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二十二話 「結論」

 日記を読み直して、またあの頃の気持ちを思い出した。思い出すとまだ少し心が痛む。


 実際に日記に書いてあったのは母さんの死の前後のところまでだ。その時は日記なんて書く気にならなかったから、最後の部分を書いたのは計画書を作った後だった。

 でも、最後に三人が来た日のことは書かなかった。後になって考えると、あの日に聞こえた笑い声が本当に彼女たちのものだったのか自信がなかったからだ。あの状況で彼女たちが笑ったとは思えないし、あの笑いに恐怖を感じた理由も分からない。

 あの時の僕は、母さんが倒れてから感じ続けていた苦しさに心が弱っていた。あれはそんな僕の幻聴だったのかもしれない。




 二年ぶりに前の小学校に戻ったとき、僕は他人との接触を怖がるようになっていた。ほとんどの同級生と挨拶する程度には知り合いだったので、戻ってきたときには話しかけてくれる子も少なくなかったが、僕はほどんど返事を返さなかったのでやがて近付かなくなった。

 でもメトロだけは違った。クラスが違ったにもかかわらず頻繁に僕の席まで来て、僕が何も言わなくても自分の身近に起こったことを話し続けた。相変わらず行動力の塊のようなやつで、話の中の無茶な行動に思わず苦笑することもあった。

 僕に何があったのかをメトロは聞かなかった。メトロはその行動的な態度から大雑把な性格だと思われやすいけど、強引なのは相手がそれを受け止められる範囲までだ。メトロはしたいようにしているだけで、僕のように頭で考えて気遣いしているわけではない。それでも自然とそうなるのは、メトロの才能といって良いだろう。


 秋祭りの日にメトロに誘われて、この町に戻ってから初めて学校以外の目的で家を出た。祭りの終わった神社の境内で二人だけになったとき、僕は彼女たちとの出来事をメトロに話していた。できるだけ感情を込めないように話をしたつもりだったが、話している僕の目には涙が溢れていた。思いつくまま話したのでメトロには分かりにくかっただろう。でもメトロは最後まで何も言わずに聞いてくれた。


 それから僕は、少しずつだけど他人と話をするようになった。一番よく話したのはもちろんメトロだった。年が変わって僕が自然に彼女たちの話をできるようになると、メトロの口から彼女たちを責めるような言葉が出るようになった。

 僕はその言葉を肯定も否定もしなかったが、繰り返される内に何だかいらだちを感じるようになった。メトロが彼女たちを『恩知らず』と言ったとき、僕はその言葉に思わず反論した。僕が彼女たちのためにしたこと以上のものを、彼女たちから得たと思っていたからだ。




 僕はプログラミングが好きだ。PCと知識だけあれば、誰にでも好きなソフトを作ることができる。僕のプログラミング技術は小学生としては高い方だけど、経験が足りなくてどういうソフトを作れば喜んで使ってもらえるのかが分からない。作るのであれば、自己満足ではなく誰かの役に立つものを作りたかった。

 彼女たちと出会って、僕のプログラミングにははっきりとした目的ができた。彼女たちには才能があるけど、今はまだ足りない部分もある。その足りない部分を補ったりそれ以上のものを付け加えたりすることが、僕にはできるんじゃないかと思った。


 実際にやってみると僕は想像していた以上の満足感を得た。まだ未熟な僕がプログラミングでそれなりの成果を出すには、評価と修正を何度も繰り返す必要がある。いつも熱心で手を抜かない彼女たちのおかげで、僕は実に効率よくそれを行うことができた。

 僕が担当したのは彼女たちが苦手とする部分だったから、僕がいたことで彼女たちの可能性は広がったと言えるだろう。ただし彼女たちは、僕ほど上手くないとしても学ぶことでその苦手を克服することができる。


 僕は彼女たちに協力することで、その才能がない僕には味わえないはずの成果を得ることができた。共に喜べる相手がいることでその達成感は何倍にもなった。こんな体験をできた人間が世の中にどれほどいるだろうか。彼女たちとの出会いが、僕の人生の方向を決めたと言ってもいいだろう。




 僕が彼女たちとの関係を失ってショックを受けたのは、裏切られたと感じたことの苦しさだけでなく、自分が失ったものの大きさを感じたからだろう。それを自覚するようになると、僕の彼女たちへのわだかまりもゆっくりと薄らいでいった。


