二十六話 「彼女たち -再会-」
-------- 常雷陽向 --------
一華が、峰子さんからドゥクスの進路情報を聞きだしてきた。なんと風津高校だというのだ。
「終わった……。オレには無理だ」
「大丈夫よ、ヒナちゃん。まだ一年近くあるんだから。柔道の特待生として試験を受けたら」
「一華は楽勝だし、まなみもほとんど圏内だよね。でもオ……アタシは特待生でも無理。もしかしたら受かるかもしれないけど、これは絶対に合格しないとダメなんだ」
「本気でやれば、ダメなんてことないよ。あたしといっちゃんも協力する。あと一年、柔道ですごく頑張ったみたいに勉強でも頑張ろう!」
アタシは死ぬほど勉強した。先生はすごく残念がったけど、柔道部も引退した。推薦を取ったまなみや、模試では余裕の一華もすごく熱心に勉強していた。
受験なんて一発勝負。まさかという人が落ちることもある。そんなことを言われたら、アタシなんて無茶苦茶プレッシャー感じるんだけど!
「あっ! ……あ、あ~~~」
大変なことをしてしまった。受験のお守りとしてアタシが預かっていたドゥクスの計画書に、アタシがうっかりコーヒーをこぼしてしまったのだ。こっそりドゥクスの手に返す予定だったのに。
「大丈夫よ。小学生の頃に書いたものが今のドゥクスに必要だと思う?」
二人はそんなことを言って、落ち込んだアタシをなぐさめてくれた。
風津高校には三人揃って合格した。自分の分と、まなみの分と、一華の分で、三倍嬉しかった。ドゥクスが落ちることなんて全く心配していなかった。ドゥクスだから。
入学式の後のクラス分けで、アタシはドゥクスと同じクラスになった。思わず叫んでしまって、周りの子に思い切り引かれた。ドゥクスはすごく背が伸びてカッコ良くなってた。アタシの席からは、不自然に視線を向けなくてもドゥクスの姿がよく見える。
苗字は変わっているし、外見もかなり変わっているから、アタシたちはドゥクスに気付いていないことにした。嫌われるような態度をわざと取るのはイヤだから、ドゥクスに気付かない=ドゥクスへの罪悪感が無い、そう思ってもらう計画にしたのだ。
昼休みにドゥクスが教室にいるときは、三人でドゥクスが見てたらムカっとするぐらい楽しそうに話をした。二人は必ずドゥクスの席の反対側に立ち、アタシも立って話をした。アタシの後ろにドゥクスがいれば、二人は自然にドゥクスの姿を見ることができるからだ。
ただし、最近ドゥクスは本を読まずに時々アタシたちを見ているから、二人はうっかり視線を合わせないように苦労してるらしい。
入学から三ヶ月目に入っても、ドゥクスは何も行動しない。みんな不安になってきている。
峰子さんにドゥクスの様子を聞いておくから。そう言ってた一華が、まなみと一緒にアタシの家に来た。二人とも呆然とした顔をしている。
「ドゥクスはもうあたしたちのことを恨んでないって。ドゥクスは、はっきりと峰子さんに言ったって」
「……え」
アタシも言葉を失った。こんなに頑張ったのに、もうダメなのか。いや、まだだ。
「恨まれるようなことをすればいいんだよ。今からでも」
一華とまなみが、アタシの声に顔を上げた。
「ドゥクスが許せないって思うようなことをするんだ。まずアタシがやってみるから見てて」
週明けの朝。アタシはドゥクスの前に立った。前にドゥクスと話したのは4年近く前だ。いざとなると緊張して声が出ない。パニックになりかけたアタシの口から出たのは、絶対に言ってはいけない言葉だった。
「嘘つき。マザコン」
自分の言ってしまったことが信じられなかった。あんなにドゥクスを傷つけた言葉なのに。日記に書かれていたドゥクスの思いが頭の中に溢れて、アタシはその場から逃げ出した。一華とまなみが、トイレの中で泣きじゃくっていた私を見つけてなぐさめてくれた。
「ありがとう、ヒナ。わたしたちもヒナに負けないよう頑張るから」
「あたしたち、ドゥクスと同じ部に入ることにしたの。いっちゃんが会話の色々なパターンを考えてくれたから、それを暗記しているところ」
アタシは1時間目の授業が半分以上終わった教室に戻った。その日から、アタシはドゥクスに何も言えていない。
二人はがんばってドゥクスに話しかけている。悪口しか言えないから、会話が続かなくて大変みたいだ。まなみはドゥクスにアドバイスしてもらったのに、とっさに悪口が思いつかずに無視するしかなかったことを残念がっていた。
一華の作った、表紙に『会話事例集』と書かれたノートは、もう半分以上埋まっている。アタシには、これを全部覚えてその中からちょうどいい言葉を選び、しかもドゥクスの言葉に合わせてアレンジして話すのは無理だ。
「こんなに敵意を見せてたら、ドゥクスがアタシたちを騙せないんじゃないか?」
「ホントにそう思う? だってドゥクスよ」
アタシたちは日記だけでもドゥクスに返すことにした。これを読んで、あの時の気持ちを思い出してもらう。これは元々、そのためにドゥクスが残した物なんだから。
離れの解体中にケースを見つけて、封筒に書かかれた文字を見てアタシに渡してくれたのは、近所の小さな土木会社のおっちゃんだ。アタシたちはその人に話をしに行った。
「子どもの頃に預かった封筒って、引越ししたあの家の子の日記だったんです。アタシたちが持っていたと知ったら気まずいから、もしその子が確認しにきたら自分が持っていたと言ってもらえませんか。もう一つの封筒は濡らしてダメにしちゃったんで、その子に聞かれたら、ケースに穴が開いていて、雨で濡れて読めなくなっていた方は捨てたと言ってください」
帰り道で、アタシは気になったことを一華に聞いた。
「計画書だけ読めなくなったって、変じゃないか?」
「図も印刷してある計画書は染料インク、文字だけの日記は顔料インクで印刷してあった。顔料インクは水に滲まないのよ」
ドゥクスなら、日記だけ受け取ったら事情を調べようとするだろう。でもこれで大丈夫だ。




