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二十三話 「彼女たち -綻び-」

-------- 歩原一華 --------


 千宝さんのあだ名は『ドゥクス』に決まった。実はアニメから取った名前だ。


 少し前にやっていたアニメで、主人公の男の人が呪いで子どもの姿に変えられたけど、たくさんの仲間を集めてその呪いをかけた相手を倒し、最後は世界を平和にするという話があった。子どもの姿なのに、頭が良くて大人でも手玉にとるところが千宝さんみたいだった。

 仲間の一人に神官の女性がいた。一族と共に主人公に命を救われたこの神官は、旅の途中では何度も主人公の命を救い、一度は命を失いかけながら最後は大人に戻った主人公と結ばれた。


 ドゥクスは、この神官が主人公を呼ぶときの名前、ドゥクス・パルヴァから取った。アニメ誌の記事によると、ドゥクス・パルヴァはラテン語で『小さな指導者』という意味で、ドゥクスが『指導者』、パルヴァが『小さい』という意味だ。最終回で大人に戻った主人公は、一度だけ彼女にドゥクスと呼ばれている。

 アニメの中での神官の言い方には、『ご主人様』とか『先生』とかの意味が含まれていたようだった。パルヴァ(小さい)が付くと、少しからかうような意味にもなるけど、ドゥクスだけならそれはない。千宝さんを尊敬して感謝しているわたしたちが、千宝さんに意味を知られないまま遠慮なく呼べるのだから、これ以上ないあだ名だと思った。


 わたしの説明に他の二人もすぐに賛成した。あだ名を伝えるのに時間がかかったのは、千宝さんに聞かれたときに説明するドゥクスの意味を考えるのに時間がかかったから。




 わたしたちの一番の悩みは、千宝さん、ドゥクスが感謝されるのを嫌がること。


『感謝してくれるのはすごく嬉しいんだけど、僕に伝える時はもう少し控えめにしてくれないかな? 嬉しすぎて、何かあった時にもっと頑張っちゃうよ、僕は。これ以上頑張ると、さすがに身の危険を感じるから』


『苦手じゃないよ。すごく嬉しいよ。そのために頑張ってるといってもいいぐらいだよ。でもそういう感謝の気持ちは、僕が何かした時にやり過ぎない程度に示してもらえば、後は心の中にしまっておいて欲しい』


 ドゥクスの言った言葉は、みんな正確に覚えている。三人でいる時の話はドゥクスの話題が多くて、ドゥクスは時々難しいことを言うので、その言葉の意味をみんなで考えたりするから。そのせいか、ドゥクスの言い方が自分にもうつったように感じることがある。

 ドゥクスはもっと感謝されるべきだと思う。わたしも助けてもらう前は死にたくなるほどつらかったけど、まなみは本当に死ぬところだったし、ヒナは自分の命だけでなくお母さんまで助けてもらった。

 わたしたち三人は、それぞれ自分だけでなく友だち二人も助けてもらったのだから、それを感謝するなというのは無理。


 どうしてそんなに嫌がるのかが気になって、綾香さんに聞いたことがある。ドゥクスは自分のおばあさんのことを峰子さんと呼んでいるので、わたしたちもドゥクスのお母さんを、おばさんではなく綾香さんと呼んでいる。

 ドゥクスは前の学校に親友と呼べる友だちがいた。ドゥクスはその親友が困っていた時にちょっと助けた(ドゥクスの言葉なので、本当はちょっとじゃなかったと思う)ことがあって、そのことで親友はドゥクスにすごく感謝して、いつもそれをドゥクスに言っていたらしい。

 ドゥクスはそれを喜んでいたんだけど、ある日その親友がクラスメートから自分の子分として見られていることを知って、ものすごくショックを受けた。ドゥクスはそれを止めさせようとしたんだけど、すっかり定着していたことと、親友が態度を変えようとしなかったので上手くいかなかったらしい。


『あいつは本当にすごいやつなのに。僕より、他のやつらよりずっと』


 綾香さんに涙まで流してそう言ったそうだ。


「そのことをまだ許せてないのよね、あの子は。でもね、あなたたちが自分の気持ちを我慢することはないのよ」


 わたしたちはドゥクスが望むようにしようと決めた。でも、この強い気持ちを相手に伝えられないのは苦しい。自分の中にその気持ちがどんどん溜まっていくように感じる。二人も同じみたいだ。


「ドゥクスが困っている時にまとめて返せばいいんだよ。その時にはドゥクスみたいに当然だって顔をして」

「ドゥクスが困るようなことを、あたしたちで何とかできる?」

「今すぐじゃなくていいだろ。オレたちが大人になってからでも」

「そうね。わたしたちにしかできないことだって、きっとあるわ」




 ドゥクスと将棋を指すのはすごく楽しい。いつも何か発見があって、どんどん新しい知識が増えていくのを感じる。

 ドゥクスは自分で定跡をあまり知らないと言ってる通り、あまり見たことのない手をよく指してくる。普通なら相手がそういう手を指したときはチャンスなんだけど、ドゥクスの場合はいつの間にかわたしの方が形勢が悪くなってて驚くことがある。


 ネットで他の人と対局したときも、自分で今のは上手く指せたなと思った手があるとドゥクスはほめてくれる。ほめるというより一緒に喜んでくれる。それが本当に嬉しそうなので、わたしはもっと上手く指せるようになりたいといつも思ってる。


