影があるいい笑顔だった。僕が振り向いたら消してしまうだろう。僕はそのまま二人の笑顔を見続けた。
遅筆なので、連休が終わるとしばらく修正程度しかできそうにないため、いったんここで話を終わらせます。シリーズの出だし部分というイメージで、登場人物同士の不思議で継続的な関係に説得力を持たせられるよう、色々と考えて書きました。
続きをどうするかについては少し悩んでいます。彼らが活躍する話のアイデアがまとまれば、また書くつもりです。
2013/09/01 不定期で間隔も長くなると思いますが、継続して掲載させていただきます。