 彼女たちがマザコンという言葉に同意した理由は、転校から半年後に守川さんが僕を尋ねてきたときに分かった。母さんが危ないということを守川さんも彼女たちに伝えられなかったのだ。僕がもっと冷静だったら、彼女たちの言葉でそのことが分かったはずだ。

 マザコンというのは的を射た言葉だったと思う。僕は母さんの病気に対して何もできない自分に苦しんでいた。常雷の件であれほど無茶をしたのは、病気と母親というキーワードが僕を代償行為に走らせたからだろう。そうでなければ、もっと確実で無理のない方法を考えたはずだ。


 約束を破られて僕はショックを受けたけど、僕がその約束を守ろうとして色々苦しんだことなど彼女たちが知るはずもない。そもそも、それまで何度も彼女たちに嘘とついていながら、突然もう嘘はつかないからお前たちも僕を嘘つきと言うなと約束させたのだ。そんな約束を彼女たちが軽く考えたとしても仕方がないだろう。




 しかし復讐の計画書とはねえ。小学生だったからしかたないか。


 復讐と言いながら、彼女たちが傷ついたりすることは全く望んでいない。彼女たちが成功することを前提にしている。本当の思いは、彼女たちをサポートしてより成功させ、自分の価値を認めさせることだ。彼女たちとの楽しかった体験が忘れられなかったのだろう。


 さすがに僕もこれだけ時間が経てば、彼女たちの心が僕から離れた原因が僕のスケベ心ではないことに気付いた。僕がそう思い込んで彼女たちとの会話を避けるようになったことが原因だった。


 僕が彼女たちに協力したことは、僕にとってはいいことばかりだったが彼女たちにとってはそうじゃない。彼女たちにとって僕が良いパートナーなのは、僕が自分にできる範囲を守ってそれ以上は口出ししない場合だけだ。

 もし守らなかったらどうなるのか。例えてみれば、プロを目指している棋士や演奏者に対して実力のない素人が口出しするようなもので、不愉快に感じるのが当たり前だ。僕の父さんは母さんが大好きだったが、その父さんでも運転中に免許を持たない母さんから『ブレーキが遅い』などと言われるのを嫌がっていた。


 無視したり反論できる相手からならまだましだが、一度助けられたことで彼女たちには僕に負い目を感じているようだった。僕もそのことには気付いていたので、彼女たちに協力し始めた最初の頃は、押し付けにならないように彼女たちの反応に注意していた。慣れてくるともっと積極的に提案するようになったが、彼女たちの考えを優先させることは忘れなかった。

 ところが顔を合わせるのを避けるようになると、彼女たちが言葉にしない部分は僕には分からなくなった。僕はただデータを送ったり、こうした方がいいと指示するだけになった。僕は彼女たちとの関係に悪い意味で慣れてしまって、自分の行動に疑いを持たなくなっていた。


 僕は彼女たちに必要とされている存在で、僕がいたからこそ彼女たちはあれだけ成長した。そういう傲慢な気持ちも僕にはあったのかもしれない。彼女たちの成長に僕が必要ないことは、すでに彼女たちが証明している。




 僕の手からは離れて行った彼女たちだが、僕にとって大切な存在であることに変わりはない。もし彼女たちに敵が現れることがあれば、僕は全力でそれを叩き潰そうとするだろう。


 もっとも、その前に僕が彼女たちに叩き潰されそうな状況なんだけど。


 僕たちが住んでいた離れは、僕がいなくなるとすぐに解体されたらしい。封筒を入れた金属のケースはその時に掘り出されて、廃材と一緒にどこかに放置されていたんだろう。それを最近誰かが開けて、中の文章から僕が書いたものだと分かり、直接千宝家のポストに入れた。


 あれ? それだと計画書はどうなったんだ。

 そっちの封筒には、表に『歩原一華、優祈まなみ、常雷陽向、三人に与えるべき報いについて』と書いていたんだっけ。日記を千宝家のポストに入れた人がそれを読んだら、その三人の内、誰かの家のポストに入れるだろうな。


 ……そういうことか。謎はすべて解けた!

 おそらく三人とも、彼女たちを奴隷化するという意味にもとれる計画書を読んだわけか。


 最悪だ。


 彼女たちからの攻撃は、僕を学校から追放するまで続くのかもしれない。そして僕は、それに抵抗できる理由を失った。

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