「そんな風に思える人に出会えるなんて、一華は本当に運がいいね。大切におし」


 おばあちゃんは、わたしにそう言ってくれた。




 ドゥクスがわたしの胸を見ていることがある。わたしがドゥクスを見るとあわてたように目を逸らす。これはどういう意味なんだろう。最近、わたしは胸が大きくなってきた。まなみやヒナと比べたら成長が早い方だと思う。

 他の男子だったら『エッチなやつ』で終わりだけど、相手はドゥクスだ。そんな分かりやすいことをするだろうか。いくら考えても分からないので、綾香さんに相談してみた。


「単に色気づいてきただけじゃないかな。あの子もそろそろ第二次性徴の発現する歳ね。性欲っていうのは動物が子孫を残すために必要な本能だから、ある程度はしょうがないのよ。不愉快に思うことをされたら遠慮なくこらしめてやってね。それがあの子のためでもあるから」


 ドゥクスに見られるのは、少し恥ずかしいけど嫌じゃない。だからもう気にしないことにした。

 ドゥクスは、笑顔だとわたしもまなみと同じくらい可愛いと言ってくれたけど、わたしには自分がまなみと同じくらい可愛いとは思えない。ドゥクスが、まなみじゃなくわたしを気にしてるというのは少し嬉しい。




-------- 優祈まなみ --------


 あたしはいつも、ドゥクスが作った動画を見るのを楽しみにしてる。あたしは自分のイメージを言葉で説明するのがヘタクソで、あたしの説明を横で聞いてたいっちゃんが困った顔を見せるぐらいだけど、ドゥクスはいつもあたしの頭の中に近い形にして見せてくれる。

 あたしの中にまだはっきりしたものがないとき、ドゥクスは短い動画を何個か作ってくれて、あたしはその中から一番いいと思うものを選ぶ。動画には作るのに手間がかかるものとそうでないものがあって、あたしはついドゥクスが苦労したと思う方を選んでしまうけど、ドゥクスにはあたしが本当に気に入った動画がどれか分かってしまう。


「この曲に使わなくても、こういう動画を作ったことは僕にとって経験値になってるんだから、作って楽しいし無駄じゃないよ」


 その言葉の通り、ドゥクスはいつも楽しそうで、一緒にいるあたしも楽しくなる。




 ドゥクスがいっちゃんの胸をよく見ている。胸の大きさで言えば、いっちゃん、ヒナ、あたしの順だろう。


「いっちゃんのことを女の子として気になってるのよね。やっぱり小さいとダメなのかな」

「気にしてないわけじゃないよ。前はまなみがスカートで転んでも大丈夫かって感じだったけど、今はパンツが見えそうになったら、あわてて目を逸らしてるよ」

「ホント? そうなんだ。じゃあ、短いスカートにしたらドキドキするのかな?」


 ちょっと恥ずかしいけど、ドゥクスが変なことをしないのは分かってる。前はドゥクスがいっちゃんのことを気にしたりほめたりすると嬉しかったけど、最近はちょっとだけ悔しい気もする。


「短いスカートならスパッツもはくよね」

「スパッツをはいてるのが分かるとダメ?」

「見られて困らないようにはくのがスパッツだから」

「でも、スパッツなしで外は歩けないし……。ドゥクスの家で脱ぐのは変だよね」

「ヒザぐらいまである上着を着て行って、部屋でそれを脱いだら?」




「今日のは、ちょっと短すぎるんじゃないの。そんなの持ってた?」

「そうかな? まだいっちゃんの胸を見てる方が多いと思うけど」

「短すぎて、ドゥクスがずっと気にしてるからじゃない」


 これまでは、ドゥクスといてもあたしばかりドキドキしてたのに、スカートを短くしてからドゥクスもあたしのことを意識しているのが分かるようになった。それが嬉しくてちょっとやりすぎたかもしれない。


「何二人でヒソヒソ話してんだよ」

「ヒナには関係ない話だから」

「何だよ。オレだけ仲間外れか?」

「ヒナ。最近、ドゥクスの態度が何か変わった?」

「え? ドゥクスのことなのに、何でオレが関係ないんだよ!」

「大きな声出しちゃダメ」




 ドゥクスが、急にあたしのスカートを見ないようになった。変なコだと思われたんだろうか。あたしの顔を見るのを避けているような気もする。急に恥ずかしくなって、スカートは元に戻した。それでも、元のドゥクスに戻らない。


「どうしよう。ドゥクスに嫌われたのかな……」

「わたしの胸も見なくなったから、そんなことないと思うけど」




 ドゥクスが、はっきりとあたしたちを避けるようになってきた。あたしだけでなくいっちゃんもだ。ヒナちゃんに対しては、前と変わっていないように思う。


「もしかしたら、ドゥクスはわたしたちにちょっと飽きてきたのかもしれない。ドゥクスはわたしたちと違って色んなことができる人だから、将棋や音楽以外のもっと別のことがしたくなったのかも」


 いっちゃんの言葉に、胸が苦しくなる。


「あたしたち、ドゥクスにはじゃまなの?」

「そんなことはないと思う」

「でも今までは、ドゥクスの時間のほとんどを、あたしたちのために使ってたよね。あたしたちがそれで当然みたいにしてたら、その内ドゥクスに嫌われちゃうかも」

「……ドゥクスには、できるだけネットで手伝ってもらった方がいいのかもね。そしたらドゥクスは、好きな時にやりたい分だけ時間を割けるから、他にやりたいことがあっても困らない」


 そうするしかないのかな。ドゥクスに嫌われないために。

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